鋼鉄少女隊 完結
「お祖母ちゃん。釣りと同じだよ。釣れないときの悔しさは、釣れた時の喜びのオカズになるのよ。瞽女唄を聞いてやろうという心に余裕のある人達もいれば、いろんなことに頭がいっぱいで、受け入れられない人も居るんだよ。最後まで続けようよ。待っててくれる人も居るよ」
テレビのスイッチを入れれば、いくらでも歌は流れてくる。でもライブの臨場感に勝る演出なんて無いと思った。生の肉声と楽器の音が同じ空間に響き、演者が目の前にいるという環境が人を心を熱くさせる。
テレビで放映されている番組中で流行っていると称されるものは、歌であろうと食べ物であろうと、どんなものであろうと、けっして人々が望み欲してているものでは無い。テレビはこれが流行っていて、すばらしいものと絶賛するが、その裏には依頼した団体がクライアントして存在し、それを引き受けた広告代理店、その賞賛を仕事とするマスメディアという構図がある
例えはテレビである国のダンスボーカルのアイドルグループが空港で出迎えのファン達の歓待を受けていたとする映像は、ほとんど日当で雇われたサクラのファンであることが多い。テレビでそのグループを絶賛するファンのインタビューでは、老若男女問わず、無名の役者が使われている。
そういう芸能人達を売り込むための初期投資は莫大なものだ。流行を捏造するためのマスメディア対策、CDの自社買いによる売り上げランキングの持ち上げ、ネット工作会社がそのグループのインターネット上の動画のアクセス数を自動アクセス用のプログラムを使って不当に伸ばして行く。カラオケのリクエストのランキングさえ偽造できる。
そうやって流行っているのではなく、流行っているように大衆に思いこませることが彼等の流行の意味だ。
さまざまな捏造ランキングの数字を使ってスポンサー企業を欺し、そのグループを使った企業の広告宣伝費を受け取る。時にはグループメンバーの女性による企業担当者への肉体接待も行われる。
そんなどろどろとした芸能界に比べ、直接人々の目の前で歌い演奏し、その反応を感じることに雪乃は癒された。きっと、瞽女唄でなくても、演歌でも、童謡でもこうやって弾き語りでライブするなら、人々は喜んでくれるに違いないと思った。
雪乃達の瞽女旅は進み、三国峠を越えて群馬県に入った。瞽女旅の群馬最後の集落では、帰り際には30キロの米の袋を車に積んでくれた。
運転する美咲があきれる。
「あちこちでお米ばっかり貰ってしまったよね。日持ちするからって、お芋も積んでくれたし。なんか八百屋の車みたいになってきたね」
「仕方ないよ。くれるってもの断れないよ。三等分してあんたも家に持って帰って」
「え、私にもくれるの?」
「そうだよ。昔の瞽女さんはもらったものは、お金でもお米でも頭数で割って分配したんだよ。そうだよねぇ? お祖母ちゃん」
春江が肯く。
「そうよ。美咲ちゃんも、手引きとして頑張ってくれたからね。お家へのお土産にして。でも、まさかこんなに、あちこちで歓迎されて、お米まで貰えるとは思ってなかったけどね」
雪乃達は最後の目的地に向かう。50年前春江が母とともに瞽女旅を終え、のんびりと湯治に行った温泉だ。しかし、春江はその地名と場所を覚えていなかった。
「お祖母ちゃん。もしかしたら、草津温泉じゃなかったの?」
「そんな大きなとこじゃなかったのよ……」
「群馬県って温泉いっぱいあるよ。白根山、赤城山、浅間山、榛名山ってみんな火山なんだ。だから、あちこち温泉だらけだ」
雪乃がガイドブックを見ながらため息をつく。
結局目的の温泉の見当がつかないまま、雪乃らは別の約束の場所へと移動する。JR吾妻線のとある駅前に車を止める。雪乃は降りて辺りを見回す。
近くにもう一台白い軽トラック止まっていた。雪乃の姿を見てか、向こうの車からも人が降りて手を振る。藤崎彩だった。
二人はメールでここで落ち合うことを約束していた。
「彩ちゃん。久しぶりです。メールのやりとりばっかりだったから」
「あ、私のほうは雪乃ちゃんの姿、動画でずっと見てたよ。すごいこと始めたって、ピュセルのみんなも驚いてたからね」
雪乃は美咲に撮って貰ったビデオ映像をそのつど、自身のサイトに掲載していた。瞽女道というタイトルで、瞽女の歴史とか、かっての長岡瞽女の組織の説明を載せていた。現代の瞽女旅として、今まで瞽女の門付けをしたり、瞽女の宴の様子をビジネスホテルのLAN回線を使い、持参したノートパソコンから動画や画像をアップしていたのだ。
軽トラックの運転席から男性が降りてくる。彩の義理の父親である藤崎一郎だった。彩の実の父である田口の親友の人だ。
雪乃は藤崎に挨拶する。それを見て、雪乃の祖母も降りてきて、藤崎相手にていねいな挨拶を始めた。
彩は、群馬県に引っ越していた養父養母の元に来ていたのだ。藤崎は退職後、畑と小さな田んぼのある農家の家屋を買って、自給自足の生活を送っていた。藤崎は軽トラックの荷台から茶色の紙袋を持って来た。
「これ、うちで作った米なんですが持って帰ってください。自家消費で作ってるんですが、けっこうたくさん採れちゃって……。彩や田口のところにも送りつけてるんですよ」
雪乃と春江は思わず、顔を見合わす。藤崎が雪乃らのミニバンに積もうと車の後部に向かう。
雪乃がその前に立ちふさがる。
「あ、どうもありがとうございます。喜んでちょうだいします。あ、私持ちますので」
後部の跳ね上げ式のドアを開くと、中はそれまでの農家で貰った米やら芋でいっぱいだった。折角、好意でくれようとするのに、既に米だらけでは、藤崎も気が悪いだろうと思ったのだ。
「え、無理ですよ。ほんとに重いですよ。30キロありますよ。女の子には無理です。腰傷めますから」
雪乃の意図を悟った春江が口を挟む。
「あ、この子痩せの馬鹿力ですから。だいじょうぶです」
半信半疑で重い米袋を渡した藤崎は、雪乃が軽々と抱えて行ったのにはたまげる。
彩が解説する。
「お父さん。雪乃ちゃんはね。体きたえてるからね。腕の力だけじゃなくて、体幹の筋肉全部使って持ってるのよ」
藤崎は狐に摘まれたように、雪乃を見つめている。美咲がミニバンの後部を跳ね上げて開き、雪乃が米を収納する。ほぼ米屋、八百屋の配達車同然になっていた収納庫は藤崎には見えなかったようだ。
彩は休暇を取って、義理の両親の家に来ていた。今夜は雪乃らと温泉の旅館に一泊する予定になっている。藤崎は雪乃らに彩のことを頼むと、軽トラックで帰って行った。
彩は着替えを入れたバッグを持ち、ミニバンの後部座席に乗り込む。
「ところで、何処の温泉に行くの?」
雪乃は口ごもる。
「それが……。お祖母ちゃんの記憶があいまいで。わからないんですよ……」
「それは困ったことね。あ、お父さん居たら、教えてくれたのに。夫婦であちこち温泉行ってるから、よく知ってるの。電話で聞いてみるよ。今わかってるのって、どんなこと?」
「それがね、川沿いで、旅館は二・三軒しか無くて、川の底からお湯が吹き出てて、川が自然の露天風呂になってるんですって」
彩がにっこりと笑う。