赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep1.病院と兄妹
「お兄ちゃん、――」
ふと。
妹の声がしたような気がして、目が覚めた。
――……。
辺りを見回すが、妹の姿などない。当たり前だ。妹は今、俺と同じように何処かの病院のベッドで、眠っているはずなのだ。
「お兄ちゃん、早く良くなって」
女の子の声は、俺の隣のベッドのほうから聞こえてきた。確か、隣には高校二年生の男の子が、入院していたはずだ。足を折ったか何かで入院しているのだと、聞いたような気がする。ということは、……その男の子の、妹か。
「大丈夫だよ。お医者さんも、あと二週間で退院できるって言ってたし」
男の子の声が答える。
「でも――」
「大丈夫だって。心配性だな、セツカは」
セツカ……、か。妹の、名前……。
「うん……」
まだ少し心配げな妹――セツカ――の声に、兄は笑う。穏やかな関係。ほほえましく、……うらやましい。
うらやましい?
いや。
俺は、本当は、うらやましくなんかないんだ。『病気』である俺が、他人に……他人と他人の関係に、何らかの感情を抱くことなど、ありえない。『うらやましい』という言葉は、俺にとっては本当に、唯のコトバでしか、ないのだから。
だから、この感覚は、恐らく。
「錯覚だよ」
歌うような声が、頭上で聞こえた。目で確かめなくとも分かる。紅也だ。
「君の自己分析は、なかなか面白いね。感情を抱けないから『病気』だ、というんでなく――」
ふふ、と笑う紅也。
「『病気』だから、この感情はおかしい、と考えるなんてね」
何がおかしいのか。
俺か……?
「ああ、御免。僕、意味もなく笑うから。笑い上戸なんだ」
――あ、そ。で、紅也。今日は何の用だよ?
「うわあ、ひどいなあ。友達がせっかく見舞いに来たっていうのに」
オーバーなリアクションで、紅也は嘆く。もう個室ではないので、トーンはやや低めだが。
――見舞い、ねえ……。
疑わしげな目で紅也を見ると、紅也はまた笑いながら、座ることもせず、
「今日は面白いニュースを持ってきたんだ」
――……ニュース?
「うん。今日まで言い忘れてたことなんだけど」
――なんだよ? 紅也がそこまで言うなんて……。
「凄いことだよ、ふふふ……」
おいおい。
ふふふ、って何だよ。
「じゃあ発表します」
こほん、と咳払いをして。
紅也は、その赤い瞳で俺を見下ろして。
「妹さんが、この病院に入院してるよ」
そう、言った。
――…………。
………………。
――え。
出てきたのは、そんな間抜けな一言。紅也はそれを聞いて吹き出した。
「……くっ。何、それ。君は本当に、おかしいねえ」
――いや、それどころじゃねえし。紅也、……それ本当か。
もちろん、と紅也は肯く。
嘘だろ、と俺は呟く。
「病室、聞きたい?」
――……念のため。
「444号室」
――うえ。縁起悪。……病院にそんな病室、普通ないだろ。
「それがあるんだね。なんでも、妹さん以外はそこに入った人はいないらしいね」
――なんだ、それ。つまり……、特別室みたいなもんか?
「そうだよ。まあ、詳しい話はまた後で」
言いながら、紅也は目で隣の兄妹を示す。俺も軽く肯いて、ため息をつく。
「君のために新しい本を持ってきたんだ。」
――あ?
紅也が差し出したモノは、真っ赤な表紙の、本だった。
作品名:赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep1.病院と兄妹 作家名:tei