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鋼鉄少女隊  完結

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第三章 解離性同一性障害



 停学三日後の日曜の午後、近所に住む美咲が尋ねてきた。美咲は雪乃と同じ中学、高校で、中学一年の時は同じクラスだった。玄関で応対した雪乃の祖母が二階に声をかける。
「雪乃! 美咲ちゃんだけど、上がってもらう?」
「うん、そうして!」
 美咲が雪乃の部屋に入ると、部屋の真ん中に冬はコタツになる小型のテーブルに向かって雪乃が座っている。雪乃は椅子に座るよりもべったりアグラで床に座るのを好む。だから、あんまり自分の勉強机を使わない。学校の机、椅子は仕方がなく我慢している。子供の頃から祖父の真似ならなんでもしたがる子であったのか、アグラ座りが好きなのだ。それと、体が柔らかい。特に股関節が柔らかい。左右の足の裏ぴったり合わせて、両の膝の外側が床についてしまう。
 雪乃はテーブルの上に高校二年の教科書を広げて、一人で勉強していた。もちろん、ジャージでアグラだ。美咲が残念そうに言う。
「きっと暇そうにしてるだろうと思ってた。毎日、日曜だねって、嫌み言ってやろうと思ってたのに、なんだ学校の勉強してるんだ。真面目すぎるよ」
「学校に行けるようになったら、ギャグ言ってやろうと思って」
「どんなギャグよ?」
「停学で生徒が困るのって、学習の進度が遅れてしまうことじゃない。ところが、ほら、これ学校の先生が大嫌いな教科書ガイド、これがあれば一人だって勉強出来るよ。学校行ってから、小テストでも、中間テストでも普通にいい成績なら、みんな『停学で習ってないのに、何故?』って聞くじゃない。『知らなかったの? 成績あげようと思ったら、学校に来ないことだよ』ってギャグよ」
 美咲が納得する。
「学校への嫌みなんだ」

 雪乃の祖母が紅茶とフルーツケーキをお盆に載せ上がってきた。美咲が会釈する。
「いつも、すいません」
「いいえ、ごゆっくり。最近の学校のことなんか、教えてやってくださいね」
 雪乃は美咲が紙袋を下げてきているのに気付く。その中に黒いものが見える。雪乃はふと軽音部の先輩の相田が、こんな紙袋に黒革のボンテージを入れていたのを思い出す。一度あることは二度ある。嫌な予感がした。でも、美咲はその紙袋には全く言及しないので、気のせいかなとも思う。

 美咲が突然、脈絡もないことを尋ねる。
「ねぇ、雪乃。あんた、小さい子供の頃、すごくショックな出来事ってなかった?」
「え、なんで?」
「いえ、私はね。小学校三年の時、ニワトリに追いかけられたのがとても恐かったからね。いまでも、ニワトリが駄目なの。ニワトリ見ると、震え上がる。それに鶏肉も食べられないの。だから、あんたも何かあるかなぁって思って」
 雪乃は数学の最後の問題を解き、教科書ガイドの答えと同じなのを確認して、美咲の質問について考えてみる。
「そういうことなら、私は小学校一年のとき、お父さんとお母さんが、交通事故で死んだんだ。でも、その頃のことあんまりよく覚えてないんだ」
 美咲ははっ! と顔を緊張させる。
「えっ! 記憶がないの?」
 雪乃は少し上目遣いに記憶を探る。
「いや、覚えてるよ。お父さんとお母さんは二人で、アメリカの西海岸に旅行に行ってたんだ。それで事故が起きて、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが遺体を引き取りに行って、日本でお葬式したらしい。らしいって言うのは、私は二人が死んだことも知らされず、お葬式にも出席させてもらえなかったからなの。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが、私にはショックなことだろうからと、お父さんとお母さんは当分アメリカから帰って来れないから、と言って私には秘密にしていたの。ここに引っ越してきて半年後、お父さんとお母さんが居ない生活に慣れた頃、死んだって教えられたから、何か強烈で印象的な記憶がないという意味」

 美咲はそれを聞いて、何故か安堵している様子だった。
「ねぇ、後一つ聞いていい。いえ、後、二つ、三つ」
「何なの? どうして? 今日は質問日なの?」
 美咲は雪乃の顔が笑っているのを確認してから、また質問を始める。
「あんたさぁ、今度の停学の原因になったこと覚えてる? あんた、ボンテージ衣裳で、『殺せ!』って歌ってたんだよ。でも、なんか頭に血が上っていて、あの時のこと殆ど覚えてないとってことないの?」
「そんな発作みたいなもんでやってないよ。ボンテージは先輩らに無理矢理着せられたんだ。で、歌はね、前日に詰め込みでボーカル練習したんで、覚えきれなくて歌詞が出てこなくて、苦し紛れに、アニメのデスメタルの曲『虐殺せよ』の歌詞を思わず口走ってしまったんだ。もう、事故みたいなもの。『やっちまったな!』って自覚はあったよ」

 美咲はまた恐る恐る尋ねる。
「じゃあ、去年の文化祭の軽音楽部のコンサートで、ギター壊したの覚えてる」
「だから、あれも発作的にやったんじゃないよ。計画的にやったんだ」
「でも、あんた自分の大事なギター壊したんだよ」
「あのギターは破壊用にネットオークションで二千円で買ったジャンクギターを、自分で再生したやつなんだ。あの頃先輩らにけっこういじめられてて、これは、一つバーンとやってやらないといけないと思ってやった。私は切れるっていうイメージを植え付けてやったんだ」
「ねぇ、あと一つだけ、聞いていい?」
「いいけど、何なの? ちょっと、ウザイよ」
「あんたさぁ、小学生の頃って、男の子達のグループに混じって、すごく乱暴そうな感じだったじゃない。あの頃のこと覚えてる?」
 雪乃はうんざりしてきた。
「もちろん、覚えてる。ほんと、なんなの? あの頃は釣りして野球して……、ちょっと喧嘩とかしてたよ」

 美咲はふーん、という顔をする。
「私、あの頃のあんたと、今のあんたがほんと別人みたいな気がするの。じゃあ、何故小学校六年で突然、スカート履いて、髪伸ばして急に女の子っぽくなつちゃったの?」
 雪乃はうんざりという顔だ。
「あのね。女の子っぽいってね。私、女だよ……、もう! まぁ、短く言えば、生理が始まって、女自覚したってことなの。ああ、私の道はこっちじゃないんだって思った」
 美咲はほーっとため息を吐く。
「そうなんだ。そういうものなんだね。ホルモンの分泌とか、体が変わって、性格も変わってしまったんだ」
「そう、体が変わってしまったのって大きいよね。あの頃は同世代の男の子は、いつでもぶっ飛ばせると思ってた。でも、今は同世代の男には歯が立たないし恐いよ。夜道、一人で歩いてたら、後から靴音がしてそれが男なら、すごく恐いよ」
 美咲は突然、張り詰めていた糸が、だらしくなく、ブルンと緩んだかのように顔をほころばせた。
「よかった。あんたが普通で。私あんたが、解離性同一性障害じゃないかと思って、すごく恐かったの」
「え、何? その……、なんとか同一性障害って? もしかして……、体は女だけと心は男ってやつ? 失礼ね!」

 美咲はげらげら笑い出す。
「あんたも、そう思った? お姉ちゃんが言ったとき、私もそう思ったよ。うちのお姉ちゃんが、大学で心理学の講義で聴いてきたことなの。雪乃が停学なったって話して、あんたが小学生の頃のこと話したら、もしかしたら解離性同一性障害じゃないか? って、言うの」
「だから、その解離性同一性障害って何なの?」
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫