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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep1.病院と兄妹

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3


 お兄さんが、消えてしまったんだね?
 その男は言った。全身白尽くめで、髪と目だけが黒い男。白いスーツに、白い背広。切れ長の目元に、薄い唇。唇の色も、薄い。その青白い唇は、笑みの形に歪んでいる。――が、細められた目に、その気配はない。
 背筋に寒気を覚えたけれど、私は震えた声で答える。
「はい」、と。
 白い男は、口を益々横に動かす。――笑っているのか、そうでないのか。
 白い唇の間から、真っ赤な口腔がのぞく。怖気が立つ。気持ち悪い、この男。
 本当に、人間なんだろうか。
 君は――
 男は、その口から不似合いな優しい声を出す。その落差に、私は一瞬身構える。
 君は、――お兄さんを取り戻したいのかな?
「はい?」
 思わず、聞き返していた。
 お兄さんだよ。君の、優しかった、お兄さん。いなくなってしまったんだろう?
「…………」
 兄。
 兄を取り戻したいか、と男は聞いた。なんと答えるべきか――私は。
 迷わなかった。いや、迷いようがなかった。答えなど、一つしかありはしない。
 私は。
「兄を、取り戻したいです」
 白い男は、にやりと笑う。そして、その手を。
 私に向かって、差し出した。
 私がその手を握り返すと。男は私の耳元に顔を近づけて。
 甘く、麻薬のように蠱惑的な。
 言葉を、ささやいた。
――――。
「私と一緒に、来なさい」
 と。

――なあ、紅也。
 俺は、見舞いとして病院まで来て、俺の傍に座っている紅也に、声を掛けた。
「何?」
 窓の外を見ながら。俺には一瞥もくれず、紅也は返事をする。
――お前、どうして俺にしたんだ?
「何が?」
――いや、だから……契約、とか。
「前にも言ったでしょ。似てたから」
 そっけなく答えて、紅也はまたすぐ黙ってしまった。
――なあ。
「ん?」
――お前、前に人間に騙されて、魂をとられた、って言ってたよな。
「うん、言ったよ」
――悪魔って、魂とられるのか?
「とられるよ」
――…………。
「何? 気になる?」
 窓を見ていた眼をついと逸らして、紅也は横目で俺を見る。口元が、少し笑っている。
――いや、……気になる、っていうか……。
 言葉に詰まる俺を見て、紅也は笑う。
「もしかして、自分だけ妹さんの事件について話すのは不公平だとか思った?」
――そういうわけじゃ……。
「まったく、そんな、世の中全てギブアンドテイクって訳にはいかないよ。だから、ま、この話はお預けね」
――……あ、そう。
「うん」
 紅也はまた、窓の外を眺める。
――何か見えんのか。
「うん、色々とね」
――ふうん。
 窓の外は快晴の青空。梅雨は終わり、もう夏が始まる。紅也が窓の外に何を見ているのか、ベッドの上の俺には分からない。悪魔の目に、何が映っているのか、写っているのか。俺には分かるはずもない。でも、そこに何かがあることは、確かなのだろう、と思う。
 まあ良いか。
 気を取り直して。
 俺はまた、何度も読み返して筋を覚えてしまった本を、広げた。