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鋼鉄少女隊  完結

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 祖母の春江は目の見えないその母に後に回ってもらい、三味線の糸を押さえる指を上から押さえられ、バチを持つ手を取って打ち下ろしてもらいながら覚えたという。目の見えない者の三味線の教え方は手取で教える以外に無かったからだ。
 もちろん、雪乃の場合は祖母のひく三味線の手元を見て習っている。

 しかし、ほんとうに面食らったのはその楽曲、レパートリーの多さだった。
 祭文松坂というジャンルがある。長いストーリーを三味線に合わせ歌い語っていくのだ。これは段ものとも言われ、一段が25分くらいで、長いものはこれが10段にも及ぶ。葛の葉、石堂丸、巡礼おつるとかいろいろ演目があるが、大体は親と別れた子の悲しみ、子と別れた親の悲しみの筋書きとなっている。
 雪乃は葛の葉に登場する幼少の頃の安倍晴明と母との別れとか、石堂丸の父との別れのシーンを祖母の唄で聞いていて、思わず泣いてしまった。
 こういう演目は、結構、女性に好まれたそうだ。自分が子を持つ身として感情移入がしやすかったのだろう。
 さらに口説きというジャンルがあった。これも段ものと言われ長いストーリーのものが幾つもある。
 この段もの節回しがまた何種類もあるのだ。
 段ものが、瞽女の本領と言われる演目だった。しかし、娯楽の無い時代に、現代におけるテレビ、映画、ラジオに匹敵するほどの需要を持って迎えられた総合エンターティメントの担い手の瞽女はさらに、本来他の分野のものも出来なければならなかった。客の望むものには全て答えなければならず、新内、どどいつ、端歌、和讃、民謡なども取り込んだのだ。
 さらに縁起がよい演目として、瞽女万歳、瞽女松坂などのジャンルもあった。
 まさに、泣き、笑い、めでたいなどの全ての演目をやってのける総合演芸だった。

 雪乃は全てのジャンルの演目を習得するのは一年では不可能と感じた。祖母の春江が7歳のときから、18年かけて覚えたものだった。
 雪乃は瞽女唄が瞽女唄としてあるものとは、この声と節回しであると思い、レパートリーを追い求めることをやめた。
 雪乃は瞽女唄を伝統芸能として保存して後世に残しておきたいと思ったわけではなかったからだ。
 瞽女という職業はもう存在しないし、かって瞽女として生きた盲目の女旅芸人ももう誰も現存していないが、そういう試みは彼女らが存命中から既に行われてきて、数々の録音媒体にも記録されている。雪乃の祖母のように視覚障害者ではないが、伝統芸として瞽女唄を継承している女性も何人かいる。
 
 雪乃はこの瞽女唄の野太い声の、荒々しい地を這うようなエネルギーを探求してみたかったのだ。
 この内より発せられるエネルギーこそ瞽女唄の命だと思った。たぶん、音楽の原点の一つ、人間の心が吹き出す源流を見つけることが出来ると思った。

 雪乃はこうして、一年後のガールズバンドでの再デビューまでの期間を瞽女唄の習得で過ごした。


作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫