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鋼鉄少女隊  完結

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「確かに、在籍1年半での卒業は早いほうだと思います。何年もピュセルに居てピュセルの曲を演じるのもピュセルへの貢献だと思います。でも、既にお聞きのように私、音楽留学をしまして、作曲と編曲の技術を学んで来ます。まだまだ無理ですが、5年後、いや10年後になるでしょうか、私の作った曲がピュセルとピュセルプロジェクトのグループで演じられたらいいなぁと思ってます。私はもうピュセルからは消えてしまいますが、いつかピュセルの曲となってよみがえって来るのも、私の大好きなピュセルへ恩返しだと思ってます。それに合わせ、ピュセル内ユニットであったIMC鋼鉄少女隊は当面休止となります。でも、一年後、別のガールズバンドとしてまた始めたいと思ってます。まだまだ、演奏者としては引退できません。だから、皆さんにお約束します! 私、今はいったん去りますが、必ずもう一度ここに戻ってきます。もう一度、皆さんに私の音楽を聴いて貰う為に戻ってきます! 皆さんと一緒にライブをやって行くのがすごく楽しくて幸せでした! だから、さよならとは言いません。またお会いすることをお約束します。私、皆さんと居るのが好きでした。皆さんとライブするのが好きでした。ほんとうに今まで、すばらしい時間をありがとう! 村井雪乃、絶対に戻ってきます! それまで私のこと忘れないでください!」
 一万二千の歓声がいつまでも鳴り響いた。

 卒業ライブを終えた翌日、雪乃は社長の田口とともに、ピュセルのスポンサー会社であるサイトホールディングスやアンジェリアを訪ね、雪乃が卒業した後もピュセルへの支援を頼んできた。ピュセルのテレビ番組のほうの企画は完全に番組制作会社に頼んできた。
 留学先の国はまだ決めていなかった。来年の春までは、実家の静岡に戻りのんびりと過ごすことにした。会社のほうには二週間にいっぺん出向くこととなっていた。
 
 横浜の雪乃の母方の祖父母の家から、静岡に戻るため荷物の整理をしていた数日の間のある朝、雪乃はテレビのニュースで嫌なものを見てしまう。
 麻由を連れ去り、雪乃をひき殺そうとしたあの金沢の交通事故死のニュースだったのだ。深夜三時、金沢は泥酔して車道に出たところを時速60Kmで走ってきた乗用車にはねられ即死したと放送された。はねたのは中小企業の社長と専務が乗っていた社用車で、専務のほうが運転していた。二人の会社は倒産寸前で資金繰りのため、深夜も走って金策に回っていたという。
 雪乃は気分が悪くなった。たぶん、裏社会に消されたのだと確信した。雪乃の引退を確認した相手方が、トカゲの尻尾切りをしたということだろうと思った。
 表には出ていないことだが、不思議なことに、金沢をはねた二人の倒産間際の会社に対して、突然都市銀行から非常に有利な多額の融資があったという。

「あー、やだやだ。殺すことないじゃない……」
 芸能界、政界、経済界など表面上の体裁を装っているが、その裏にうごめく闇社会というものに吐き気を覚えた。
雪乃は静岡に送る荷物の整理を続けるのがおっくうになった。なにか今日一日、気晴らしをしたいという気になって、持ってきたものの、こちらでは一度も乗っていないサイドカー付きのバイクのエンジンを久しぶりにかけてみることにした。
 このバイクはレトロなスタイルが売りなので、セルスタータが付いていない。キック始動だ。しかし、キックは一発で決まった。実は、母方の祖父が結構このバイクを気に入って、乗り回していたので、メンテナンスも完璧だったのだ。
 その上、新たに風防シールドをつけられていた。スポーツタイプのバイクの傾斜した丈の低いものでなく、アメリカンバイクにあるような直立して体をすっぽり隠せるような大きなものだった。さらに、冬でも走行できるようグリップヒータにハンドルカバーまでつけていた。
 ピュセルを卒業するとき、もうバイクに乗っても構わないと言われていた。雪乃自身あと三ヶ月後には18になるので、車の免許を取ろうと思っていた。しかし、今日は天気もよく、朝から嫌なこともあって、ふとツーリングに行きたくなったのだ。
 
 母方の祖母にバイクで出かけることを告げると、ダウンジャケットにフルフェースのヘルメットで走り出した。
 といっても、何処に行くという当てもなく、高速道路に上がってしまった。そのまま当てずっぽうにどんどん行って、東名高速にまで入り込んでしまった。
「よし、久しぶりに静岡に帰っちゃおう!」
 雪乃は途中のサービスエリアで静岡への土産の菓子を買い、今居住している横浜の母方の祖父母宅へ電話する。
「あ、もしもしお祖母ちゃん。ぶらっと走ってたら、東名高速の足柄サービスエリアまで来てしまったよ。え? 何処って? 神奈川と静岡の境。もう、静岡側に入ってる。それでね、ついでに静岡の家に帰りたくなったの。日帰りも出来るけど、一日だけ泊まって来るよ。いいでしょ? 明日またそっちに戻ります。もどって荷物整理します。お願い! いいでしょ? うん、うん、わかった。ありがとう」
 雪乃は静岡の家に戻ることにしたが、静岡の祖母には連絡していなかった。家のカギは持っていたし、静岡の祖母を驚かしてやりたかったのだ。

 家の前でバイクのエンジンを切った。驚かそうとは思ったが、バイクのエンジン音で気付かれたかとも思う。が、中から祖母が出てくる気配はなかった。
 玄関の鍵を開け中に入る。と、奧から民謡のような歌が聞こえてくる。祖母がテレビをかけているのだろうかと思う。祖母の居室のほうから聞こえてくるのだ。
 演奏者としての雪乃はそれがテレビなどではないのがすぐわかった。この場で三味線を演奏し歌っているのだった。
「誰が来てるんだろうか?」
 てっきり、祖母の知り合いの人が来て、三味線と唄をやっているのだろうと思った。じゃまをしては悪いと思い、祖母の居室のほうには行かず、茶の間のほうで歌っている客の帰るのを待つことにした。
 三味線のほうはわりと単純な節回しの繰り返しだっが、唄のほうに異質なものを感じた。今まで、聞いたことのないものだった。決して洗練された歌声ではなかった。しかし、その声は聞けば聞くほど引き込まれていった。
 雪乃はもっと近くで聞いてみたくて、祖母の居室と障子一枚隔てた縁側の廊下に出てその場に座り込み、じっと耳をこらす。
 今までに聞いたどんな音楽でもなかった。泥臭いと言えば泥臭い、大地の土くれのような声。その土くれをこね回し、焼き物にしたような、暗い色だがつややかな存在感のある響き。雪乃は次第に聞き惚れて行った。
 そして、気がつくとなんと、障子紙がびりびりと振動していた。決して、そんなに大きな声ではなかった。普通の女の人の声よりは太い、練り抜かれた声。それが、こんな音圧を持っていることに驚かされたのだ。
「どんな人がやってるんだろう?」

 結局、雪乃は縁側の祖母の居室の外で30分ほど座り込んでいた。三味線と唄がやんで、がらっと障子が開く。雪乃の祖母が立っていた。
「雪乃! どうしたの!」
 その場に雪乃が座り込んでいるのを見て、驚いたようだった。
「あ、お祖母ちゃん。ただいまー」
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫