鋼鉄少女隊 完結
雪乃は小学校五年の秋に初潮があった。もちろん、仲間の少年達には気付かれてはいなかった。小五頃には、学校で女子だけ集めて、初経教育をする。そのとき、女の体の仕組みや、月経について習うが、男子はそんなこと知らない。そして、女性ホルモンの分泌は乳房にも影響を及ぼし、小五頃から、雪乃は乳首の先端付近の内部に、円錐状のゴリゴリした塊が出来ていた。それが、物に当たると余りの痛みのため、気が遠くなるような激痛が走った。女の乳房に移行する前の過渡期だった。
雪乃を倒した少年は、三歳上の姉と喧嘩したおり、偶然にも胸を殴って気絶させ、そのことを発見したのだ。今まで、高圧的だった姉がすっかり大人しくなり、弟を怖がるようになったのだ。
そのチビは得意満面に、雪乃に追い打ちをかけた。物理的にではなく、心理面に大打撃を与えたのだ。チビは姉の机の引き出しにあった、初経教育のパンフレットを盗み読みしており、皆の前で女の月経について延々と説明しだした。痛みが薄れるのを待って、立ち上がり逆襲を計画していた雪乃は、度胆を抜かれてしまい、すっかり戦意を喪失してしまった。そのうえ、チビは姉の生理ナプキンを盗み出してきていた。袋を破り、中の生理ナプキンを広げ、あろうことかズボンの上から自分の股間にあてがった。
「なぁ、見ろ! 女はな、こうやって、血止めするんだ」
雪乃は真っ赤になって、もう、その場の少年達の顔を見ることが出来なくなってしまった。
その場の空気が変わったのを雪乃は感じた。敵側の少年達の今まで、雪乃に投げかけていた恐怖と憎しみの視線が違うものに変わっていた。それは、嗜虐の対象を見る好奇な視線だった。雪乃は恥ずかしさと屈辱を味わった。助けを求めるように、味方の少年達のほうに目を向けた。しかし、さらに雪乃の心は傷ついた。地面に尻餅つき、立て膝ついたままの雪乃のジーパンの股間に、鋼鉄少年隊の全員の視線が集まっていた。
雪乃は、はっとして怒鳴った。
「バカ!」
少年達は気まずさから、ふっと視線をそらせた。雪乃の目から涙がぼろぼろこぼれた。恥ずかしさと耐えられない屈辱。雪乃は立ち上がると、後も見ずに駆けだした。走って、走って家に帰り、自分のベッドの布団に潜り込み、声を上げて泣いた。
それから、仲間の少年達が来ても、出なかった。もう、恥ずかしくて顔を合わすことが出来なかった。幸い、五月の連休中で、すぐには学校に出て行くこともなく、早々に彼等に顔を合わすこともなかった。
「女って、やだな……」
雪乃は自分の部屋で鬱々としていた。ふと部屋に立てかけてある、数本のバス釣り竿に目が行くと、屈辱がまざまざと浮かんでくる。雪乃は全ての竿とルアーの入った手提げケースを取ると、家の庭の物置に行った。釣り道具は見たくなかった。もう、釣りは二度とすまいと思っていた。
物置の一番奥の見えないところに、釣り道具をしまおうと思った。すると、奧に丁度、古いスチールのロッカーがあった。釣り竿の長さでもすっぽり入るようだ。しかし、中は空ではなかった。縦長のケースが何個か立ててあった。
雪乃がそれを取り出し開くと、エレキギターが出てきた。真っ黒の塗装でその形は昆虫のオオクワガタを思わせた。スチール弦は錆が浮いていた。雪乃は他のケースも取り出し開くと、また違う形のエレキギターが入っていた。やけに長いのもあった。弦はゆるめられてダランとしており、弾いても音は出なかった。まるで、地下で宝物の箱を開いたような感動があった。雪乃はエレキギターの形にすっかり心を奪われてしまった。
最初に取り出したエレキギターを持つと、雪乃は物置を出て居間のほうに向かった。祖父と祖母が茶を飲みながら、テレビを見ていた。
「お祖父ちゃん! これ、どうしたの?」
祖父は手渡されたエレキギターを受け取り、懐かしそうに言った。
「ギブソンのSGだな。これは、お前の父さんのものだよ。父さんが大学生の頃、弾いてたやつだ。物置のロッカーには、わしのもあったろ。わしも、やってたんだぞ。わしのはストラトキャスターだけどな。お前の父さんはヘビメタ派でレスポールとかこのSG弾いてたんだよ」
雪乃は祖父の口から飛び出す、耳慣れない横文字の用語に、すっかり心を奪われた。そこにはまだ見ぬ大地、生い茂る緑の灌木のわくわくするよう匂いが漂っている気がした。
「お祖父ちゃん! 私にギター教えて!」
祖父と祖母は訝しげだった。雪乃はあまり音楽に興味を示す子ではなかったからだ。小学校一年から、エレクトーンをやってはいたが、祖父母になにか一つでも女の子っぽいすることを強制されて、ずっと今まで音楽教室に通わされていたのだ。講師は雪乃の上達ぶりを褒めてはいたが、本人はエレクトーンにはほとんど興味を感じていなかった。
祖母が諫めるように言った。
「そんな暇あるの? エレクトーン習いに行ってるし、それ以外は、釣りやら野球やらで忙しいんじゃないの? ああそうそう、今日もほら、あんたとこの少佐や大佐が来てたのよ。あんたが言うから、『今日も具合が悪くて寝てる』って言っといたけど、がっかりして帰って行ったわよ」
雪乃は黙っていた。祖母は昨日からの雪乃の様子に、なにか違うものを感じていたようだ。
「ねぇ、雪乃。なんかあったの? あんたが、病気でもないのに、閉じこもってるって、心配なのよ」
雪乃はわっ、と泣き出した。涙が止めどもなく流れた。祖父と祖母に昨日有ったことを全て話した。
「もう、私……、あの子らと遊べない。恥ずかしくて、情けなくて……」
祖母が肯いていた。
「ねぇ、あなた。雪乃にギター教えてあげたら。雪乃ももう、男の子達とは遊びにくいだろうし、近所の女の子達とは今までに付き合いがないから、一人ぼっちになるじゃない。雪乃のために、教えてあげて下さい」
祖父はじっと考えて込んでいた末、拒絶した。
「だめだ! そんな中途半端なままじゃ教えられん! 雪乃、大将が戦に負けて、逃げ帰ったままで、それでいいのか? なにも、お前を傷めつけた子に復讐しろと言ってるんじゃないぞ。お前の作った隊はどうするんだ。このまま、なしくずしに無くなるのか? ちゃんと自分で作ったものなんだから、ちゃんと、けじめつけてきなさい」
雪乃は途方にくれた。
「けじめって、どうしたらいいの?」
「自分で考えなさい。お前が作ったんだろ。終わらす時も、自分で考えて、みんなが一番納得出来ることをやりなさい」
祖母が口を出した。
「あなた、雪乃はまだ、子供なんだから、そんな冷たいこと言わなくても……」
雪乃はすっくと立ち上がった。
「わかった。自分で考えてみる。私も、みんなも一番納得する方法考えてみる」
雪乃はそれから、自分の部屋に行き、どうすべきかに頭を使った。結局、鋼鉄少年隊は解散しようと思った。でも、解散にあたって、すべきことは何か? 解散のセレモニー? もうみんなの前に出るのは嫌だ。でも、何か何時までも、鋼鉄少年隊が記憶に残るようなことがしたかった。