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鋼鉄少女隊  完結

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第十六章 MGキック転回



 アンジェリアとのタイアップ曲のシングルCDを作ることになった。山口美佐枝の要望は曲名を『アンジェリア』にして欲しいということと、スペインとか地中海沿岸というような異国情緒を漂わす曲調にして欲しいということだった。
 アンジェリアは全国に197店舗を持つ。しかし、アンジェリアは今までテレビコマーシャルをやっていなかった。テレビCMに金をつぎ込むよりも、販促費にまわすべきという経営方針で来ていた。来店者にスピードクジを引かせたり、ポイントカードに貯まったポイントにより、御菓子券やその他のグッズを渡していた。
 開店十周年の創業祭としてのイベントを企画していたのだが、そのイメージガールとしてピュセルを起用したいというわけだ。アンジェリア店内には全店、85インチのプラズマディスプレーが設置してあり、そこに常時ヨーロッパのあちこちの風景動画が流れている。そこでピュセルの『アンジェリア』のプロモーションビデオを流すことになった。
 ピュセルのCD、PVのDVD、ピュセルをモデルにしたポスターなどをスピードクジやポイント交換用のグッズに置いてくれるという。

 ピュセルとしての起用ということで曲は玉置が作った。曲調はスペインから地中海沿岸、イスラム圏の音楽として特徴的な、ミの旋法と呼ばれるものだった。ミファソ♯ラシドレミという独特のスケールで、長調でも短調でもない。イ短調にもホ短調にもハ長調にも聞こえ、ラで終始しそうに感じるがミで終始して、ソ#の音があまりにせつない。
 玉置は近頃スペインから中東にかけての音楽に傾倒していたので、丁度いい仕事をもらったと喜んでいた。

 タイアップ曲『アンジェリア』が完成した。ダンスの振り付けもスペイン、アンダルシア地方の舞踊の動きを含んでいた。
 店内で流されるプロモーションビデオの撮影が開始された。予算の都合で国内の海沿いのペンションが使われた。不況の為、売却に回っていたかなり広い建物を借り上げることとになった。白亜の建築はスペイン南部のアンダルシア地方の家屋を思わせた。適度にさびれているのが、ちょうどいいくらいの風情を漂わせていた。
 ピュセルの九人が踊り、歌う場面が撮影された。それから、冒頭と途中でのインサートカットとして、彩と雪乃二人の場面も撮影された。
 普段ストレートヘアーの雪乃はソバージュウィッグを被ることになった。毛先がふわふわと波立つ。衣裳はターコイズ色、淡く緑ががった空色だ。ラッフルやフリルがふんだんに使われた豊かなスカート。フラメンコドレスなのだが、丈は膝下と短い。
 彩は詰め髪の一本結び。白のフリルの付いたシャツに白いズボン。長髪の若い男に扮している。二人ともアイメークを濃くしていて、顔立ちもエキゾチックだ。

 ペンションの海の見える広いバルコニー。白い壁、白い床。中央に古びた椅子が一脚。雪乃はそこに座って裸足の足を組み、アコースティックギターを弾く。フラメンコギターだ。
 彩は背筋を反らし、パルマと呼ばれるフラメンコの手拍子を打ち鳴らしながら、雪乃の周りを舞う。男性がギターで女性が踊るのが普通だが、結構逆の立場でやるのもなかなかきれいな絵になった。

 そうやってPVも完成した。一月後のアンジェリアの十周年創業祭より、全国の店舗のプラズマディスプレーで流されることになった。
 
 PVを見た麻由が雪乃をからかう。
「ねぇ、雪乃。このPVの撮影の彩ちゃんとのからみの時、あんた、何あんなに照れてたのよ。おかしいよねぇ。顔、ぽーっと赤らめてたよ」
「別に何もないよ! ウイッグ被ってたし……、夕方で西日が当たって熱かったから、のぼせてたのよ!」
「いや、あれは怪しい。あれは恋する女の目をしていたよ。怪しいよ。目を覚ましなさい。あの時の彩ちゃんはすごいイケメンだったけど、あの人は女なのよ! それとも、そっち系なの? あんたって」
 雪乃は思わず声を荒げようとするが、麻由がそれを制する。
「あ、ごめん。冗談で言ったのに。何、ムキになってるの? あ、ごめん、ごめん。私、事務所に交通費の精算書出してくるからね。ごめんねー」
 麻由はげらげら笑いながら、逃げて行った。

 雪乃は怒りの矛先をなくして、ふんまんやる方なく目を見開いたままだ。しかし、次第にあのPVの撮影の日の彩のことを思い出し、周りに誰も居ないのを確認してから、うっとりとした目になる。
 確かに、あの日の彩はイケメンだった。彩の第二人格であったタケルを感じさせた。
「タケルさんの人格……、彩ちゃんにとけ込んできてるんだろうか?」
 雪乃がタケルという彩の中の男性人格を封じ込めてしまったのだが、撮影の日に見せた彩のあの凛々しさは、タケルが彩本来の人格に重なっているかのように見えた。
 
「何、ぼんやりしてるの? 何一人でにこにこしてるのよ!」
 麻由が突然声をかけてきた。
「別に……、何もないよ……。麻由、あんた事務所に行ったんじゃなかったの?」
「精算書持ってくの忘れちゃってね」
 麻由は机の上に忘れていったクリアファイルを手に取ると、思わせぶりな目をした。
「かわいそうにねぇ。重症だわ。今度、私が大きなテディベア買って上げるからね。それで我慢しなさい」
「うるさーい! 殴るよ」
「こわー! 雪乃、こわーい!」
 麻由はまた笑いながら逃げて行った。

 何年ぶりかのタイアップ。テレビでは放送されないが、全国のアンジェリア店舗でピュセルのPVが流される。ターゲットはほとんど女性になるが、現在のラ・ピュセルの歌とダンスを披露できる。ピュセルのメンバー達の意気はあがっていた。しかし、それに突然水をさすようなな事態が起こった。
 
 民放テレビのキー局の一つである関東テレビの朝のワイドショーで、アンジェリアがブラック企業と名指しされた。キー局であるため、この内容が全国に放送されてしまったのだ。
アンジェリアの工場の元従業員という女性が、アンジェリアは消費期限切れの材料を使って洋菓子を作っているということを、告発する録画が流された。その元従業員の顔はモザイクで隠され、声も変えてあり、名前はAさんとなっていた。
 その日から毎日、関東テレビはアンジェリアの洋菓子は衛生上問題があり、アンジェリアの営業停止を訴え続けた。そのテレビ局はそういう捏造によって、企業のネガティブキャンペーンを行う常習犯だった。
 しかし、テレビが嘘をつくなどとは思いもしない一般大衆への、影響力はすこぶる大きなものだった。
 大衆は自分達がマスメディアにより情報操作されているとは、これっぽちも気付いていない。タダほど高いものは無いということを、ほとんどの国民が自覚していない。テレビ局は自分たちに金を出してくれるお客様への利益の為に動いているのだ。
 公共放送の『公共』とは彼等にとって、お客様としての企業、広告代理店、メディアの連合体である。金も払わずに電波を受信している一般国民は、無知な羊の群れのように思われている。
 羊は弱視故に、人が導き保護しなければ生きていけない動物と見なされている。情報弱者としての大衆もまた、メディアにより導かれ、メディアが指示した場所の草を喰らい、ときには毛を刈られていく。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫