鋼鉄少女隊 完結
「でもね、修道院に入って配偶者の居ない人が不幸せってわけじゃないよ。私の前いたキリスト教の学校は、教会や修道院も敷地内にあったんだ。中学の宗教の時間で教えてくれた先生は修道院のシスターだったよ。私、『結婚しなくても寂しくないんですか?』って聞いてしまった。そしたら先生は、『私は神様に嫁いでますから』、って言ったよ。多分人間だけだろうね、相手が居なくったって、恋できるのは」
「そんなんで、幸せなのかなぁ?」
「シスターはいつも幸せそうで、みんなに優しかったよ。ほら、私達ピュセルのファンの人達だってそうじゃない。あの人達、私達と結婚できるとか、デートできるとか思っていないよ。でも、コンサートツアーの全公演に昼、夜全部来てくれたり、グッズ一杯買ってくれたりして、自分たちの休日とお給料をつぎ込んでくれている。でも、あの人達、ずごく幸せそうに見えるよ」
「ピュセルのファンというか、アイドルファンの人達には、三十代、四十代になっても、女性と付き合ったことない人とか、あの……、童貞の人もいるんだって。なんか、私には想像つかない。ほんと、それで幸せなのって……」
「アイドルってね、偶像って意味だから。教会にあるイエス様やマリア様の木や石で出来た像が神様だなんて、誰も思っていないよ。ファンの人達は、私達って偶像を通して、自分の中の理想の女性を追い求めてるんだ。あの人達は自分たちの空想の中の女性に恋している。私は、ピュセルのファンの人達って21世紀のドミニコ修道会、フランシスコ修道会くらいに思ってる。この世の中に存在しないものに、恋いこがれることが愚かなことなら、世の中の宗教は全部喜劇になってしまうよ」
麻由はしばらく沈黙を保ったのち、言おうかどうか迷った末、口を開く。
「て、言うか……。あんたもこの世の中に存在しないものに恋してるんだものね。彩ちゃんが、時々ふっと見せる男の人みたいな表情見て、あんたって、うっとりしてるよね」
雪乃はぐさっ! とナイフで突かれたような気がした。自分はムキになっていないんだと言い聞かしながら返答したつもりなのだが、少し声が上ずっていた。
「かもしれない……。だけど……、何て言ったらいいのか? ほんとは、怒るんだけど、仕事忙しいからか腹立たない……。私は彩ちゃんの中の男性的な部分に恋してるのよ! それが、何か、あなたに迷惑かけました?」
麻由はさすがにバツの悪そうな顔をした。
「ごめんなさい。私、何言ったんだろ? 仕事忙しいのに、わわざわざ時間とってくれてるあんたに、イヤミ言っちゃった。ごめんね。私って嫌な女ね。私、帰る。ありがとう、相手してくれて。それと、ほんとごめんね!」
麻由は帰って行った。残った雪乃はふと昔のことを思い出す。小学生の頃の正月、祖父が読み、祖母と二人で百人一首の札を取り合った。雪乃は負けたくなくて、必死に和歌を丸覚えした。覚えるつど、祖母に歌の意味を教えてもらった。その中の一つを思い出したのだ。
「忍ぶれど色に出でにけりわが恋は 物や思ふと人の問ふまで」
誰にもわからないように、片思いしていたつもりなのに、表情で周りの者に全部ばれちゃったよ、って歌だ。
雪乃はヤケ食いのように、ラスクを口いっぱいに放り込み、バリバリと食べた。それから携帯を取りだし、麻由に短いメールを送る。
「気にしてないよ また遊びに来てー(≧∇≦)」
数日後、会社にいるとき携帯に着信があった。画面を見ると、美咲の名が出ている。
「もしもし、雪乃。私、美咲だけど」
「久しぶり。ごめん。忙しくて、静岡帰ってないから、一年半ぶりかな?」
「雪乃、私、東京に出てきてるの」
「えっ! そうなの。何処にいるの?」
「あんたの会社の近く。去年の春一緒にオーディション受けたじゃない。あの時、飲み物買ったコンビニの前に居る」
「そう、あと三十分ほどしたら帰れるから、待ってて。そこから、うちの会社と反対側に五十メートルほど行ったら、スタバがあるよ。そこでコーヒーでも飲んでて。終わったら行くから」
雪乃は待ち合わせの外資系コーヒー店に入る。最初、美咲がわからなかった。メークも服装も、以前の美咲よりも派手で垢抜けしていたからだ。
雪乃のほうは相変わらず、舞台や撮影時以外はすっぴんだ。通勤時の服装は、ジーンズにパーカーというようなラフなものだ。
「見違えちゃったよ。美咲。オシャレになってたから。私は、相変わらずでしょ。相変わらすダサイよね」
「アイドルなのにね」
「そう。メークさんや衣裳さんがいなければ、私なんて一般人だよ……。でも、美咲。今日はどうしたの? こっちに用事があったの?」
美咲は短い沈黙を保った後、口を開く。
「私、今東京に住んでいるの。一人暮らし。実は、私AZUMIに入ったんだ。歌やダンス出来ないけど、演技のほうでオーディション受かって、今AZUMIの研究生なの」
雪乃は一瞬返答に詰まる。複雑な思いが頭を駆けめぐる。
「そうなんだ……。今、テレビに出まくりのAZUMIに入ったのか。でも、あそこ競争が激しくて大変って聞いてるけど……」
美咲は唇を噛みしめる。
「私、AZUMIの研究生辞めることにしたの。あんたに相談にのってもらえたらと思って……。私、学校辞めて、家とび出してきたから、今さら、お父さんやお母さんに泣きつけない。雪乃しかいないんだ……」
美咲の目から涙がこぼれ落ちる。雪乃は話の展開が急で戸惑ったものの、ここで話をするべきことではないと判断する。
「わかった。うちに行こう。うちで話そう。一人暮らしなら、今日、うちに泊まりなよ」
タクシーをつかまえ、美咲とともに家に帰り、雪乃の部屋に入る。ここななら、込み入ったことも気兼ね無く話せた。
「AZUMIって、研究生でも握手会とかやらされて大変なんだよね」
「そう、握手会は最悪よ。鉄柵で仕切られたレーンがあるの。その先に長机を置いて、女の子が立っているの。人気あるメンバーのレーンにはファンの人が行列を作っているけど、人気のない子のレーンはがらがら。一人でぽつんと立ってるのよ。私がそうだった。辛いよ。他のメンバーのファンの人が、かわいそうに思って、握手に来てくれることもあるけど、それがまた惨めで辛いのよ」
美咲はまた泣き始める。
「会社の人に指示されて、テレビに出してやるからって言われて、私……、私、お父さんほども年の離れたた男の人と……。業界関係者って……人。私、初めてだったのに……。私、この人を本当はすごく好きなんだって、自分を欺そうとしてた。年が離れてたって、これは恋愛なんだって、自分を欺してた……。そう思わないと惨めすぎるから」
美咲は号泣し始めた。雪乃は戸惑う。なるほど、ウワサに聞く枕営業というのをAZUMIはやらせているっていうのは、本当だったんだと思う。
枕営業とは、アイドル、タレントの女性達が、業界関係者、スポンサー企業の関係者、政財界の実力者と肉体関係を持ち、仕事を得る行為を言う。肉体関係と引換に何かしら利益を受け渡ししているので、売買春ではないかと指摘されるが、立件は難しい。
雪乃は美咲の肩を抱く。美咲が嗚咽しながら呟く。