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鋼鉄少女隊  完結

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「でも、音楽って、どんなに複雑で美しいメロディや和音やらあっても、人を感動させてこそのものだと思うの。あんな単純なメロディの瞽女唄がどうして、私の心をあんなに震わせるのか知りたいのよ。瞽女歌に音楽の別の入り口があるような気がする。たとえば、この世には日本の能の謡の相対的な音程とか、カナダエスキモーのイヌイット族の喉歌とか、モンゴルのホーミーみたいに、地の声と口の中で作った高次倍音を同時に発声したりとか、今普及しているような西洋音楽の流れとは違った音楽があるの。私、ほんとにお祖母ちゃんの瞽女唄聞いたとき、頭おもいきり殴られたような衝撃だった。こんな音楽もあるんだって。だから、きまぐれで言ってるわけじゃないよ。自分の身近に、こんなすごい音楽があるのに、私、わざわざ外国まで出かけてなどいられないって思ったんだ。ただ、瞽女唄が自分がやって来た西洋音楽の一つの亜流のロックやメタルにどう関わるかっていくのかはわからない。でも、自分の家の中にこんなにおいしいものがあるのに、わざわざ外まで食べに行く気がしないのよ」
「でも、あんたの会社の社長さんは、将来のために外国の音楽を学びに行って欲しいって言うんでしょ。あんた、あの会社の社員なんだから、会社の意向には逆らえないよ」
「私、社長やプロデューサの玉置さんに言って了解得てくるよ。それなら、いいでしょ。私は国内の音楽を学びますって言うから」

 結局、アメリカとかヨーロッパへの音楽留学を希望していた社長や玉置も、雪乃の申し出でに同意した。ある意味、雪乃の留学は会社のために一年間の活動禁止を受け入れた雪乃への報償の意味合いもあったからだ。
 玉置は音楽とは感性の領域の問題だから、本人の心ひかれる音楽に傾倒するのも長い目で見れば、プラスになるのではと支持してくれた。

 会社の了解を得て、雪乃はこれから一年間、祖母の元で瞽女唄を学ぶことになった。
 祖母の春江はにこやかな顔で雪乃を見つめた。
「ほんとにおもしろいことだけどね。実はね、私がお母ちゃんに瞽女唄を習いたいって言った時も、お母ちゃんは私に、こんなもの習うのはやめておけって言ったの。お母ちゃんや他の瞽女の人達にとっては、瞽女唄は生活の手段だったから、そんなに価値あるものみたいには思ってなかった。自分達の唄は聞いてくれる人があってのものだから、自分の唄をうまいとかうぬぼれてはいけないって教えられた。それから、唄に感情を込めてもいけないって言われたよ。他の瞽女さんは感情込めて歌う人もいるけど、お母ちゃんは淡々と歌わなければいけないって言ったのよ。目の見えない瞽女さんにとって、生きていく上の辛いことや悲しいことは目あきの人に比べて、そりゃいっぱいあったと思うよ。でも、お母ちゃんは自分の悲しみを唄で泣いてはいけないって言ったよね。聞いてくれるお客さんに泣いて貰って、その心の悲しみを癒してもらわなければいけないからって」

 祖母の春江は立ち上がって、タンスの中から布にくるまれた三味線を取り出す。それは、先日雪乃が突然帰ってきた時に、春江がひいていたものとは違っていた。こころなしか、材質としての木とかの艶がいいような気がした。
「これはね。お母ちゃんが最後に持ってた三味線なの。そんなに古いものじゃない。三味線ってのはね、消耗品なのよ。とくにこの糸張ってる竿の部分なんか直にすり減ってしまう。だから、三味線にはバイオリンみたいに何億円もするような古い名器ってものがないの。でも、これは私と死んだお祖父ちゃん、洋介さんが二人が結婚する時、それなりに高級品を買ってお母ちゃんにあげたものなの。紅木という木で出来てるのよ」
 
 新潟で母とともに温泉街で瞽女唄を歌っていた祖母の春江を、今は亡き祖父の村井洋介が見初めたのは、大学の研究室の慰安旅行のときだった。一緒に新潟に行った教授が、その温泉街で聞いた藤田キクノの瞽女唄のファンだったので、宴会時の余興にこの母子を呼んだのだ。
 洋介はそれから時々、新潟に出かけては、この親子の瞽女唄を聞いた。洋介は春江に結婚を申し込んだが、春江は目の不自由な母の元を離れたくないので、母とともに新潟で一緒に住んでくれる人でなければ無理だと断った。
 しかし、春江は既に25歳になっており、その母藤田キクノは娘が結婚して洋介と静岡に行くことを望んだ。60歳になっていた母はみずから、新潟の視覚障害者用の収容施設に入所を決めて、二人を送り出した。
 母は結婚式には来てくれなかった。母の弟である叔父夫婦が出席してくれた。視覚障害者の母が出るべきではないと自ら辞退したのだ。
 結婚後、二人は施設の母を訪ねて、自分たちが買うことの出来る一番高級な三味線を贈った。

 今、その母も亡くなり、その三味線を贈った春江自身が引き取ってきて、所有していたのだ。手入れはしていたので、すぐに使える状態だった。
「これをあんたに上げます。お母ちゃんもきっと喜んでくれるだろうかしらね。いやそれはわからないけどね。きっと、お母ちゃんなら、娘も物好きなら、曾孫も物好きって言うかもしれないね。だって、わざわざ瞽女唄を習おうとするんだものね。でも、私は嬉しいよ。別に、あんたが瞽女唄習ってくれなくてもあんたが産まれてきたことが嬉しかったのよ。あんたは私のお母ちゃんにそっくりだからね。伏流って言うんだろうかね。富士の山に昔降った雪が解けて、地面にしみ込んで、途方もない時間が経って、平地に湧きだしてきた泉があんたなのよ。生まれ変わりとか、前世とか来世とか、そんなもの信じられないけど、こないだテレビで見たけど、人間の遺伝子というものが、何代かあとの子孫にふっと現れることがあるんだって。あんたのひいお祖母ちゃんの遺伝子が、私の中を流れ、私の息子の中を流れ、あんたになって現れたんだからね。人間って不思議だって思うよ」
 祖母の春江は思わず涙を流す。
「お祖母ちゃん。私のひいお祖母ちゃんって、私に音楽やる上でのいい遺伝子を流してくれたって思うけど、性格も私と似ていたの?」
 春江はティッシュで涙を拭いながら、微笑む。
「それがね、性格は正反対みたいね。お母ちゃんは控えめな人で、常に回りの人の機嫌を気にするような人だったから。目の見えない者は、目明きの人の援助で生きていけるのだから、感謝して他の人を立てていかなきゃならないって言ってた。でもね、お母ちゃんが視力を失わなかったなら、きっと、あんたみたいな自由奔放な人に育ったかもしれないね」
 雪乃は少し憤慨する。
「私そんなに自由奔放じゃないです! 結構、周りには気を使ってますって!」
「ごめん、ごめん。あんたは、なんやかや言っても心優しい子だよ。ひいお祖母ちゃんのそんな性格も受け継いでいるよ」
 
 雪乃はその日から一年間、祖母について瞽女唄を学んだ。三味線のほうはギターをやっていたため、調律や様々な演奏技法をわりと楽に習得することが出来た。
 難しかったのはその声の習得だった。昔は、寒の日に下着姿で、凍りついた川の水に浸かり発声練習をするというものがあったそうだ。
 なにか、根拠があったのだろうが、祖母もやったことがないというので、雪乃ももちろんそういう練習はしなかった。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫