鋼鉄少女隊 完結
麻由が金沢に拉致され、それを救う為、雪乃が乗り込んで行ったことが原因となって雪乃はピュセルを去ることになったのを負い目と感じていたのだ。
「そんなこといいのに……。えっ、今は家には居ないよ。釣りに来てるから。家からは近いよ。ほらずっと前にあんたとカニ釣りしたでしょ。あそこから、さらに河口に向かうのよ。堤防横の道路に私の三輪自転車が止めてあるから、すぐわかるよ」
しばらくして麻由が自転車でやって来て、雪乃の顔を見るとわっと泣き出した。
「ごめんなさい。私のせいで雪乃がピュセルをやめさせられたのに、私だけピュセルに居座ってしまって……、ほんとにごめんなさい。辞めなければならないのは私のほうだったのに……」
実際のところ雪乃はあの事件以後、いろんな事があって、当初の事件のことなど頭の隅に追いやってしまっていたのだ。
「麻由! もういいって。私は元々、将来、ガールズバンドをやらせて貰えるって約束でピュセルに入ったんだから、今の状態が本来の道なんだよ。今は彩ちゃんや、浜崎さん、吉村さんと一緒にやれてすごく充実してるよ。お互い、進む道が分かれただけだよ」
雪乃の慰めの言葉に、麻由の表情は少しずつ明るくなって行った。
麻由はぼんやりと海を見つめながら語り出す。
「私、もう男が恐くなった……。私、もう恋愛なんかしないと思うよ」
「えっ、どうして? そんなこと無いよ。世の中には優しくて、真面目な男の人も居るよ。麻由のとこのお父さんはそういう人でしょ。そういう人に巡り会えるよ」
「もう、そんな気持ちになれないの……」
その時、魚がかかる。雪乃は竿を立てて、そのまま水面より釣れた魚を引き抜く。たも網を使うほどでもないサイズだった。20センチほどの黒鯛だ。
「ねぇ、麻由。この子、男の子か女の子かわかる?」
「え? わかんないよ。魚の雄とか雌とかって……。色でも違うの?」
「色は同じ。この子はね男の子なの。100パーセント男の子。間違いありません!」
「どこを見るの? ヒレとか違うの?」
「サイズよ」
雪乃は釣れた黒鯛をメジャーで測る。
「21センチね。間違いなく雄です」
「どういうこと?」
「黒鯛はね雄性先熟っていうの。昔、お祖父ちゃんに聞いたんだけどね。タイ科の魚は性転換するのよ。タイ科ヘダイ亜科の黒鯛はね、生まれたときは雄なの。25センチから30センチくらいの大きさになると雌になつちゃうの。 中には雄のまま大きくなるのもいるけど、70パーセントの率で雌になっちゃうわけ」
「へぇー。魚ってそうなんだ。でも、他の動物でもそんなのあるの?」
「性転換するのはせいぜい両生類くらいまで。鳥類やほ乳類はしないよ」
「でも、人間の男の人がタイに行って性転換するって」
雪乃は吹き出す。
「うまいねぇ! そのタイか。タイランドの病院ね。まぁ、人間は魚みたいに自然に性が変わらないから性転換手術するしかないよね。それでも魚みたいに完全に雄と雌が生きものとして入れ替わってしまうわけじゃないけどね」
「ねぇ、魚で性転換するのってタイの仲間だけなの?」
「うん。タイ科も多いけど、ベラ科やハタ科の魚も性転換するよ。でさぁ、お正月に出てくる塩焼きのピンク色の鯛。真鯛はねぇ、雌性先熟なの。最初が雌で大きくなると雄になるの」
「性転換するのって、魚にとってどういう意味があるの?」
「いかに子孫をたくさん残せるかという戦略でしょ。最初雌で卵をがんがん産んで、次に雄になってとか。その逆に体が大きくなって雌になってから、まとめてどっさり卵産むとか、魚なりにいろいろと、試行錯誤してるんじゃない」
「黒鯛って成長すると性が変わるっていいね。それで大きくなっても、自分で雄か雌選べるなんて、うらやましいねぇ……。人間は産まれてくるとき、自分で選べないんだから」
「別に魚が自分の意志で選んでるのかはわからないよ。ていうか、魚にそんな確固とした将来の目的なんて無いと思うからね。必要に迫られてでしょ。サイズじゃなくて環境で変わるのもいるよ。ホンソメワケベラは1匹の雄と複数の雌がハレム状態で群れを作って暮らしてるけど、雄が大きな魚にパクリって食べられちゃうと、群れの中の一番大きな雌が雄に変わって群れを率いるようになるの。はい、これを何て言いますか?」
「雌性先熟です!」
「よくできました。そう、でもね、環境の必要に迫られて変わっちゃうわけよ。では、ディズニーアニメのニモちゃんは何て言う魚か知ってますか?」
「クマノミでしょ。嘘? ニモも将来、女の子に変わっちゃうの?」
「うん。変わる資格はあるけど、変われるかどうかは、わかならいけどね。カクレクマノミはね、大きなイソギンチャクを家にして群れて生活してるけど、その群れの一番大きなのが雌になるの。二番目に大きいのが雄になるわけ。それ以下の大きさのは中性で予備軍ってわけ。アニメのようにね、ママとパパと子供達が一緒に暮らしているわけじゃなくて、みんな血の繋がりはないの。その辺りに居たクマノミが家であるイソギンチャクを気に入って集まってるだけ。だから、そのイソギンチャクに居る雌が死んだら大きさの順番で昇格できるわけよ。それまでは研修生みたいなもの」
「そうなんだ。じゃあニモのパパはナンバー2だったから雄だけど、ナンバー1になっちゃうから、ママになるんだ。じゃあニモがナンバー3だったら、元パパの雌の夫になるっていうわけ。ひどいねー」
「だから、同じイソギンチャクに住んでるクマノミには血縁関係は無いって。パパと息子じゃないよ。みんな同じアパートに住み着いた他人同士だから。やっぱ、人気のあるイソギンチャクとかあって、そこに住みたがるわけ。その一番人気のイソギンチャクに居る雌が死んじゃうと、隣のイソギンチャクの雌がさっと入ってきて、そこの雌として居座っちゃうことだってあるんだよ」
「やだー! クマノミって自由奔放ねぇ。人間だったら大問題じゃない」
「まぁ、魚は何でもありよ。個体保存の本能と種族保存の本能にさえ従っていれば、何でもありの世界だから」
久しぶりの雪乃との会話を通じて、麻由の心は落ち着いていった。麻由が穏やかな顔でさらっと問題発言を始める。
「私、今年で19だけど、20になったら男になってしまいたいなぁ……」
「やめてよ! たいがいのことは許せるけど、それだけは辞めてください」
「なれるわけ無いのに言ってるだけ。私、ヘタレだから、魚みたいに性転換しても周りが当たり前のように受け入れてくれる世界なら、だいじょうぶだけど、私には無理。でも、女って、つまらない……」
「女には女の良さがあるよ……。たとえば、高い音域が歌えるとか……」
「そんなの男でも頑張れば、ファルセ(裏声)でもミックス(高音の地声)でも使ってこなせるよ。男の何処がいいかって……。そう、起動力。積んでるエンジンのパワーが違うとこかな」
「女の人だってパワフルな人はいっぱい居るよ」
「あんたみたいなパワーのある人も居るよね。そう……、私じゃなくって、雪乃あんたが男になって欲しい。あんたって、本質的に男って気がする。私、あんたみたいな男になら一生ついていける」