鋼鉄少女隊 完結
「美咲。これを四セット買ってきて。チエーン店の大きな薬局にあるはずだから。私は会社に武器を取りにいってくる。恵理さんは、車のナンバーをなんか工具使って、下半分を上に折り曲げてください。警察も向こうの味方なら、Nシステムでナンバプレート撮影されてたのを調べて、恵理さんの車が使われたのばれますから」
恵理のマンションから、雪乃の所属するグリーンプロモーションは偶然にも歩いて行けるくらい近かった。雪乃は今日、マネージャらが数人が出勤しているのを知っていた。
若手マネージャの柴田が雪乃に声をかける。
「あら、今日はどうしたの? 今日って、仕事だっけ。スケジュールにはなかったけど、なにか特別な仕事?」
「あ、違います。休みですけど、近くで友達の誕生パーティするんですけど、盛り上げるために貸してほしいものがあるんです」
「えっ! なに? 高価な機器とかなら、私の一存では貸せないよ」
「違います。ほら、今年の夏、DVD撮影で北海道の知床五湖に行ったじゃないですか。あの時、私達、熊よけの鈴をつけさせられましたけど、あの鈴借りたいんです」
「鈴? そんなもの、あったっけ?」
「ガラガラ鳴るやつです」
「あー! 鈴っていうより、カウベルよね。牛が首にぶら下げてるようなベルね。あれならね、第二倉庫の入り口の段ボールの箱に入れたわよ」
雪乃は柴田に鍵を借りて、倉庫に入り、熊よけ鈴を見つける。鈴が目的ではなかった。熊鈴とともにしまわれていると思われる、熊よけスプレーが目的だった。
マネージャ達がピュセルメンバーを守るために、腰のホルダーに装着していた、強力なトウガラシチンキの熊よけスプレーだ。雪乃はスプレーとホルダーを三セット取りだし、布製の手提げバッグの下に入れる。その上に衣類をかぶせ、熊鈴を五個載せる。
「ありがとうございます。パーティ終わったら、明日にでも返しにきますので」
恵理の部屋に戻ると、美咲も買い物を済ませてきていた。買ってきたものは、インフルエンザなどの感染防止の、プラスチック製の本格的なマスクと、目を覆うゴーグルだった。熊スプレーを発射したとき、自分で吸い込んだり、目に入ったりしないようにするためだ。
雪乃が恵理に頼む。
「私をキャバクラに勤めている女の人のスタイルしてもらえませんか。三階のキャバクラに勤めてる女の人装って行きたいと思ってます。ばれなければ、不意を突けると思いますから」
恵理が雪乃の逆毛を立てて、エクステを付けて、ヘアースプレーをふんだんに使いながらキャバ嬢ふうに盛りの入ったヘアースタイルにしてくれて、さらに派手なメークを施してくれる。
「うまいもんやろ。私、高校行かんと、美容師専門学校行ったからな」
雪乃はさらに、恵理のキャバクラ用の真っ赤なドレスを着せてもらい、その上に白い毛皮のコートを羽織る。
「恵理さん。このドレスとコート、熊よけスプレーかかったら、もう着られなくなると思うから、私に買わせてください」
「そんなんええ!。お金なんかいらんから使って! あいつらに仕返ししてやりたかったんや。私の替わりにこのドレスとコート連れてって。それで、死んだ子への義理立つし」
雪乃は恵理の言葉に甘えて、なんと高価な毛皮のコートの背中の腰の辺り、丁度両の腎臓がある当たりに、ハサミで30センチほどの切れ目を入れてもらう。コートの下の腰の後の両側に熊よけスプレーをセットしたホルダーを装着して、手を後に回せば隠しているスプレーがすぐ取り出せるというわけだ。
雪乃は約束の丁度一時間前に、東京愚連隊がたむろしているビルに行く。恵理は車で
待機してもらっている。一時間半して戻って来なければ、所轄の警察ではなく、警視庁に通報してもらうことになっている。
美咲は10階の非常口の外に待機するため、非常階段を上ってゆく。
雪乃は堂々とエレベータで上ってゆくことにする。この上に向かって縦長のビルには、様々な飲食店が入っているのだが、外には一切看板や、表示がない。芸能人、芸能業界人や、その周辺の企業の人間しか入ってこない。
雪乃が一階のエレベータホールで待っていると、ドアが開き、三十代くらいの背広姿の男達が降りてくる。雪乃を見とがめて、軽口を叩く。
「おっ! 美形が居るよ。もしかして、三階のオネェチャン?」
雪乃のは満面の笑みを返す。
「はい。三階のRに今日から勤めます」
「やっぱり、Rの子なの。元モデルの子ばかり居るキャバクラって言うけど、ほんとなんだね。その中でも最上位クラスの美人だよ」
「あら、光栄です」
「名刺ちょうだい。今度指名するからさぁ」
「あ、今日からなんで、名刺まだないんです。Rのリホです。ごひいきに」
雪乃は一人エレベータに乗り込むと、9階に上がる。そこで降りて、非常口を開き、美咲が非常階段を上ってくるのを待つ。到着した美咲に、マスク、ゴーグルをつけさせ、熊スプレーを一本持たせ10階の非常口の外に待機させる。
それから、また非常階段を降りて、9階でエレベータに乗り、10階のSへ行く。分厚く重い木のドアを開くと、受付のようなところに、190センチくらいの身長のがっしりした男が居る。男が口を開く前に雪乃のほうから声をかける。
「あの、三階のRのリホですけど。金沢さんに言われて来ました。どちらにいらっしゃるんですか?」
男は雪乃を上から下まで眺める。
「新人か?」
「はい。今日から勤めます。金沢さんの紹介でRに入りました」
「VIPルームに居るよ」
たぶん、村井雪乃と告げれば、警戒して身体検査されたかもしれないが、まんまと毛皮のコートの中に、熊よけスプレーを装着したまま入れた。
会員制の店内は以外とすいていた。若いウェータが来たので尋ねる。
「金沢さん来てるでしょ。ちよっと教えてほしいことがあるの?」
雪乃はあらかじめ用意していた。四つ折りにした一万円札を男の手に握らせる。
「金沢さん、若い女の子連れて来たでしょ? あの浮気者! ほんとしょうがないんだから。二人何してるの?」
ウェイターは金をもらって軽く会釈する。
「別に何もしてませんよ。VIPルームに居ますけど、金沢さんだけじゃなくて、黒田さんも、それから金沢さんとこの若い人も二人居ますし。男四人で飲んでるだけですから。女の子は一人で椅子に座ってて、X飲まされて飛んでしまってますよ」
Xとは、エクスタシー、バツ、玉とか隠語で言われるMDMAという覚醒剤の錠剤のことだ。
「黒田さんって、AZUMIのプロデューサの黒田さん?」
ウェイターが肯く。 雪乃は徹底的に金沢と麻由の関係に嫉妬するキャバクラ嬢を演じた。
「ねぇ、こっそり中の様子見たり聞いたり出来ない? ほんとに女の子となんもしていないなら、私、安心して帰るから。ドア開けて中の様子見たら、私が焼いてるって丸わかりだから嫌なのよ」
「だめですよ。VIPルームのドア一つしか無いから、無理です」
「わかったわ。ありがとう。じゃあ、ドアから行くわ」
雪乃はさらに、もう一万円ウェイターの手に渡してやる。