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鋼鉄少女隊  完結

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 雪乃が前打ちという釣りの用語を口にしたので、もしかしたら本当に釣れる場所を知っているではと思い始めたようだった。雪乃は5メートルくらいの中硬の竿を取り出す。
「これ、いいですね。人気のD社の前打ち専用竿ですね。道具見てたらお友達って、ほんとうに釣りの上手な方だったてわかります」
 男は雪乃の言葉からすっかり信用しきったようだった。女に聞こえないような小さい声で囁く。
「いや、あっちの人にね、もう無理だから、魚屋で買って帰ろうって催促されてるんだよね。ほんと、一匹でも釣れたらかっこつくから、よろしくお願いしますよ」  

 三輪自転車の雪乃が先導して、その後を二人が乗ったワゴンカーが行く。雪乃は先ほど麻由とカニを取った場所よりさらに海に近い河口付近に案内する。
「ここ、河口ですけど。黒鯛居るんです。人もあんまり来ないんで、穴場です」
 雪乃は三輪自転車のカゴから蓋付きの水槽を降ろして、手提げを付けて片手に持ち、テトラポットの積まれている岸辺へと二人を誘う。ヘチ釣り、落とし込みとは岸壁すれすれに落としての釣りだが、前打ちとは岸辺に積んであるテトラポッドの先に仕掛けを投げ入れる釣りなのだ。
「ここではエサはイ貝より断然、これですから」
 雪乃は持ってきた水槽から取り出した、生きたままのカニを針に付けてやる。
「あの沈んで頭だけ出てるテトラポッドの先に、投げ入れて下さい。ほんと、魚いたらすぐ来ますから」
 男が仕掛けを投げ入れる。エサが沈んでいったと思ったら、急に釣り糸が沈まなくなり海面付近に漂う。雪乃はその様子を見ていて声を上げる。
「竿立てて!」
 言われたように男が釣り竿を立てる。見事に針かかりして、30センチほどの黒鯛が釣れた。女がクーラーボックスを開く。中に氷がびっしり入っている。
「待って下さい。このまま魚入れたら、味が落ちてしまいますから」
 雪乃は男の持つ釣りの小物の入ったケースの中を探る。その中から取りだしたフィッシュナイフの刃を黒鯛のエラに突っ込み、背骨を断ち切る。血がどーっと流れだし、魚はぴくぴくと痙攣した後動かなくなった。さらに、尾びれの付け根付近の骨も切断する。充分を血を抜いて、それから新聞紙に巻いてクーラーボックスの中に入れる。二人は唖然として雪乃の手際を眺めている。
「こうやったら、身に血が回ってなくておいしく食べられます。直に氷の中に入れると、氷ヤケしてしまって味が落ちます」
さらに、男が黒鯛を二枚釣る。一枚は40センチ級だ。雪乃も竿を貸してもらい、二枚釣る。計五枚になったところで、もう充分ということで引き上げることになった。
 雪乃はカニの入った水槽を三輪自転車のカゴに積んで、二人に挨拶して帰ろうとする。女のほうが、言いにくそうに声をかける。
「ねぇ、お嬢さん! お世話かけたうえに、こんなお願いするのなんだけど、私達、魚なんて料理したことないの。もし、あなたが出来るなら、一緒に来て魚さばいてくれないかしら。場所はここのすぐ近くよ。お礼しますから」
 雪乃はしばらく考え込む。何を考えていたかというと、行こうかどうかではない。こういう場合、「毒喰らわば、皿まで」ということわざは当てはまるのかという、他愛のないことだった。
「あ、いいですよ。私、魚、三枚におろすの得意ですから。お礼とかはいいです。魚釣らせてもらったし……。私、危ないから一人で釣りに行ったら駄目って言われてるんです。だから、逆に今日、竿貸してもらって釣らせてもらったお礼に、魚さばきに行きます。でも、出刃包丁とかあるんですか? さっきのフィッシュナイフだけですか?」
「あ、それは大丈夫。今から戻るとこって、釣り道具の持ち主の人の住んでたとこだから。料理道具一式は置いてあるわ。包丁もいろいろ置いてありました。そこね、家族はいなくて、今は空き家状態。行っても私達だけだから」

 今度は雪乃が車の後をついて自転車で走る。車はときどき止まっては、雪乃が追いつくのを待ってくれた。女性が言ったように、ほんとにすぐ近くだった。港から雪乃の家までの丁度半分くらいの距離にあった。住宅地の中の二階建ての一軒家で、二階が住居、一階が洒落た喫茶店ふうの作りになっていた。喫茶店の作りにはなっているが、一度も営業していたことはないということで、故人の趣味のフロアらしかった。
 二人は一階のフロアの扉を開き、雪乃を迎え入れてくれた。あらためて、お互い自己紹介をする。
 男のほうは斉藤浩太郎、54才。女のほうは、山口美佐枝、51才。二人は実の兄妹なのだが、美佐枝は一度結婚の後、離婚している。しかし、旧姓の斉藤には戻らず夫のほうの姓を名乗り続けている。
 
 フローリングの広い部屋の奥には厨房があった。雪乃はそこの道具を調べ、錆よけにラップでくるまれた、出刃包丁、刺身包丁を確認する。
 それから、釣ってきた黒鯛の鱗を取って、まな板の上で、さっさと三枚におろしていく。
 雪乃は二人が買ってきていたらしい、段ボール箱の中の大根を見つける。大根をかつらむき、薄く帯状にしたものを、縦に細く切って水にさらす。刺身のけんだ。
 美佐枝が声をかける。
「ねぇ、何か手伝うことない?」
「じゃあ、ご飯炊いてください。お米、今見たら、上の棚にありました」
 雪乃は次々と手っ取り早く仕事を進め、一番大きい黒鯛を刺身にしてしまった。大根のけんを敷き大皿に刺身を盛った。
「はい、黒鯛のお刺身です。まだ魚残ってるんで。いろいろ作っておきますね」
 美佐枝が兄に声をかける。
「私、飲めないし、兄さん惣介さんと一緒に飲んで上げて。帰りの運転は私がするから」
 テーブルの上には、この家の持ち主であったらしい男性の写真が飾られ、その前に大皿の刺身と、コップに入ったウイスキーが置かれた。
 
 雪乃はさらにレタス、タマネギなどを使い、オリーブオイルをかける。
「はい、黒鯛カルパッチョです」
 次は、フライパンでソテーする。
「黒鯛、ムニエルでーす」
 浩太郎、美佐枝の二人は目を見合わせて笑い出す。
「ありがとう。ほんとうに、あなたって器用ね。何から何までできるのね。どこで習ったの?」
「魚料理はお祖父ちゃんです。魚以外はお祖母ちゃんですね。中学時代は、よくお祖母ちゃんと一緒に、お菓子作ってたりしましたし」
 美佐枝の目が輝く。
「どんなの作ったの?」
「ケーキ生地焼いて、ロールケーキとか、サツマイモ裏ごしして、スィートポテトとか作りくました」
「そうなの。じゃあ、モンブランとかは?」
「あ、あれは作り方わからなくて。モンブラン大好きなんですけどね」
 美佐枝が微笑む。
「そう好きなの。よかった。これ私が作って来たんだけど」
 美佐枝は白い角形の大きな紙箱を取りだし、蓋を開ける。
「嘘だー! えーっ! これ全部モンブランでしょ。モンブランのほぼ全種類ありますよね。すごーい!」
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫