鋼鉄少女隊 完結
「それから休養期間中に君には、海外に音楽留学してもらいたいと思ってる。もちろん、留学費用一式は会社持ちだ。君が学びたい外国の都市を考えておいてくれ。実は一年後、君の本来の希望どうり、ピュセルとは別に、君を中心にガールズバンドをやろうと計画している。それ以外に玉置君も君に編曲を手伝ってもらいたいと言っている。彼によると、君は作詞はまだまだ修行の余地があるとのことだが、作曲編曲の技術はもう一流とのことだ。特に君の作るカウンターラインの美しさはすばらしいと言ってる。だから、将来君をピュセルプロジェクトのプロデューサに準ずるスタッフとして迎えたいと思う」
雪乃は社長の言葉の最後のほうを虚ろに聞いていた。ピュセルを辞めることになって、今までのピュセルとの出会いと内部での活動、そして今日の出来事などを心の中で思い浮かべていたからだ。
雪乃は突然、うっ! とうめくように泣き出した。涙が次々とこぼれてきた。社長が背中をさすってくれる。
「大丈夫か。安心してくれ。会社は君を決して見捨てない。君はピュセルの功労者だ。悪いようにはしない……」
社長は雪乃がピュセルを去ることを悲しんでいると誤解していた。雪乃はそんなことで泣いたのではない。今日の別れが悲しかったのだ。
佐田老人の屋敷を去るとき、雪乃と社長、チーフマネージャは玄関で立って挨拶した。玄関では最初案内してくれた男性だけが見送ってくれた。
でも、雪乃しか気付かなかったが、薄暗い廊下の向こうに、佐田老人が立って見送ってくれていたのだ。優しげな姿だった。右手を胸の辺りに控えめに上げて、掌をこちらに向けてくれていた。暗い廊下にその手の平の白さが、老人の持つ孤独と寂寥感を美しい印象として残してくれた。
雪乃は心の中で思った。
「これって、恋だったのかもしれない……」
一期一会というように、たった一回だけの濃密で精緻な人間関係。まるで、美しく荘厳な自然の風物と同じ時間をともにしたような爽やかさがあった。
もっと早く生まれて青年将校の頃のかっこいい佐田に会ってみたかったという、不思議な思いがあった。雪乃は昭和初期の時代の佐田の姿を想像して萌えた。
「私、佐田さんのこと忘れない。でも、どうして私って、この世に存在しないものばかりに恋しちゃうんだろ……」