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鋼鉄少女隊  完結

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第二十三章 瞽女道



 その年の秋、雪乃は計画どうり祖母の春江と美咲とともに瞽女唄の演奏旅行に出た。美咲と運転を交代しながら、関越自動車道を走り、新潟県長岡市へ向かう。長岡まで行って、今度は瞽女道を辿るために下道を戻って来ることになる。
 春江の母藤田キクノの墓に参ってから、春江の記憶を元に作った行程表に従い瞽女旅を始める。
 かっての瞽女には旅装と瞽女宿での瞽女の宴の晴れ着があった。旅装は絣の着物で、晴れ着は荷物の中に入れて持って行った。
 瞽女達は紺絣の着物に菅笠を被りその下は手ぬぐいで頬かむり、手っ甲脚絆という姿で、三味線と大きな風呂敷包みを背負った。手引きと言われる目明きの女性が先頭に立ち、それぞれ前の者の肩に手を置き、連なって進んだ。

 長岡のビジネスホテルを出る時、雪乃と春江は持参した紺絣の着物に着替えた。美咲はジーンズ、パーカーという出で立ちである。美咲には家庭用ビデオカメラで二人の撮影を頼んでいた。もちろん音声も保存される。
  
 祖母の春江は最初の集落を前に、怖気付いていた。
「ねぇ、雪乃やっぱり辞めましょ。旅行するだけにしておこう。テレビが普及したこんな時代に今さら瞽女唄なんて誰も聞いてくれないだろ。きっと迷惑がられるだけだし……」
「お祖母ちゃん。50年前に嫌がるひいお祖母ちゃんをひっぱり出して瞽女旅をやったんでしょ。その時も時代は変わってたけど、農村の人は受け入れてくれたんでしょ。そのときもテレビもラジオもあったわけだし。でも、瞽女唄を受け入れてくれたんだからだいじょうぶよ」 
「でもあの頃は全ての家庭にテレビがあったわけでもないしね。白黒テレビだったしね」「テレビはライブの魅力には勝てません。観客と同じ空間で演奏し歌われるものに映像は勝てないと思う」
「でもね……」
「じゃあこうしよう。いきなり昔の瞽女さんみたいに『ごめんなんしょ』って言って入っていって、門付け唄をやるのはやめとこう。まず美咲にその家に行って貰って、玄関先で歌ってもいいか交渉してもらいましょ。美咲、頼める?」
 運転席の美咲が同意する。
「いいけど……。でも、どう言ったらいいの?」
「そうね……。瞽女唄が実際にどうやって歌われたかを再現して記録に残したいので、こちらの玄関で瞽女の門付け唄やってもいいですか? って頼んで。謝礼とかいりませんのでと、言ってね。それと、何処の家がかっての瞽女宿だったかも尋ねてほしい」
「わかったわ。じゃあ、あんたがどの家にするか指定して。交渉してくるから」

 春江自身記憶の中でどの家が瞽女宿だったかは覚えていなかった。出来るだけ古い大きな農家を選んで、美咲に交渉して貰い、了解を得てから乗り込むことになった。
 雪乃と春江は紺絣の着物姿に、和てぬぐいでほっかぶりをする。三味線を弾きながら、門付け唄を歌う。
 門付け唄は瞽女宿でやる宴会のイントロのようなもので短いものをやる。岩室、佐渡おけさ、花笠音頭、真室川音頭とか瞽女松坂などのめでたい歌詞のものもある。
 三味線を弾きながら、とりあえず短く真室川音頭始める。
「わたしゃ真室川の梅の花
 あなたがた この町のうぐいすよ
 花の咲くのを待ちかねて
 つぼみのうちからかよて来る」

 玄関を入り土間に立ち歌わせてもらった。 そこの家の中年の主婦が聞いていてくれた。しばらくして、八十代くらいの老婆が中学生くらいの女の子に支えられて出てくる。
「瞽女んぼさ。ようよう来たのう。待ってたすけぇ」
 老婆は、瞽女さん、やっと来てくれましたなぁ、待っていたましたから、という意味のことを言った。
 その家の中年女性の話では老婆は最近すっかりぼけてしまっていたらしい。しかし、昔のことを話すときだけはしっかりしていたという。
 老婆は傍らの女の子に言って、アルミのボールに入れた米を持って来させた。一升近くあった。
 老婆の生き生きとした表情を見ていた中年女性が、貰ってやってくれと目配せする。雪乃らは昔のように瞽女唄で米が貰えるとは予想していなかったので、袋などの入れ物を何も持ってきていなかった。美咲が車に戻り、スーパーの紙袋を持ってきて、その中に米を流し込んでもらう。
 かっての瞽女達は米や小銭を貰うが、貰った米は行く先々の瞽女宿か、よろず屋と呼ばれる当時のコンビニで買って貰って、金に換えていた。瞽女がいったん身につけた米は瞽女米といわれ高い値段がついた。
 盲目にも関わらず、健常者と同じように自分で身の回りのことが出来て、その上技芸にも通じる瞽女は、超能力者のように思われていたらしい。瞽女は神に近い神聖な者で、その瞽女が身につけたものには神の力が宿ると信じられていた。瞽女米は子供に食べさすと風邪をひかなくなるというふうにだ。
 養蚕が盛んだった信州地方では、瞽女の使った古い三味線の糸の切れ端を貰い受け、蚕の棚に架かけておくと、桑をよく食べるようになると信じられていた。

 老婆の喜びように、その家の主婦である中年女性から、もっと歌ってやってほしいと頼まれて、雪乃は三味線を弾きながら短い唄を次々と繰り出す。
「咲いた花より 咲く花よりも 咲かぬお主の側がよい
 主は御殿の八重桜 わたしゃまた 垣根の朝顔よ
 からみたいとは思えども 御殿の桜にゃ かなわない
 越後名物数々あれど あかしちぢみに雪の肌
 つけてかえせぬ味の良さ
 テモサッテモイイジャナイカ テモイイジャナイカ
 娘十八なじょうして暮らす 雪に埋もれて機仕事
 花の咲くまで 小半年
 テモサッテモイイジャナイカ テモイイジャナイカー」

 ぼけていたという老婆はすっかり、以前の覇気を取り戻してはしゃいでいた。ただし、その頭の中の時間は、はるか過去の時代に遡っていたようだった。
 結局、その家に泊まっていけと言われ、近隣の老人達を集めてくれて、瞽女の宴が開かれることになった。
 三人はその日は、近隣の町に車で戻って、ビジネスホテルに泊まるつもりだったので、急遽予約をキャンセルした。

 その家はかっての瞽女宿ではなかった。瞽女宿はさらに上のほうの、元庄屋だった家らしいが、今は家族が離散していると聞いた。
 その夜、近所の老人、中年の男女が集まってくれた。雪乃と春江は念のため持ってきていた晴れ着の着物に着替えて段ものである葛の葉や、安寿と厨子王などをやり、口説き、民謡などもやった。
 瞽女唄はまだここでは、受け入れて貰えた。集まった老人の中には50年前の春江と母の藤田キクノのことを覚えてくれている人も居て、話は盛り上がった。
 老人、中年世代に加えて20代の夫婦連れらしい男女、その家の中学生の女の子とその同級生達も居た。
 みんな楽しんで聞いてくれた。雪乃らはこの予想外の歓待に面食らっていた。特に最初は悲観的なことばかり言って、門付けを嫌がっていた祖母の春江の盛り上がりようは、雪乃には微笑ましかった。

 しかし、こんな大当たりの集落ばかりでは無かった。全く相手にされない地域もあった。そんな時の春江の落胆が雪乃には辛かった。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫