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鋼鉄少女隊  完結

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 雪乃は今までに知り得たこの老人のわずかな情報を頭の中で整理する。この居室もじっと見回す。壁の上方に額に入った三つの白黒写真が飾ってある。一つは昭和天皇、その隣は今上天皇。一番端に軍服姿の中年男性の姿があった。雪乃はその顔に見覚えがある。祖父の持っていた本の見開きのページに、その写真が掲載されていた記憶があるのだ。
 雪乃は失礼ではあるが当てずっぽうの事を言う。それは相手の反応を見るための一石だった。
「先生はかって関東軍に居られたのですか?」
 老人の目が大きく見開かれる。

 関東軍とは日本が日露戦争以後租借した遼東半島の一守備軍だったが、独断で満州事変を起し満州全土を占領し、満州国を作ったのだ。その満州事変の張本人があの写真の軍人だったのだ。
「どうしてそう思う?」
「あの写真の方は石原完爾さんですよね。うちの祖父があの人の『世界最終戦争論』って本を持っていましたので、私も知っています」
 老人の口元が緩む。
「君はその才智で17才なのか。実に惜しい。男子に生まれていれば、君を養子にして私の意志を継いでもらうことをこい願うところだよ。だが、いかんせん、女子である。願うらくは、君は技芸の道を究めてくれんことを、ということだ」

 老人の目が孫を見るような優しさを漂わす。
「君は私を何歳だと思う?」
 見た目は70代後半くらいに見える。しかし、関東軍参謀石原完爾の下で働いていたと仮定すると、とてもそんな年齢ではない。雪乃はまさかと思いながら口に出す。
「97才くらいかと……」
 老人がにやりと笑う。
「惜しいな99才だよ。とてもそうは見えんだろう。人はわしを亡霊と呼ぶよ。関東軍特務機関の将校だったわしは、とうに戦死したことになり、郷里に墓さえある。この亡霊の元に金と権力欲に憑かれたた魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもが集ってくるんだよ。わしは奴らの調停役だ。権力ゲームの審判みたいなものだ」

 老人はきっぱりと宣言する。
「君は現在のグループを脱退しろ。いや、君のグループでは、円満な脱退は卒業と称するらしいな。君はすぐに卒業しろ! そして一年間全ての芸能活動を休むのだ。やつらは17才の女子である君を恐れているのだ。君が辞めることを条件にグリーンプロモーションへの奴らの圧力も緩和される。君の身の安全も確保できる」
 雪乃は老人のその言葉に決して戸惑ってはいなかった。何かしらの交渉と譲歩があるとは思っていたが、まさか自分という人間がそんなに過大評価されていたのに驚いた。
 老人は雪乃に対し終始穏やだった。
「なあ、そんなに残念か? しかし、これは囲碁でいうところの振替わりだ」

 囲碁では、自分の石の固まりを相手に取らせることで、相手の石の固まりと取ったり、自分の地所を取らせることで相手の地所を取るなどの交換を振替わりという。

「君はさっきの碁で、自分の辺の6石を捨ててわしの隅の地を取ったな。あの思いきりの良さは小気味よかったよ」
 雪乃はていねいに老人に頭を下げる。
「いえ、決して残念なんて思ってません。お心遣いありがとうございます。私を大石(囲碁における自分の石の固まり)と見なしてくれた先方様に、光栄です、とお礼を言いたいくらいです。喜んで卒業させてもらいます」
 これはグリーンプロモーションの社長の田口は既に承知のことだった。本来、社長が告げることを、この老人が雪乃に興味を持って呼び出して直接告げたのだ。
 
 老人は満足そうな顔をする。
「なぁ、さっき囲碁で勝ったら何でもやると約束したな。何でもと言ったが、今の君の望みはかなえてやれん。だから、君にこの碁盤をやろう」
 雪乃けげんな顔をする。
「嫌なのか? この碁盤はわしのところに来る政界、経済界の連中が1千万で売ってくれという代物だぞ」
「いえ、だから私何もいりません。先生の宝物いただくわけにはいきません」
「そう言うなよ。老い先短いこのわしだ。人に自分の生形見をやりたいのだが、いかんせん、ここに来るのは妖怪同然の奴らだ。わしの形見に値する奴など来ない。わしの名は佐田源治郎。もちろん偽名だ。本名では戸籍を抹消されている。しかし、政財界で佐田の名を知らんやつはおらん。その佐田が大切にしている碁盤をやるとはどういう意味かわかるか?」
 雪乃は返事に窮す。
「いいか、わしと弟子達でやっている佐田機関はいわば、日本のパンドラの箱だ。誰もこの蓋を開けるのを恐れる。日本の過去、現在のあらゆる闇の謀略の事実が詰まっているからだ。それが日の目を見れば、過去の歴史上の人物の虚構の名誉は崩れ去り、現在の権力者は国民から糾弾されるだろう。そのバンドラの箱に座っているジジイが碁盤を与えた者には誰も手出し出来ないのだよ。この碁盤は君の保険だ。警察でさえ手出し出来ない」

 老人が朗らかに笑う。
「今度から妖怪どもが碁を打ちに来よったときに、この碁盤が無いので尋ねるだろう。そのときわしは17才の女の子に一目の差で負けて、この碁盤をやることになった、って言うのが楽しいんだよ」
 雪乃は老人がきっちり一目の差で負けてくれたのを感じていた。実はプロの棋士に三目の置き碁なら常勝の人物だった。わざと譲歩しながら打ってくれて、わざと一目差にしてくれたのだ。
「わしはこの歳まで妻子を持たなかった。国家の大事に殉じる時、後髪を引かれてはと思ってきたからだ。しかし、今日はそのことを後悔したよ。君のような子が授かるチャンスもあったのかも知れぬと思った。何度も言うが君が男子なら養子にしたいと思った。しかし君は女の子だ。君は芸術の分野で日本の名を上げてくれ。自分から呼び出しておいて勝手なことだが、もう二度と君に会うことは無いだろう。わしは闇の中の亡霊だ。君はもう太陽の下からこちらには来ては行けない。わしももう、長くはないだろう。しかし、わしの死後も存続する佐田機関は君を守って行くことを約束する」

 佐田老人の屋敷を出て、社長らと車で帰った。助手席ではチーフマネージャが風呂敷に包んだ、雪乃の貰った重い碁盤をまるで幼子を抱きかかえるように膝に載せている。
 車中で田口が申し訳なさそうに口を開く。
「すまなかった。君を犠牲にしてしまった……」
「いいんです。ピュセルの歌やダンスが世間にもっと認められることが、私がピュセルに入った目的ですから、それが少しでもかなったと思いますから、何も悔いはないです」
「それで、君の処遇だが、今はピュセルの秋のコンサートツアー中だが、次のコンサートで玉置君から君の卒業を発表して貰う。そして君の卒業公演は年末になるが、YHアリーナで行いたいと思う。年末のアリーナの土、日は一年前からの予約でいっぱいだから、平日のコンサートになるだろう。下手すると、来る客は舞台下のセンター席、アリーナ席だけで充分で、スタンド席は不要かもしれない。しかし、うちの会社としてはこれほどピュセルに貢献してくれた君を華やかに送りたいのだ。これは社員一同もそう思ってくれていると思う。それから、君は一応ピュセルプロジェクトも出る。うちの他の芸能事務所に属して貰う。休養してもらう一年間、給料はピュセルの時ほどは出せないがちゃんと支払う」
「お心遣いありがとうございます」
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫