鋼鉄少女隊 完結
「なんか、以前は多重人格って言ってたらしい。一人の人の中に複数の人格があって、他の人格になっているときの、記憶がないってやつ。なんか小さな子供の頃に受けた虐待とかが原因なんだって。でも、あんたは記憶が途切れてないしね。大丈夫だよ」
雪乃はしらけた顔をする。
「あんたのお姉ちゃん、ウザすぎ」
美咲は苦笑いする。
「ごめん! 実は私もそう思ってる。実はお姉ちゃん短大なの。それでうちの高校の上は四年制大学じゃない。以前に、私つい上から目線で『お姉ちゃんは二年保育だもんね』って言ってしまったの。そしたら怒って根に持って、私をバカにするなって感じで、それから学校の講義で聞いてきた知識をひけらかすのよ。私、うんざりよ」
「あ、それは、あんたが悪い! お姉ちゃんかわいそう。私、お姉ちゃん許すわ!」
それから、美咲は学校であった出来事などを、雪乃に語った。また、雪乃のノートパソコンを起動して学院全体のホームページに繋いで、雪乃が見落としていた学校の連絡事項を指摘してくれた。
しばらくして、美咲は持ってきた紙袋を引き寄せる。中には黒い布と何か書類の入ったクリアケースが入っている。美咲は中から黒い衣服を取り出す。
「これね、去年、貸してくれっていうから、あんたに一週間貸してたじゃない。けっこう気に入ってた服よ!」
雪乃は思い出す。美咲の持っている、比較的低価格の高校生ブランドのゴスロリの黒いドレスだ。高一の時、自分のギター演奏を動画にして、ネットの動画サイトに投稿するときに、コスチュームとして借りたものだった。雪乃は楽器に金をかけるため、祖母が買ってくれる衣服以外には、自分では買う余裕がなかった。
「雪乃、これあんたに上げる!」
雪乃は「来たか!」と思う。
「いりません!」
「どうしてよ、あんた、これ気に入ってたじゃない」
「これくれて、今度は私を何処に連れて行って、放置しようと企んでるの?」
美咲は当惑する。
「どういう意味よ?」
雪乃は立ち上がり、自分の学習机の引き出しから、ビニールの袋に入った下敷きを取り出し、美咲の前に置く。ラ・ピュセルという女子のアイドルグループのカラー写真が印刷されている。
「これ中学一年の時に貰ったピュセルの下敷き。小学一年の頃の私、このグループのファンだったし、これ私が小一の頃に発売されたもので、もう売っていないレア物だから、つい貰ってしまって、あんたと一緒に新体操部に入ってしまった。一人じゃ心細いというあんたのためにね。約束では、あんたが慣れるまで私は一ヶ月だけ新体操部に居て、それから私は辞めるってことになってたよね。新体操部は辞めるっていえば、直ぐ辞めさせてくれるって言ったよね」
美咲は苦い顔をして黙り込んでいる。
「ところが、あんたのほうが一ヶ月で辞めてしまって、演劇部に入ってしまい。私のほうは辞めたいって言っても聞いて貰えず、三年間やりたくもない新体操続けてたの。でも、最初に物貰ってしまってるから、今まであんたには何も文句言わなかったけどね。だから、この服、恐くて貰えない。今度は何企んでるの?」
美咲は少し話題を逸らそうとした。
「私は一ヶ月目に顧問の松田先生に辞めさせて下さいって言うと、すぐに許可されたのにね。でも、あんた最初から体すごく柔らかったじゃない。先生も、こいつだけは逃がさない、って思ったのよ」
中学の新体操部の顧問の松田、社会を教える女性教師で、大学時代は新体操でインターカレッジで個人総合三位。雪乃が何回も退部を願いに行くが、なんだかんだと言っていつも丸めこまれて、続けることになってしまった。
「でも、あんた静岡県の中学総体で一位になったし、全中にも出場したじゃない」
雪乃は小さい頃から、柔軟体操マニアだった。夜風呂に入った後、前屈、開脚、腹筋、腕立て、ブリッジをしてから寝るのが日課だった。別に何かのスポーツの基礎練というわけでなく、軽く体操したらよく寝付けるのでやっていたのが、だんだんエスカレートして結構なメニューをこなすようになったのだ。だから、体が柔軟でバネがあり、新体操部に入ったときは、小学校の頃からバレーか新体操をやっていたのかと聞かれた。
「別に、あんたが先に辞めたことをとやかく言ってるわけじゃないの。あんたは、新体操向きじゃなかったもの。体堅すぎ。あんたが強制柔軟で無理に百八十度開脚やらされて、毎回ギャーギャー泣き叫んでるの見てるの辛かった。でも、私が辞められなかったのが誤算。試合が近づくと、毎日夜八時まで、休日も一日中練習でギターとドラムの練習時間が無くなってしまったのが辛かった」
美咲は、体が堅いと言われたのが、悔しくて語気を強めて雪乃に逆襲した。
「あんただって、泣いてたじゃない。一年は強制柔軟、百八十度開脚でみんな泣きまくりだったよ。でも、あんたは最初から百八十度開脚出来てたから、椅子柔軟やらされてたものね。私ほんとのこと言うと、あんたの開脚見て恐くなって辞めたの。自分が先輩に足に乗られて開脚されて、痛くて泣きながら、ふと横を見ると、あんたが椅子二つの間で縦開脚で宙ぶらりんになってた。前足を一つの椅子に載せて、後足をもう一つに載せて、宙に浮いてるあんたのお尻を、先生や先輩が上に乗って、無理矢理、床につけさせようとしてた。私、人間にこんなことして大丈夫なのって思った。あんたはギャーギャー泣きながら、涙も鼻水も垂らしまくり。二百度くら開いてたと思う。そのうち、二百三十度開脚くらいになって、あんた『ぎゃっ!』って言って、気絶したよ。首ががくんとなって、静かになったから、てっきり死んだと思った。私、自分が痛いのと、あんたが殺されたという怖さで、パニックになってげぇげぇ吐いたよ。吐いたので先輩らが放してくれた。ふと見ると、あんたも椅子を外されてそのまま床に置かれてた。足が開いたままで、体が俯せの『土』の字状態でびくとも動かなかった。私、なんて恐ろしいところに入ってしまったんだろうと思ったよ」
「私は三年間、強制柔軟、筋トレ、ランニングで毎日シゴキまくられてたよ。でも、あんたは辞められてよかったじゃないの。無理に根性で強制柔軟やってると、とんでもないことになるって、聞いたことあるしね」
美咲は興味深そうに続きを促す。
「えっ! そうなの。やっぱり早く辞めてよかったんだ。で、無理にやってるとどうなるの?」
雪乃は言おうかどうか迷っていた。ちょっと、都市伝説ぽい話で、確証がなかったからだ。
「あのね、私が全中に行ったとき、何処の県の子か忘れたけど、他の学校の選手の女の子が教えてくれたんだ。何処かの高校の新体操部の話。体がものすごく堅い人なんだけど、新体操がすごく好きで続けてたけど、高二のときに先生に、『無理だからもう退部しろ』って言われたんだって。それでも、辞めたくなくて、せめて百八十度開けるようになろうと、部の仲間に頼んで無理に椅子柔軟で、開脚やったんだって。そしたら、破れちゃったって」
「えっ! 何が? レオタード破れたの?」