鋼鉄少女隊 完結
雪乃は考えたことをノートに書き出そうと、自分の勉強机の引き出しを開けた。筆記用具を取り出すためだが、そこに透明アクリルの小さなケースに入った、白く光るものを見つけた。それは、銀製のペンダントだった。祖母は趣味で七宝焼きとか銀粘土を使った銀細工に凝っていた。それは、祖母が雪乃のために作ってくれたものだった。小判状のプレートに花の形のくぼみがあり、裏にはアルファベットで雪乃の名があった。
「鋼鉄少年隊の従軍記章を作ろう!」
従軍記章とは戦争に参加した将兵全てに戦後、軍や政府から与えられる功労のための記章である。これを一人一人の隊員の名を入れて作り、一人一人の家に行って個別に手渡し、解散を告げようと思った。
「私が何時までも忘れないように。みんなも何時までも忘れないように」
雪乃は早速、祖母に相談して、雪乃を含め、十人分のメダルを作る銀粘土を買った。その材料費の一万二千円は子供の雪乃には大金だったが、新しい自転車を買おうと貯めていたお金を使った。銀粘土とは銀粉末が結合材と水で練り合わされている。粘土状なので造形が簡単である。これを目的の形にして、乾燥させると水分が飛ぶ。さらに焼成すると、結合材が全て燃えてしまって、銀のみになる。
雪乃は祖母の指導の下、銀粘土を円盤状に加工して五百円玉ほどのメダルを十枚作った。
柔らかいうちに、紐を通す穴を開けた。星形に切った厚紙を円盤の中央に押し込んだ。この厚紙は、焼成の時燃えてなくなる。すると、厚紙があった部分に星形のくぼみが出来るのだ。
表面にIBCという文字と2005.05という解散の年月を入れた。IBCとは、鋼鉄少年隊の略称で、Iron boys corps の略だった。裏面にはこれを贈る少年らの名前を入れた。
それから、乾燥後、祖母の七宝焼や銀粘土用の電気炉に入れて焼いた。焼き上がったものを磨き上げると白い柔らかい輝きを放った。あらかじめ、用意していた細い革紐を通し、首にからかれられるようにして、一つずつ紙の小袋に入れた。
明日より学校の始まるという五月の連休最後の午後、雪乃は隊員達への従軍記章を手提げ袋に入れて、一人一人に手渡しに行った。全員を集めて、顔を合わすのは恥ずかしかったが、相手が一人なら大丈夫だった。
一番最初に岡田のところに行った。岡田と始めて出会ったのは近くの公園だった。岡田は今では背が高いが、小学四年の頃はけっこう背が低かった。上級生の三人組にこつき回され、いじめられていたのだ。雪乃がその一人にドン! と体当たりして、吹っ飛ばし。残りの二人は手に持った棒を振り回し追い払った。それから、岡田は雪乃と遊ぶようになった。虫取りをしたり、魚をすくったりして遊んだ。それから、二人で初期の鋼鉄少年隊を作ったのだ。だから、岡田の階級は大佐で、雪乃の副官でもあった。
玄関に出てきた岡田は、なにか気恥ずかしそうだった。雪乃もその気恥ずかしさが移って俯いてしまった。しかし、意を決して、小さな紙の小袋を渡した。
「なに、これ?」
「開けてみて」
岡田は、中から取りだした銀のメダルのペンダントを不思議そうに見つめていた。
「それは鋼鉄少年隊の従軍記章。あんたに上げる」
「従軍記章ってなに?」
「戦争が終わったら、参加した将兵全員に上げる功労章」
岡田は首を傾げていた。
「私達の戦争はもう終わったのよ。鋼鉄少年隊はこれで解散する。だから、記念にこれを上げるのよ」
岡田は寂しげな顔をした。でも記章のメダルの裏の自分の名前を見つけて、嬉しそうな声を上げた。
「あ、俺の名前が彫ってある!」
「私が作って、あんたの名前入れたんだ。全員の分も作った。私の分もある。私達の思い出の記念よ」
岡田は眩しげに雪乃を見つめた。何か言おうとしたが、言い出せず、違うことを聞いた。
「ねぇ、これって高いの?」
「銀九十パーセントだから、とても高い。金に困っても売るなよ!」
岡田は微笑んだ。
「売らねぇよ! ずっと持ってる。でもほんと幾らくらいするの? 高いものだったら、貰うの悪いよ」
雪乃も微笑んだ。
「子供にはとても高いものという意味。でも、あんたが大人になったら、バカらしいくらい安いものになると思う。でも、それまで持っててくれたらいい」
「なことねぇよ。ずっと持ってるよ! そうだ、俺も隊長に渡すものあるんだ。待ってて」
岡田は一端、家の中に入ると汚れた野球帽を持って来た。
「これ、あの日、隊長の胸殴りやがったあの卑怯な奴のだ。俺たち、あいつが一人で公園に居たんで、しめてやったんだ。もちろん、隊長がするなって言ってるような、一人をみんなでボコボコにするような汚いことはしなかった。他の者はあいつが逃げないようにぐるっと囲んで、俺が一人で、一対一でやったんだ。あいつ、だらしなく泣き出して謝るもんだから、あいつの帽子取ってきたんだ」
雪乃は渡された帽子を手にとって眺めてから、岡田に返した。
「ありがとう。あんた、いつのまにか喧嘩強くなったんだ。そうだよね。私より三センチくらい背高くなったもんね」
岡田は少し照れていたが、意を決して口を開いた。
「隊長。もうこれからは、喧嘩は俺たちがする。隊長は後で指図してくれるだけでいい。だから、鋼鉄少年隊続けるわけにいかないの? 俺たち、隊長が考え出してくれる、おもしろい遊びが好きなんだ。鋼鉄少年隊が無くなったら、毎日がつまらなくなるよ」
雪乃はしばらく黙ったままでいた。そしてきっぱりと言った。
「大佐、こう呼ぶのもこれで最後だよ。これで、やめよう。私は女なんだ。なりたくも無いのにだんだん、女になって行く。もうすぐ、あんた達とは違う線路の上に乗って、違うとこに走ってくんだ」
岡田は落胆した。
「そんなことねぇよ! 男とか女とか関係ねぇよ! うちの父ちゃんも母ちゃんも、男と女だけど、仲良く住んでるよ。隊長が女でも鋼鉄少年隊は続けられるよ!」
雪乃は悲しそうに言った。
「ずっと先では、また線路が隣同士を走るかもしれないけどね。でも、女というのは女の世界を持ってるんだ。だから、私も女の世界に入ってゆく。私は女の世界にとけ込んでゆくんだ。だから、気を悪くしないで聞いてよ。明日から、学校や道で私に会っても、私を無視して。そうしてくれないと、私が女の世界に潜り込んでゆけないから」
雪乃は、「じゃあ」と言って、岡田に背を向けすたすたと歩き出した。
「隊長!」
岡田の声に雪乃が振り向く。岡田が敬礼している。雪乃も敬礼を返す。
「隊長! 鋼鉄少年隊、最強だった!」
雪乃は肯いた。
「もう、隊長みたいにかっこいい女には、二度と会えないような気がする!」
雪乃は耐えられなくなって、岡田に背を向け、ばたばたと駆け出してその場を離れた。
それから、残りの八人の家を訪ねた。連休の最終日だったせいか、全員在宅だった。一人一人に従軍記章のペンダントを渡し、解散を告げた。
「ありがとう」とか、「楽しかった」と、みんな言ってくれた。中には、感極まってワンワン泣き出す少年も居た。