黒竜と彼のご主人さま
その日以降、ルークは人目を盗んで龍の間に出入りするようになった。
龍の間の扉には意外にも鍵がかかっていなかった。
というのも、この家の住人で自ら進んでこの部屋に入ろうとする人がいなかったのだ。
おかげでルークは簡単に龍の間に入ることができたのだけれども、一つだけ問題があった。
ルークの力だけでは扉は重く、開かないのだ。
今日もルークは扉の外にいた。
辺りをキョロキョロと見渡して、誰もいないのを確認すると扉をノックすると扉が内側から開いた。
ルーク一人がちょうど通れる隙間が開くと、嬉しそうに中に入った。
「こんにちは、お兄ちゃん」
扉が閉まると同時に、部屋に淡い灯りがともる。
「――こんにちは、小さなルーク」
彼の印象は相変わらず、無表情で冷たい。
だけれどもルークはここで彼と会っているうちに、無表情で冷たいのはあくまでも外見だけであると気づいた。
彼の声に感情がこもっているような気がしたのだ。
迎え入れてくれる、彼の声がなんとも優しく包み込まれているようで、ルークは満面の笑みを浮かべた。
「今日は何を教えてくれるの?遠い大陸の国?違う国の文字?」
あまり多くのことは語らない彼であったが、その口から語られることはルークが今まで読んできた本よりも面白い。
ルークに分かりやすく、簡単に話しているからかもしれないが、
ルークはいつも目を輝かせて聞いていた。
「今日は、私のことを話そう」
おいでとルークを、天球儀の横に設えたチェアに座らせた。
そこはルークの特等席だった。
「お前は我が名を知っているか?」
「ううん、知らない」
「そう。聖なる名は無闇に人に明かしてはいけない。聖なる名は
その物の存在を定義している」
いつもに比べて少し難しい話題に、ルークは思わず首をかしげた。
「小さなルーク。お前の名は?」
「ルークだよ」
「そうだ。お前が名乗るのはルークであって、アイザックではない。アイザックと名乗った瞬間にお前は、ルークではなくなってしまう。お前の存在がいなくなってしまうのだ」
ぼんやりとルークは、彼が言わんとしていることを理解した。
「今日は難しいお話なんだね」
彼はルークのコメントに少し口元を綻ばせ、右手をすっと上げるとルークの周りに置かれた物たちが淡く発光して、ふわりと宙に浮いた。
「小さなルーク。お前は特別だ」
くるくると天球儀が回り、ピカピカに磨かれた冠がルークの頭の上に乗った。
「我が名を知っている者は、お前の祖のラインバルレのみ。――かの者は強かった。」
精神的にも肉体的にもと、昔を懐かしみながらそう続けた。
作品名:黒竜と彼のご主人さま 作家名:青海