鋼鉄少女隊 完結
第二十章 亡霊
麻由を助け出した後、雪乃は携帯で、彩に事情を説明し、社長の田口に連絡して貰う。しばらくして、田口から電話がある。雪乃達が今居る場所がグリーンプロモーションに近かったので、会社に向かうように指示された。
会社の自社ビルの入り口では、仕事で残っていたマネージャや社員達が外に立って待っていてくれた。四人は中に入り、恵理の車は地下の駐車場に入れてもらう。
社長の田口や幹部社員達が駆けつけて来る。コンサート時やタレントの公共交通手段での移動時などの警備を担当する社員達も呼び出され会社の内外の警戒にあたった。
雪乃は社長に洗いざらいを話す。もちろん、黒田や金沢との会話を録音したMP3プレーヤーも渡した。
社長は雪乃の話を聞き、しばらく机に両肘をつき頭を抱えて考え込んていたが、穏やかな顔で口を開く。
「たいへんだったね。でも、最初に言っておく。今度からはまず、会社に連絡し、指示を仰ぐようにしなさい。無茶な独断先行が成功したからいいが、一歩間違えば君の身が危なかった。ご家族の方に申し訳が立たないところだった。浅井麻由の芸能生命を守ってやりたかったんだろうが、自分の命を失ってしまってどうするんだ!」
雪乃は頭を下げる。
「ご心配おかけして、申し訳ありません」
社長が言づらそうに切り出す。
「それと……、君の主張には乗れないんだ。テレビ局を潰すわけにはいかないんだよ。民放キー局五社のうち、現在、ピュセルタイム2を放映している東京放送はうちの会社とは友好関係にある。ここはTDNの影響が比較的少なく、独自路線をとってきた。しかし、キー局の中ではもっとも弱小だ。味方を巻き添えにするわけにはいかないんだよ。確かに芸能界の薬物汚染は目に余る。ここは私に任せてくれ。各テレビ局自身に、該当する社員と、芸能人を処分させる。テレビ局もこのままでは、取り返しがつかないことになるのはわかっているはずだ。東京愚連隊と名乗る連中は、今は手が出せない。いろいろと複雑なつながりがあって、政界やらに波及する事件になってしまうので、今告発しても握り潰されてしまう」
雪乃は仕方なく肯く。社長はさらに追い打ちをかけるように言い放つ。
「それと、もう芸能界の闇に首を突っ込むようなことはやめてくれ。インターネットのそういうサイトを調べまくっているんだろうが、アイドルはそんなこと知っちゃいけないんだよ。少なくとも、うちの会社のアイドルはそんなこと知るべきではない。確かに、アイドル、タレントの枕営業というのはある。しかし、私はそういうことをさせない芸能事務所を立ち上げたつもりなんだ。いいかね、人を傷つけ殺めた人間は本人が全く平気なつもりだったとしても、その内部から崩壊している。私は商売上、ヤクザという人間にも接触してきた。そういう人達は独特の暗さを持っている。なんとも言えない、暗い嫌な雰囲気を漂わせている。彼等の底のほうで、良心というものが、傷つき膿んで悪臭を放っているんだよ。どんな人間の中にもある良心を己で傷つけ、腐臭を放ってるんだ。それと同じように、枕営業をやっている女性タレント、歌手なども暗さと腐臭を持っている。どんな美しい化粧や衣裳で彩ってもね。悲しいことに、彼女らは自分の心の中の負い目を無意識に体全体で表している」
社長は出窓においてある白いシクラメンの植木鉢を指す。
「うちのタレントにはこの花のようでいて欲しいんだよ。葉や茎じゃない。この美しい花の部分だ。葉や茎は君たちをサポートするマネージャ、スタッフだ。そして根の部分が私達経営者だ。根っこが土から養分を吸い上げて、花に供給するから、花は何も知らずきれいに咲き続けていて欲しいんだよ。今の君たちには土に触れないでいて欲しいんだ。何も知らずに咲いていて欲しい。脳天気な明るさを持っていて欲しいんだ。でも自分が何もやっていなくても、そんな闇の部分を知ってしまうと、その腐臭が微かに乗り移ってしまう。知ってしまった後は、もう以前のような無垢の明るさを失ってしまうものだ。全てを知り尽くした上での、美しさというものもあるだろう。でもアイドルにはそんな美しさは望まれていない。とりあえず、アイドルでいる間は無垢なままの美しさ明るさを供給して欲しいんだ。あまり、闇の部分を知りすぎて、君が暗さや土臭さを身につけないように言ってるんだ」
社長は優しい目で続けた。
「旧約聖書の言葉らしいが、『知識が増えれば悲しみが増える』というのがあるらしい。知ることで得るものもあれば、失うものもあるんだ。君のような才能溢れる子なら、いつか小説でも書くことがあるだろう。その時は、インターネットでもなんでも駆使して人の世の闇の部分を探索したらいいと思う。でも、今はもうこれ以上知ろうとはしないでくれ」
雪乃は神妙な顔で肯く。
今回のことは、警察を通さず、社長の田口が裏のルートで各方面と交渉し、グリーンプロモーションとピュセルに有利なように働きかけることとなった。
また、金沢らマフィアまがいの連中の仕返しを受けないために、金沢の上に居るヤクザの団体に話をつけることになった。
もう夜も更けていたため、社長の田口が近くのシティホテルのツインの部屋を二つ借りてくれた。雪乃と麻由、美咲と恵理がそれぞれの部屋に入る。麻由と雪乃の家族へは、会社のほうから、急の仕事で遅くなったので、会社側の提供する宿舎に泊まると連絡してくれてあった。
雪乃と浅井麻由の自宅には会社の費用で警備会社のセキュリティシステムが取り付けられた。通勤は会社の車で送り迎えして貰うことになった。
一週間が過ぎた。社長がもう普段どうり、一人でタクシー通勤をしてよいと言ってくれた。もちろん、雪乃はどういう話し合いがあったかは質問していない。
また、いつもどうりにタクシーに一人乗り、会社に行くようになって三日目のことだった。朝、会社近くの道が渋滞するため、いつも一方通行の裏道を通って、会社の裏の通用門につけてもらっていた。その日も狭い道を行く。
と、会社近くで通行止めになっていた。オレンジに黒の斜めしま模様のバリケードが置かれ、ヘルメット姿のガードマンが立っていた。運転手が申し訳なさそうに言う。
「お客さん。ここで降りてもらえますか。この先が水道工事中らしいんで」
雪乃は運転手の申し出に快く従い、降車する。この通りのもう一つの向こうの通りに会社の通用口があるのだ。歩いて、2・3分だった。ビルとビルの間の狭い通路を抜けると会社のある通りに出る。
通路は車一台くらいが壁いっぱいぎりぎり通れる幅があったが、バイク以外は通らない路地だった。じめっとした日陰を行く。すると、向こうの出口に突然、一台の車が入ってくる。ほんとうに、車の両方のドアは両壁にぎりぎりだ。
雪乃は戸惑う。黒いスポーツカーだ。フロントはスモークガラスで中に居る人間の顔は見えない。ふと、麻由を連れて行ったあのホンダNSXのことを思い出す。
金沢が乗っていると思った。
「ひき殺される」