鋼鉄少女隊 完結
アンジェリアの日々の売り上げがこの日を境に、突如、下落していった。
マスメディアには決して出てこない意見ではあるが、ネット上では広告代理店のTDNホールディングスがテレビ局に指示して、ある意味、見せしめとしてこのような仕打ちを、行っているとウワサされた。
アンジェリアがテレビ広告を行わず、販促のみで営業利益を上げていることへの報復。
TDNが後押しするAZUMIの目の上のコブであり、宿敵と見なし情報封鎖の対象としている、元国民的アイドルグループ、ラ・ピュセルと提携するのが、どんな危険なことかを思い知らせることが目的だと。
雪乃は美佐枝に対して、すまないという気持ちで一杯だった。ピュセルに荷担さえしなければ、アンジェリアがこんな仕打ちを受けることが無かったのに、という思いで申し訳なさが先立った。
関東テレビのアンジェリアへのネガティブキャンペーンから一週間後、雪乃は社長室に呼ばれた。
中には、社長、玉置、山口美佐枝ともう一人思いがけない人が居た。美佐枝の兄の斉藤浩太郎だ。
雪乃は唖然として思わず、いつもの調子で浩太郎を呼んでしまう。
「あっ! お兄さん……。あ、ごめんなさい、斉藤さん。すみません」
浩太郎はにこにことしている。美佐枝が浩太郎を兄さんと呼ぶもので、雪乃もつい浩太郎のことを、普段からお兄さんと呼んでしまっていたのだ。
雪乃は浩太郎がこの場に来ていることの意味を推測してみた。浩太郎はアンジェリアの役員かなにかだろうかと。
美佐枝が微笑みながら、口を開く。
「あなたに来てもらったのはね。きっと、今度のことで心配してくれてるだろうなぁと思ってね。大丈夫だよって安心させてあげたかったの。うちはね、株式を公開していないから、株価も下落しようが無いからね。心配ないのよ」
美佐枝が浩太郎を促す。
「ねぇ、兄さん。兄さんのほうの自己紹介をちゃんと雪乃ちゃんにして上げて。そうしたら、この子も安心できると思うから」
浩太郎は名刺を取りだし雪乃に渡してくれる。
「いや、君がね、お兄さんなんて呼んでくれるもので、親子ほども年が違うのに、我ながら若返ったようで嬉しくてね。君の前では無職の趣味人を装ってました。でも、こういう者なので、妹の美佐枝の会社のことは全く心配ありませんからね」
名刺には、株式会社サイトホールディングス 代表取締役社長 斉藤浩太郎とあった。
「あのお……、ビールとか清涼飲料水のサイトさんなんですか……」
「あっ、そうですよ。ビールは代々うちの道楽でね。長いこと赤字で業界最下位だったけど、最近やっと業界一位になれたんですよ。元は洋酒屋なんだけどね」
雪乃はぽかんとしていた。田口社長がにこやかな顔で、雪乃も椅子に座るよう促してくれた。
「いや、村井君。私もびっくりしてしまってね。今回のことでタイアップの件どうなるかと思ってたんだけどね。サイトさんがバックに居るんで安心したよ。その上、サイトさんにスポンサーになっていただいて、ピュセルの冠番組を作れることになったんだよ」
雪乃は余りの展開にただ呆然とするばかりだった。美佐枝が断言してくれる。
「ほんと、雪乃ちゃん。何も心配ないのよ。アンジェリアはサイトグループに入ることにしましたから。関東テレビとのことは、サイトグループとして対処していきますから」 傘下の様々な企業を管理、経営支援するのがサイトホールディングスの役割であり、子会社の全ての株式はサイトホールディングスが所有している。ここもまた、株式を一般に公開しておらず、全社の株は全て斉藤一族が所有しているという同族会社なのだった。業種こそ違え、世界五位、国内一位の広告代理店、TDNホールディングスと同じだけの年間売り上げの企業なのだ。
美佐枝があきれたという態で口を開く。
「しかし、今回の関東テレビって、四年前のフジミ屋事件の時と同じでやり方なんで、思わず笑ってしまいましたよ」
田口が同意する。
「本当ですね。捏造報道のやり方が全く同じなんで、ほんとに芸が無いというか、厚顔無恥というか、開いた口がふさがりませんよね。でも、フジミ屋さんは気の毒なことしましたよね」
「テレビ屋ふぜいのデマで、老舗のフジミ屋さんが潰されたって、同じお菓子屋としてほんとに悔しかったですよ」
浩太郎が口を挟む。
「あの時、アメリカの投資銀行のコールマン・レックスがフジミ屋株を大量にカラ売りして儲けましたからね。コールマン・レックスが日本のテレビ局を動かしてのインサイダー取り引きってことですよね。多分、コールマン・レックスから、TDN、関東テレビへのルートかと……。でも今回のアンジェリアの場合、上場していないんだから、TDN、関東テレビの連携のみでしょう」
田口が雪乃に声をかける。
「ああ、村井君。もう戻っていいよ。タイアップ曲は予定どうりで行くからね。それと、サイトグループの各会社のCMにもピュセルを使ってもらえるそうだ。藤崎と戸田は今日はラジオの録音でいないんだろ。君からメンバーに言っておいくれるかな」
雪乃が目を丸くする。
「えっ! 本当ですか……」
浩太郎が微笑む。
「そう。ピュセルにお願いしようと思ってます。サイトグループはTDNを使ってたんだけど、今回の件で、広告代理店は白水舎にかえますからね。そうそう、今日聞いたんだけど、以前にピュセルタイムって番組があったっての。それ復活させましょう。うちがスポンサーになりますから」
雪乃は言葉が全く出ず、浩太郎と美佐枝に礼をするだけで社長室から出てきてしまった。あまりに話が急展開して、ふくれあがり過ぎて、どう反応していいのか心がついて行かなかった。
社長室を出て、事務所の広いフロアの通路を横切っている時にやっと実感が湧いてきて、思わず大きな声で叫んでしまった。
「やったー!」
事務所の社員達がギョッとして雪乃のほうを見る。丁度すぐ近くのコピー機の傍らに居た新人マネージャの柴田が、わっと床に座り込む。
「何なのよぉ! 村井さん。心臓止まるかと思ったよ。ほんと何なのよぉ。今日はアノ日なの?」
「そんなに不機嫌に見えますか?」
「そうよね。逆に、上機嫌よね。何、競馬? そんなわけないか。宝クジでも当たったの?」
「そう、一等前後賞で三億円です!」
「また、またー。そんなわけないでしょ!」
「三億円相当の幸運です」
「わけわかんないよ!」
雪乃はジーンズのショートパンツだったので、いきなり新体操時代の得意技MGキック転回をやってのけた。前方地上回転をやって片足だけで着地しながら、もう一方の足は頭上に百八十度縦開脚で突き上げ、上半身はまだブリッジ状態というやつだ。
柴田が唖然とする。
「やめなさいって! 危ないって。頭打ったらどうするの。チーフマネージャが居たら、大目玉よ!」
「いいんですよ。今日はもう、怒られたって、何でもやっちゃいます! 嬉しくて」