鋼鉄少女隊 完結
最終章 ケーニヒスティーガー
瞽女旅を終えた雪乃はその年の暮れに、新しいガールズバンドを結成した。と、いってもピュセルを卒業した藤崎彩、浜崎杏奈、吉村由衣 というピュセル内グループ鋼鉄少女隊が雪乃を入れた4人で再結成されたわけだ。
バンド名は新たに、ケーニヒスティーガーと名付けた。
ケーニヒスティーガーとは旧ドイツ軍6号戦車2型という正式名だ。連合軍はこの敵戦車のあまりの強力さに、キングタイガーと呼んだ。そのため、ドイツにおいてもドイツ語でケーニヒスティーガー(虎の王)というニックネームを持つことになった。
年が明け、雪乃原作のマンガ「鋼鉄少女隊」が、ピュセルタイム2と同じ東京放送でアニメ化され放映されることになった。もちろん、スポンサーにはサイトグループがついていた。
アニメ「鋼鉄少女隊」のオープニング曲を作曲して、ケーニヒスティーガーが演奏することになった。エンディング曲のほうは、以前に作っていた「ハヤブサ」を採用して貰った。
アニメ「鋼鉄少女隊」は第二次世界大戦末期にドイツ国防婦人戦車隊に来ていた十代の日本の少女五人の話だ。史実では女性の戦車兵などは存在していない。
彼女らはドイツ最新の重戦車ケーニヒスティーガーが供与され、その訓練に励んでいたが、ヒトラー最後の起死回生の決戦であるバルジ作戦に国防婦人戦車隊と供に参加することとなる。
バルジ作戦は初戦はドイツの圧勝となったものの、連合軍の抵抗と燃料不足のため、先鋒として戦っていたパイパー戦闘団は敗走し、国防婦人戦車隊は全滅する。最後の一両となった日本の少女達の乗るケーニヒスティーガーは雪原の逃避行を続ける。とうとう燃料が切れて、無人の荒涼とした雪原で停止する。
無傷の操縦手と通信手の少女が外に出る。
大破した砲塔から負傷した車長と砲手を運び出す。装填手は既にに死んでいるのでそのままにした。
無傷の二人はメタノールの固形燃料を使い湯を沸かす。通信手の宮野春菜曹長が日本から持ってきていた抹茶かたくりをカップの湯に溶き、横たわる車長の早蕨和枝中尉に飲ませようとする。中尉はカップを受け取ると、意識を失っている傍らの砲手の木元美代子軍曹の口元にカップを近づける。
木元は抹茶の香りに意識を取り戻す。
「いい香り……。日本に帰ってきたんだ……」
そう呟いて木元は息を引き取る。早蕨中尉は二人に命令する。
「木元を操縦席に納めてやってくれ。ティーガーは我々のいい墓になるようだ」
操縦手の河合彰子曹長が悲痛な覚悟を述べる。
「我々がこのティーガーをお守りします!」
早蕨中尉は凜とした声で言い放つ。
「命令だ! お前達二人に新しい任務を与える。お前達は速やかに戦線を離脱し、パンツァーファウストを日本に持ち帰えること!」
パンツァーファウストとはドイツ軍の使い捨ての対戦車無反動砲だ。使い捨てのため、携帯も容易であり構造も簡単だ。強健なドイツ兵なら、このパンツァーファウストを一人で数本は持ち運べるコンパクトさだ。
「もう制海権は連合軍に渡り、ティーガーは持ち帰ることが出来ない。お前達は本土決戦の対戦車兵器としてパンツァーファウストを持ち帰ること。まだ潜水艦でなら、日本に辿り着けるだろう。これを量産できれば我が軍の強力な味方になる。辛い逃避行になると思うが、日本のためにこれを持って帰ってくれ。すまんが……、私達三人は一足先に身軽になって日本に帰らせてもらうよ」
大柄な宮野曹長がパンツァーファウスト一基を肩に背負う。河合曹長が短機関銃を持ち、先頭に立ち、二人は命令どうり、戦車と三人の少女を残し雪原を遠ざかって行く。
通信手の席に座った早蕨中尉は、開いたハッチ越しに冬の澄み渡った青空を眺める。
「桜、見たかったなぁ……」
頭上を一瞬、風花が舞う。小規模な吹雪のことだ。開け放したハッチから、白い雪片が舞い降りてくる。中尉は9ミリ弾の拳銃を握りしめる。
「桜じゃないけど、リンゴの花びらのよう……」
雪原に一発の銃声が響き渡る。遠くまで行っていた二人が、戦車のほうに振り向いて立ち尽くし敬礼をする。
アニメ「鋼鉄少女隊」のオープニング曲として、新たにバンド名と同じ曲名「ケーニヒスティーガー」をシングルCDで発売した。
インターネットの動画サイトでのアニメ主題曲の「ケーニヒスティーガー」の再生率は高かった。アニメの人気に連動していて、CDもそこそこ売れていた。
その年の春、東名阪のキャパ1000人規模のライブハウスでケーニヒスティーガーのライブコンサートが開かれた。
かってのピュセル内バンド鋼鉄少女隊のファン達が集まってくれた。コスチュームは以前のとおり、ドイツ武装親衛隊戦車兵の黒の上着に、下はパニエで盛った黒のゴスロリスカートだった。
このコンサートではまだ、雪乃が一年かけて学んだ瞽女唄を生かした曲というものが作れて居なかった。
アニメの「鋼鉄少女隊」の主題曲と以前の曲で行われた。
美咲はグリープロモーションにマネージャーとして入り、新たに作ったガールズバンド「ケーニヒスティーガー」の担当をしてくれていた。もう芸能人はこりごりと言って、今の裏方仕事が気に入っていた。
芸能活動を再開し、またグリーンプロモーションに出勤する日々のため、雪乃は横浜の母方の祖父母宅に再びやっかいになっていた。
父方の祖母の春江は、また静岡に一人残ったが、雪乃の作ったウエブサイトの「瞽女道」を見た人達が数人、瞽女唄を習いに来ていて、春江も忙しい日々を送ることになった。
横浜に戻ったが、会社のほうからは、バイク、自動車の運転とか、釣りに行くことを、もう一切制約なしとなったので、雪乃は休みの日は一人でせっせと海釣りに出かけるようになった。
その日も家の近くで釣りをしていた。以前に斉藤浩太郎、山口美佐枝を連れて黒鯛釣りをした雪乃の秘密の穴場的釣り場だ。
携帯に着信がある。番号を登録してあるので、携帯の画面に浅井麻由の名前が出る。麻由とはもう一年半余り、連絡を取り合っていなかった。
「麻由、どうしたの?」
「……。まだ、私の番号登録してくれてたんだ……」
「あたりまえじゃない。登録してあるよ。私が忙しくて連絡してなかったけどね」
「私……、迷惑かけたから……、あんた本当は怒ってて、もう私のことなんか相手にしてくれないと思ってた」
「えっ! 何それ? ああ、私、卒業から忙しくなってね。あんたに連絡しなかっただけ。何とも思ってないよ」
麻由は電話の向こうで泣き出したようだった。
「どうしたのよ。私、麻由のこと怒ってなんかいないよ。静岡に帰って瞽女唄の練習に夢中になって、それからケーニヒスティーガーの結成でも忙しくて、連絡できなかったのよ。もう、ピュセルじゃないから、一緒に居る機会が無くなっただけでしょ……。わかったわ。ごめん、ごめん。麻由、私が悪かったよ」
「私、ちゃんとあんたに面と向かって謝りたいの。ピュセル内では、私があんたに助けられたこととか他のメンバーには絶対に秘密って言われて、あんたに直に謝る機会がなかったのよ。だから、今日あんたのとこ行って謝りたいの」