鋼鉄少女隊 完結
第十三章 インディーズデビュー
先日ピュセルメンバー内で決めた、バンドユニット結成の提案は、会社側より一蹴されてしまった。理由は、雪乃や戸田明日香の演奏技術は認めるが、今からエレキギターやベースを始めることになる吉村由衣や浜崎杏奈の技量を考えると、とても直ぐにはモノになるとは思えない。それより本業のダンスや歌をさらに磨いてくれ、というものだった。
やりたければ、休みの日に趣味でやるようにとも言われた。その上、雪乃は社長と玉置に呼び出され、将来、ガールズバンドを結成するというのは確約しているのだから、今はピュセルのダンスと歌に専念してくれと、懇々と諭された。
やっと説教から解放され、雪乃は社長室からピュセルの控え室に戻って来た。戸田明日香が慰めてくれる。
「仕方ないよ。会社には会社の方針があるしね。私達社員だからね。アイドルグループの中でも、うちは社員として月給もボーナスもちゃんとした金額が保証されてる数少ない会社だからね。我慢して! そのうち会社のほうが、何時とは言えないけど、ガールズバンド用にちゃんと楽器演奏できるメンバーを集めてくれると思うよ」
しかし、雪乃以上に憤懣やる方ないのが、浜崎杏奈と吉村由衣だった。直ぐモノにならないという言葉に、自尊心を深く傷つけられたようだ。アイドルとか芸能人になるような女の子は、外見とは裏腹に相当気が強い。特に二人は、オーディションで全国から集まった他の応募者達を押しのけてピュセルに合格したという、ある意味女の修羅場をくぐり抜けて来ていた。二人の中にはオーディション以来の、燃え上がる闘争心が涌き起こっていた。
「雪乃! 私、エレキベース買うことにしたわ。だから、お願い! 今日帰りに、楽器屋さんに付いて来て!」
「私もよ! エレキギター買うし。あなた、どんなのがいいか教えて!」
会社が言うように、趣味でギターとベースを練習してやる、と宣言する二人の鼻息に圧倒されてしまい、雪乃は思わず明日香の顔を見つめる。
「あらあら、うちの会社からのお言葉が、どうやら眠れる獅子たち起こしてしまったようね……。仕方ないわね。雪乃、二人にしっかり教えて上げて。この闘志じゃあ、案外、二人ともモノになっちゃうかも知れないよ」
雪乃は少し困ってしまった。
「あのー、私が今よく行ってる楽器屋さんって、横浜のほうなんですけど。そこは品揃えもあり、良心的なんですけども、浜崎さんや、吉村さんって家が全く逆方向ですよね。この辺りにも楽器屋あるんでしょうけど、私、行ったこと無いんで……、じゃぁ、私、玉置さんにこの辺りの楽器屋でいいとこ、紹介してもらって来ます」
「いいのよ、気にしなくて。私達、あんたと一緒に横浜まで行くから!」
会社からの帰り、雪乃は浜崎、吉村と共にタクシーに乗り、雪乃の家の最寄り駅近くにあるショッピングモール内の楽器店に行く。まず二人のそれぞれの楽器選びの熱心さと頑固さに雪乃は驚かされてしまった。この二人は何か、ピュセルの中では地味な印象があったのだが、こんな熱い心を持っていたとはと刮目する。
吉村はいろいろ触って、音を出してみた結果、雪乃が貸したSGタイプを買おうと決めた。音ではレスポールが気に入っていたようだが、なにせこのタイプは重いし、小柄な吉村の小さな手にはギターのネックが太すぎる。結局、国産の大手楽器メーカ、おそらく邦楽の楽器以外は全て作っているだろう、誰でもが名を知っているメーカのSG型のメタル仕様というのを、音を確かめて自分で決断して買った。価格が35万だった。
浜崎のほうは168センチと背が高い。この背の高さも浜崎をネックの長いベースには有利と考えた要因だった。浜崎は吉村にも増してこだわりを見せた。雪乃はあの日、浜崎に弾かせたのはジャズベースだった。割と初心者でも使いやすい。ネックが細くて扱いやすいからだ。しかし、浜崎は音を聞き比べて、ジャズベースよりも、プレシジョンベースを買おうと決めた。ネックはジャズベースよりも太いのだが、音の重低音と迫力はこちらのほうがある。しかし、楽器店は何処でも一番よく使われているジャズベばかり置いてあり、プレベは在庫が少ない。選択肢は少なかったが、浜崎も国産のメーカのものを買った。しかし、こちらはギター、ベースのみを作る、職人的な小さなメーカのものを選んだ。音が気に入ったらしい。こちらは37万だった。
雪乃はこの二人の楽器選びについて、二つの点で驚かされた。一つは雪乃に楽器のことをいろいろ質問はしてきたが、最後は自分の感性で自分の楽器を選んだことだ。何か、この二人は直にうまくなるんじゃないかという予感がした。
もう一つは、初心者にも関わらず、35万以上の楽器を何も迷わずぽんと買ってしまったことだ。といっても、今からプロのバンドを結成するのだから、これ位の楽器は当然といえば当然なのだが。ただ、エレキギター、エレキベースの場合、国産に限定するなら、他の楽器に比べ、プロでも使える品質の価格帯が以外と低い。管楽器なら、おそらく最低でも60万以上は出さないといけないだろう。
しかし二人の金払いの良さに、ピュセルというより、ピュセルプロジェクトは給料がいいとは聞いていたが、なるほどと感心した。ピュセルプロジェクトは最初の一年間は薄給だが、次の年から突然高給になると聞かされていたのは本当だったんだと。しかし、現在雪乃はその薄給だった。家には古いが、いい楽器がたくさんあったのだが、そのうち給料が上がったら、自分も最新の楽器を欲しいという気持ちをかき立てられた。
しかし、その三日後もっと驚かされることとなった。浜崎と吉村が楽器を買って練習しているというのを知って、彩も買うと言いだし、二人でまた同じ店に行った時だ。ギターなど触ったこともない彩が、フェンダーUSAのストラトキャスタの1974年のビンテージギターを60万でぽんと買ってしまったのだ。雪乃は唖然としてしまった。ショーケースに入っていたそのギターに一目ぼれしたそうだ。在籍10年、現在ピュセルリーダの彩なら、一体幾ら給料をもらっているのだろうかと気になったが、さすがに聞いてみるのも気がひけた。
ピュセルの控え室で、ボリュームを低くしてやるなら、エレキギター、ベースの練習をしてもよいという許可を、彩が得てくれた。ピュセルの部屋は事務所のフロアよりも一階分上にあり、会議室や予備室がほとんどなので、許可されたようだ。もちろん、その練習も自分達の本来の仕事を終えて、帰宅するかわりに居残りして練習してもよいということだった。しかし、さすがにドラムだけは禁止された。床に響くからだ。浜崎、吉村、彩がある程度出来るようになったら、自分たちで使用料を分担して練習スタジオを借りようとも考えていた。
ダンスのレッスン、ファンクラブイベント、新曲の録音、それに秋のコンサートツアーの開始などと忙しかったにも関わらず、浜崎、吉村は二週間ほどで、あのアニメ曲を弾けるレベルに達してしまった。家でも相当練習したようだが、二人の集中力がすごかった。彩もなんとかパワーコードは弾けるようになった。もちろん、休みの日は雪乃と特訓していたのだ。