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鋼鉄少女隊  完結

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「和子は16で東京に出てきてから、ある演歌歌手の内弟子となって、19でデビューした。私が和子の担当になったときは、和子は20で、私は23だった。デビューしたって言ってもシングルを一つ出しただけで、ひたすら地方のCD店をまわった。丁度録音媒体がカセットテープからCDに移る時期で地方に行けばまだまだカセットが店に並んでいたよ。そうやって、和子と二人で地方営業を続けたよ。演歌歌手っていうのは地方の興行を仕切るヤクザと切っても切れない縁がある。こんなこと言うのはおまえには酷だと思う。しかし悲しいことだが、女性歌手はヤクザに枕営業するし、マネージャはそんなヤクザの奴隷のようなものだった。私は和子が好きだった。だがそんなこと、マネージャの分をわきまえていたので、言ったこともなければ、態度に表したこともなかった」

 田口は苦い顔で過去を回想する。
「三年後、和子は事務所を辞めて、秋田に帰ることになったんだが、私も一緒に会社を辞めた。自分でもつくづく、こういう仕事は向いていないと思ったからだ。和子は私の気持ちを感づいていたらしく、私のアパートにやって来て、一週間二人で暮らした。私は和子に結婚してくれと頼んだ。しかし、和子からは秋田で見合いをして結婚の日取りも決まってるのでと断られたよ」
 田口は天井を見上げ視線を中空にさまよわせ、話を続ける。
「和子が秋田に帰った後、私は芸能界とは縁の無い世界で働いた。五年後のことだ、以前の芸能事務所に居たときの同僚に、和子のことを聞いたんだ。たまたま行った秋田市内のスナックで和子が働いていたらしい。その男は和子が結婚していなということを教えてくれた。私はてっきり秋田で結婚した後、離婚したのか結婚相手が死んだのだろうと思った。和子に去られてから、私は心を切り替えることが出来ず、和子以外の女と付き合うこともなく過ごしていた。だから、私は和子が一人だと聞いて、秋田に行ったんだ」

 田口は微笑みを浮かべ、彩の顔を見つめる。
「その時おまえに初めて会ったんだよ。和子に連れられてアパートに行くと、おまえが一人でママゴトして留守番してた。おまえは四歳だった。私に対して、ピンク色の小さなオモチャのカップで中には空気しか入っていないお茶を出してくれたよ。この子は自分の子だと思った。和子も否定はしなかった。 それから、私は東京の会社を辞め、秋田のおまえ達のアパートに行った。結局、結婚はしなかったが、一年間、親子三人で暮らしたんだ」
 彩も遠くを見つめるような視線で口を開く。
「そうだったんですか。でも私そんな記憶がないんです。ただ、もの心つく頃から、お父さんという人が何人もやって来てはしばらく居て去って行きました。その中の一人が社長だったんですね」
 田口は机の奧からA4版の封筒を取り出す。
「おまえに黙ってやって悪いとは思ったが、入社時におまえの髪の毛を使って、DNA鑑定して貰った。私達は間違いなく、親子なんだよ」
 彩は出された封筒の中身を確認しようとはしなかった。
「たぶん……、私達は血のつながりはあるんでしょう。でもこんなこと言って申し訳ないんですけど……、私のお父さんは社長以外に居るんです。何人もお父さんが居た中で、私は唯一この人が私の本当のお父さんだって言い切れる人が一人居るんです。それは社長じゃありません。血はつながっていなかったとしても、わたしはあの人と居るのが一番楽しかったし、あの人は私を一番可愛がってくれました。お母さんは去っていった人達の名前絶対に教えてくれなかったから、何処の誰かも知りません。私の記憶の中では、お父さんは茶色の眼鏡をかけていて、痩せていて、頭はぼさぼさの長髪でした。いつも優しい目をしてました……」

 田口の目が自嘲的に歪む。
「そうか。年月は残酷なもんだな……。人は変わってしまう」
 田口は机の奧から古い眼鏡ケースを取り出す。中から茶色の縁の眼鏡を取り出す。
「こんな眼鏡じゃなかったか?」
 それから一枚の写真を見せる。そこには母和子と五才の頃の彩、そして彩が先ほど言った痩せた長髪の眼鏡の男が写っていた。
「コンタクトにしたんで、もう長いこと眼鏡はかけていない。太ってしまったし、髪は細く寂しくなってしまって、小さなおまえにライオンさんと呼ばれた頃のような髪のボリュームもとっくに無くなってしまった。すまなかった。私は秋田ではろくな仕事に就けず、そのうえ和子との仲もうまく行かず、結局私一人東京に舞い戻ってしまった。それから、私は資産家の娘と結婚して、資金を出してもらって芸能事務所を立ち上げた。でも、おまえのことは忘れたことはなかった……」
 彩は写真を手に取り呆然としている。
「嘘! あなたがライオンさんなの……。じゃあ、私とした最後の約束覚えてますか? 私、それを信じてずっと待ってた……」
 田口の目が優しく彩を見つめる。その目の奧に涙が光る。
「スワンボートだろ。スワンボートに一緒に乗ろうって約束したよな。私が東京に戻る前の日だった。公園の池にスワンボートがあって、おまえが乗りたい言ったけど、私は東京への交通費がぎりぎりで、500円さえ余っていなかった。次帰ってきたら、一緒に乗ろうって約束した。すまなかった。嘘ついてしまった……」 
 彩の目から吹き出すように涙が流れる。彩は椅子に座る田口に駆け寄り、床に膝をつき抱きつく。
「お父さん。お父さん……。どうして、帰って来てくれなかったの。私待ってたのに……」
 田口も椅子から降りて、膝をつき、彩を抱きしめる。その目からもとめどもなく涙がこぼれる。
「すまなかった。本当にすまなかった。小さなおまえを欺してしまった私は最低な男だ」
 彩は首を横に振る。
「違います! お父さん。私、お父さんとスワンボートに乗ったよ。私の頭の中ではお父さんと何度もスワンボートに乗ったよ」
「彩。かわいそうなことしたな。そんなに乗りたかったのか……」
 
 彩はしばらく物思いに耽った後、口を開く。
「ねぇ、お父さん。私、村井雪乃に出会ってから、思い始めたことがあるの。あの子は自分の両親が無惨に死んだ過去の事件を自分の中で、違うものにしてた。でも、私これって心の病って言うけど、別にいいじゃないって思ってたんです。それは、雪乃が生きていくために必要だからやったことだし。雪乃の記憶なんだから、自分でモディファイしててもいいじゃないって」
 彩は田口の顔を見つめて続ける。
「だから、お父さん。私達も過去を変えちゃいましょ。過ぎてしまった昔のことの記憶なんて、本当に起こったことも心で思っただけのこともごっちゃになってるよ。私とお父さん二人だけが関わった出来事なんて、他の誰も興味がないんだし、だから私たちスワンボートに一緒に乗ったことにしようよ。過ぎてしまったことなんか、もう頭の中の妄想とちっともかわらない。だったら、幸せな妄想で置き換えてしまおうよ。誰も文句言わないよ。私たち二人だけのものだから」
 田口は無言で肯く。彩は優しい笑みで続ける。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫