鋼鉄少女隊 完結
ピュセルメンバの主張が全部通って、このコスチュームでCDのジャケットが出来た。そして、念願のアーティスト・スペースに、IMC〜鋼鉄少女隊を登録する。『ハヤテ』とカップリング曲の『Don't touch me!』のそれぞれ一番だけを試聴用に公開する。それから、二つの曲のネットからの購入先へのリンクが張られた。ネットで有料ダウンロードでMP3で取得できるサイトと。通信販売でCDそのものを購入できるサイトだ。
「なんか、これだけじゃあ、寂しいね。プロモーションビデオが欲しいよね」
「あんまり予算無いと思うよ」
「じゃあ、低予算で出来るようなの、みんなで考えて提案してみたら」
全員でPV撮影用の絵コンテとシナリオ書いて持ち寄ることになったのだが、次の日持ってきたのは三人だけだった。六人は思い浮かばなかったらしい。二人分のは却下された。どちらも惑星探査船『ハヤテ』を元に曲が作られたという経緯を重んじる余り、宇宙を舞台にしてあったからだ。
「こんなのセット組んで、CG使ってどんだけお金かかると思ってるの! 無理よねぇ」
雪乃のシナリオが比較的低予算で出来そうだった。
「雪乃のやつって、宇宙も探査船も出てこないんだね。最後の空一杯の発光体がハヤテなわけか」
「撮影場所も近場で行けそうだね。廃墟と大きな銀杏の木のある岡だものね。でも、この10才の男の子と8才の女の子は子役雇わないといけないよね」
浜崎杏奈が携帯に保存してある写メを見せる。
「ねぇ、これうちの丁度10才になる弟なんですけど、どうです? けっこうかわいいと思ってるんですけど。この子なら出演料入りませんよ。私があとでオモチャでも買ってあげときますので」
「あんた、ずいぶん年の離れた弟いるんだね」
「私の時、お母さんが難産で、もう産まないつもりだったらしいんですけど、お父さんが10年間、息子が欲しいって言い続けてたんで、産んじゃったんです。まぁ、希望どうり男の子だってよかったんですけどね」
戸田明日香がメンバーに声をかける。
「ねぇ、八才くらいの女の子、家族や親戚に居ない?」
浅井麻由が手を上げる。
「近所に七才の従妹が住んでますけど」
麻由も携帯の写メを見せる。
「あっ、かわいいじゃない。この子はどう? 出てくれそう」
「うーん。どうだろう? 聞いておきます。多分、大丈夫です」
明日香がふと気付く。
「ねぇ、雪乃。あんた絵コンテは描いてこなかったの?」
雪乃は自分のバッグからもぞもぞとスケッチブックを取り出す。明日香がそれを受け取り、中を開いて絶句する。他のメンバーもそれを受け取り、まじまじと見つめてどう言ったらいいのか声が出ない。浅井麻由がスケッチブックを受け取り、中をぱらぱらと見て、けたたましく笑い出す。
「雪乃、これ本当にあなたが描いたの? この絵ひどいねぇ! 幼稚園レベルだよ。でも、良かった。雪乃の絵が下手くそで。これで、絵もうまかったら、私悔しくて仕方無かったよ」
鉛筆で描かれた絵コンテの各ページは、ほんとうに幼稚園の子供の絵のように稚拙で、意味のわからないものだった。結局、絵の達者な島田里佳が、雪乃の指示どうり鉛筆で下書きの絵を描いてゆき、携帯用の透明水彩の絵の具とパレットを出し、さっと色を付けてゆく。
結局、提案したPVの件も会社側に通ってしまった。先日来、全てを受け入れてくれる会社の方針が若干不気味とさえ思えた。まるで、何かの実験でもしているかのようだった。
PV撮影には二日かけた。一日目は建設途中で倒産してコンクリートの打ちっ放しの壁のまま放置されているホテルの建物。二日目は小高い山の頂上付近の公園。撮影スタッフがいちいち、雪乃にカメラを覗かせてくれては、細部への注文を受け付けてくれた。
撮影後、編集の過程で雪乃のさまざまな意見を取り入れてくれた。そして、ピュセルのメンバー揃って、できあがったばかりのPVを見ることとなった。
白と黒のモノトーンの画面。廃墟の中に佇む少年。その衣服も顔も手も汚れている。窓から外を見る。廃墟の中庭に小さな少女が立っている。少年は駆け出し外に出る。しかし、少女はもう居ない。キーボードによる美しいイントロが流れ始める。
少年はまた駆け出して行く。
突如中庭に現れる黒ずくめの女達。短い軍服のような上着、スカートは裾レースの黒の三段ティアード膝上のゴスロリスカート。パニエを何枚も重ねたボリューム。足は膝下まである黒革のいかついブーツ。頭にはギャルソンキャップ仕様の軍の略帽。きついアイメーク。激しい炎が風で横になびいてゆくような目の形。
同じ中庭の画面。黒服の女達のうち四人はそれぞれ、ギター、ベース、ドラム、キーボードを演奏する。ドラムとギター演奏のの激しい疾走。マイクを持った女が絶叫のように歌い始める。
闇を裂き 一人彷徨う
光無き 果てしない道
夢にさえ 思い出せない
あの夏の 君の微笑み
少年は廃墟の中を探し回る。そして部屋の一角の瓦礫を除ける。その下に小さな女の子が居た。同様にその子の衣服も顔も手も髪も汚れている。少年は女の子の手を引いてまた駆け出す。中庭を通り越して外へと走り抜けて行く。
中庭に現れる五人の白い服を着た女達。もう目のきついメークはなく、穏やかな顔。除々に画面に色がつき始めてくる。女達の顔が完全に肌色になったところで、画面がじょじょに暗くなって暗闇になる。
セピア色のモノトーンの画面。丈の低い草の生えた岡を少年は一人登って行く。岡の頂上に大きな窓がある。窓にかかる白の薄い生地のカーテンが風になびく。窓の向こうには白い服を着た女が五人、少年に微笑んでいる。少年はその窓を乗り越えて行こうとする。と、少年の衣服が引っ張られる。小さな女の子が少年の服をひっぱり留めている。女の子が首を横に振る。少年は窓を乗り越えるのをやめて、二人手をつなぎ駆け出す。少年達は画面から消える。岡の頂上にはもう窓は消えている。再び黒服の女達がそれぞれ楽器を弾く歌う。
うつろな夢に 白い朝
信じるものも 何も無く
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岡の上の黒服の女達の演奏画面がずっと続く。そして曲の終盤付近でまた画面が切り替わる。
白と黒のモノトーンの画面。夜、大きな銀杏の木の下に二人の子供は佇む。突然、空が明るくなる。除々に色がつき始め、カラーの画面になる。上空に現れた大きな発光体が、ぱっとはじけて、無数の蛍のような光になって空に漂う。二人の子供達の服も顔も手も髪も汚れが取れて、きれいな姿になってゆく。子供達は手をつなぎ駆け出す。途中でその姿は、ふっと消える。
真っ黄色に色づいた大きな銀杏の木の下に、黒いコスチュームの五人の女達が現れる。ドラム、ギター、ベース、キーボードを演奏し、一人が歌う。
遠くに響く 君の声
僕は帰ろう 鳥になり
胸にしみ入る あの思い出に
懐かしい君 幸せの夏
女はサビを甲高い声で絶叫する。
生きるために 未来へと 命つないで
僕は今 燃え尽きる