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鋼鉄少女隊  完結

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第十八章 AZUMI



 雪乃は毎日めまぐるしく働いた。ピュセルのメンバーとしての活動の他に、テレビ番組ピュセルタイム2の企画、CMの企画、鋼鉄少女隊の次のアルバム『落日の女王』の曲作り。休みの日も家で仕事をしていた。
 11月の終わりの休日、浅井麻由がやって来た。忙しかったのだが、自分の部屋に通した。
 わざわざ出向いて来たのを、追い帰すのも気の毒なので、麻由にはゲームするなり、CD聞くなり勝手に時間潰しさせたら、そのうち帰るだろうと思ったのだ。
 
「忙しいんだね」
「ピュセルタイム2のコント作ってるのよ」
「あんたみたいに、才能あふれる人ってうらやましかったけど、最近のあんたの仕事ぶり見てると、私、歌しか出来なくてよかったって思うよ。ほんと、ほどほどにしとかないと、過労で死んじゃうよ」
「うん。わかってる。ピュセルタイム2のほうは、構成作家の人にどんどんバトンタッチして行ってるから……」
「でも、インターネットテレビのほうもあるのよね。あんたって、どんどん自分で新しい仕事作って、自分を追い込んでるみたいで恐くなるよ」

 現在同居中の雪乃の母方の祖母が、部屋まで紅茶とラスクを運んできてくれた。雪乃は少しだけ休憩することにして、その紅茶をすする。
 麻由は雪乃がパソコンから離れるのを待ちわびていたように切り出す。
「ねぇ、ちょっとだけ教えてほしいことがあるのよ」
「何?」
「魚の話。今日テレビ見てたら、北海道の川を上っていくサケのことやってたの。あんたが前言ってたとうり、サケって一夫一婦制なんだ。オスとメスがペアになって必死で産卵に行くんだ。産卵が終わったら疲れ切って、力尽きて死んじゃうんだ。私それみてワンワン泣いてしまったよ」
 雪乃はただ肯きながら聞いている。
「前に雪乃、魚に恋愛なんか無いって言ったじゃない。でも、たった一人の相手と一生連れ添って、一緒に旅して、子供産んで死んでくって、大恋愛じゃあないんだろうかと思って。雪乃先生の意見聞いてみたかったの」
 雪乃は困ったような顔をする。
「私の意見……。私に聞いても無駄だよ。私、恋愛なんてわからないから。もう、それって信じたものの勝ちって領域だと思う。自然の生きものの生態にそういう美しいお話を感じられるって、感じたものの勝ちって思う。それを恋愛と思うのは、麻由ちゃんの心の中の問題だから、そういう風に美しく見たければ、見て構わないんじゃない」
「違うのよ。私だけのことじゃなくって、あんたが、こんなにせつないサケの生き方をどう感じているか知りたかったの。仕事忙しいってわかってるんだけど……」
 雪乃はますます困ってしまう。
「うーん。私……。私はそうは感じられない。私って、魚の学者だったお祖父ちゃんから科学的な種明かしというか、夢のない話ばっか聞いてきたからね。でも、お祖父ちゃんにそんな話、聞いてなかったら、麻由みたいにロマンチックに思ったかもしれないよ」
「その夢の無い話って、サケのも聞いたの?」
「うーん。まあね。たとえば、さっき麻由は、サケが産卵のあと疲れ切って、力尽きて死ぬって言ったけど、科学的にはそうじゃないんだ。サケはアポトーシスって死に方するんだ」
「アポ……。何それ?」
「生きものの細胞の死に方にはね、ネクローシスとアポトーシスってのがあるの。ネクローシスは壊死っていうの。火傷したあと水ぶくれ出来て、それが破れて水出てきて真っ赤になってひりひりするでしょ。こんな状態が壊死。細胞が外からの力で壊れちゃうの。アポトーシスってのはね、細胞には自爆装置みたいなものがあって、そのスイッチいれちゃうと、細胞が自分で死んじゃうんだ。サケはね、一生に一度の産卵を終えるとね、いくら、元気があってもね、体の筋肉細胞が全部アポトーシスして死んじゃうんだ。だから、産卵を終えたサケはまずくって食べられないって言われるの。サケはDNA……、遺伝子にプログラムされたとうりに死ぬんだ。役目を終えたらもう必要無しっていうふうにね」
「ふーん……。でも死に方はそうでも、サケがずっと同じ相手と連れ添うってのはどうなの?」
「うん。サケは何年もずっと同じ相手と連れ添ってくよね。それも幼なじみの配偶者なんだよね。サケのメスが弱って動けなくなると、オスはその周りで気をつかうし、メスが鳥に襲われそうになると必死で守るよね」
「そう、そうなの。テレビでもやってた。サケのオスって優しくて、誠実よねぇ」
「でも、それって人間の夫婦愛というような感情と同じに考えてもいいのかなって疑問に思うの。本能みたいなものじゃないかなってね。サケのオスはそういうふうにプログラムされてるんだってね。動物の脳には種族、仲間、個体を維持して行くための基本的な本能のプログラムが一杯つまってて、その一つが発動されたんだって思う」
「夢なさ過ぎ……」
「そうだよね。でも、その基本的なプログラムはある意味、残酷で美しいと思う。産卵前のメスに体力つけさすため、メスに自分の体を食べさせるカマキリのオス。子供を守るために、わざとオトリになって、肉食動物の前に飛び出して行く小動物の母親。メスの関心を得るるために、プレゼントを持ってくオス。すごいのはねぇ、チンパンジーやライオンのオスは新しい自分の奥さんの連れ子を殺すんだよ」
 麻由がひく。
「嘘お……。そんなことするの? チンパンジーってあんなかわいい顔してるのに」
「すごいよね。何がすごいって、こういう下等な動物の基本的プログラムって、人間の行動と重なるからだよね。きっと、人間の美しかったり醜かったりする行動は、実行するときには人間が下等動物時代から持っていた基本プログラムでやってるんじゃないかと思ってしまうのよ。でも、動物なら、その場面になれば、反射的にやってしまう基本プログラムでも、人間はそれをスルーすることができるよね。好きな人に好きって言わないことも、いくら憎くくっても相手を殺さないってのも、スルーしたってことだから」
「でも、好きな人に好きって迷わずに言えるっての、うらやましいなぁ。人殺すのは嫌だけど。好きなときに食べて、かっこいい相手が現れたら飛び出して行って、好き! って言えるなんて……。人間なんかより、よっぽど幸せだよね」
「人間は知恵の実を食べてしまったからね。好きに食べ、好きに愛し合ってた楽園を追放されたアダムとイブだからね。人間は頭よくなりすぎたから。人間と動物との決定的な違いは、ちゃんと自分の行うことの影響や結果を考えて、本能のプログラムをスルーできることだと思う。自分の友達の配偶者に対してはいくら恋しても、我慢してアタックしないとか、本能を抑えることできるじゃない。もちろん、本能のままに行く人間も居るけどね。だから、ピュセルに居る間は好きな人が見つかっても、あえてスルーするってこと。ピュセル全体に迷惑かけるし、自分もピュセルに居られなくなるから」
 麻由が暗い表情をする。雪乃はそれをとがめる。
「なんなの? もしかして、また、彼氏欲しい欲しい病になってしまったの?」
「違うよ。違う……。でも、ピュセルって本当に修道院だよね」
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫