鋼鉄少女隊 完結
「はい、自分の考えはあります。上から目線で叱られるかもしれないけど、うちの会社もこの事態にはよく対応しているとは思います。要は、こんな大軍に対しては正面からぶつからないということです。ピュセルはお城に立てこもって、戦ってると思います。つまり出来るだけ、損害を少なくして持ちこたえようとしています。だから、新規に大きな広告を打つような、お金の持ち出しになるようなことはせず、地道にコンサートとグッズ売り上げで利益を上げています」
雪乃はメンバー達を見据える。
「でも、籠城戦は援軍が来るとか、冬が来て敵の補給がままならなくなるっていうような将来に反撃のチャンスが無ければ、最後の一人までただ生き延びていくだけの絶望的なものだと思います。で、会社のほうも正面から戦うのではなくて、いろいろと側面に回ってとか、考えてはいるんだろうなぁと思います」
雪乃は心なし目を見開く。
「で、私の考えっていうのも、正面突破じゃなくて、カモフラージュしてずっと迂回して別のところで戦いを起こすってものです。でもやはり人間、自分が経験してきたことしか、思いつかないというか。麻由ちゃんが自分のこと歌バカだって言うように、私もバンドバカだから、こういうことしか思いつきませんでした」
雪乃は新しく自分たちの部屋に引いてもらったLANケーブルをパソコンにつなぎ、インターネットの動画投稿サイトに入り、一本のテレビアニメのエンディングを表示する。もちろん、プロジェクタでホワイトボードに投影されているので、みんなにも見える。
「この『星ヶ丘高校軽音部』ってアニメのエンディング曲なんですけど、結構人気あります。CDの売り上げもいいです」
その動画は、アニメの主人公の女子高生達によるガールズバンドが演奏していた。アニメソングながらダークなハードチューンの曲だった。高校の軽音楽部のガールズバンドのアニメなのだが、アニメなので声優の女性達が演奏しているわけではなく、相当な手練の男性達がバックバンドとして演奏し、声優達が歌だけ入れているというものだった。
「これ、やってみませんか? 実は去年のアニメソングカーニバルで、主催側がこの声優さん達招待したんですけど、断られています。主催側は男性バックバンドの前で、このガールズバンドの声優さん達が歌ってくれたらって思ったんでしょうけど。で、急遽、実際に演奏活動しているガールズバンド『デンジャラス』ににカバーを依頼して出演してもらって、この曲やったんです」
画面を消して、このアニメ曲『Don't touch me!』だけをを流し続ける。
「そのガールズバンドの演奏が、賛否両論だったんです。元のアニメの中のバンドでは、ドラム、ベース、ギター、キーボードですが、このバンドはキーボード無しで、ギター二本なので、それなりのアレンジして、間奏部などは結構オリジナルでやったんです。すると、バンド演奏聞き慣れている観客は、なかなかいいと感じたんですけど、バンドなんかに全く興味無かったけど、このアニメのファンという人達は、アニメのエンディング曲そのものを完全コピーしてないからって、すごくけなしたんです。デンジャラスさんにとっては迷惑な話です。元々、このグループは他のアニメの主題歌もやってるし、アメリカでもコンサートツアーやってるすごいバンドなのに、ひどい話です」
雪乃は他のメンバー達を見回す。
「で、私これやってみようと思ったんです。これってすきま産業っていう意味であってるんでしょうか? 要はこの曲に対する需要はすごく有るんです。CD結構売れています。このアニソンカーニバルの数ヶ月後、男性バックバンドの前で歌うこのアニメの声優さん達のコンサートも単独で開かれたんです。アニメ中のすごく簡単な一曲だけ、声優さん達が実際に演奏してやったらしいです。素人なんで、演奏ボロボロだったらしいです。で、アニメと同じ楽器編成でガールズバンドで完全にコピーしてやったら、次のアニメカーニバルに出れるんじゃないかって思ったんです。これは毎年11月にアリーナでやりますけど、録画されたものが、お正月の二日か三日にNKTVで放送されます」
麻由がぽかーんとしている。
「雪乃は誰とそれやるの? あなたが、どっかのバンドに入ってやるってこと?」
「だからぁ、このピュセルでやるんです! 私達がやるんです。とにかくグループとしてテレビに出て、私達ピュセルです! って言ってやりたいんです」
雪乃以外のメンバーが揃って、しーんとなる。麻由が狐に摘まれたような顔をしている。
「無理、無理よ! 何言ってるのよ。私達、ダンスボーカルのグループだよ」
雪乃は自分のノートを開く。
「無理じゃあありません。ドラムは私がやります。それで、ピュセルのメンバーの人のプロフィール調べてあります。まず、ギターは吉村由衣さん。吉村さん中学のときからギターやってたんですよね?」
八期メンバーの吉村由衣十八才が、あわてて首を横に振る。
「いや、それは無理よ。私、やってたのアコースティックギターよ。フォークギターでお父さんと、なんか古いアメリカのフォークソング、コード弾きながら歌わされてたの」
「すばらしい! エレキギターの場合、コードは三弦も鳴らしません。二弦だけのパワーコードです。それに今日、エレキギター持ってきてるんです。ギターのアンプは会社のほうに貸して貰えることになってます。ちょっと、鳴らしてみませんか?」
「駄目よ! 雪乃! あんたのギター演奏見たけど、とてもあんなこと出来ないって!」
「大丈夫です。この曲に関しては、パワーコードを弾くだけですから。あ……、ユニゾンチョークのとこも少しありましたけど。チョーキングってやったことあります?」
「ああ、お父さんはアコギでそれやってた。音高くしたりするやつでしょ」
「そうです。二弦まとめて音の高さ変えるのがユニゾンチョークです。教えますから。吉村さんだったらすぐ出来るようになりますよ。数カ所しかありませから」
吉村由衣が疑わしげに雪乃を睨む。
「ほんとに、それだけなの?」
「あ、ごめんなさい。ピッキングハーモニクスのとこもありました。高い倍音響かせるんですけど、でも、最初はそんなとこ無しで、パワーコードだけでいいですから、とりあえず今日試してみませんか?」
「そうねぇ。試すだけだよ。実はね、私エレキギター欲しいなぁって思ってたんだ。今、マンション住まいだから、アコギって結構、音大きくって近所に気兼ねして弾けないのね。エレキならヘッドフォン付けて外に音漏らさずに弾けそうじゃない」
「じゃあ、とりあえず、ギターは吉村さんということで……。あ、わかってます。試してもらって嫌ならいいです。で、次にベースですけど、浜崎さん」
浜崎杏奈が驚いたような顔をする。
「私! それは駄目よ。私、由衣と違ってギターとかベースとか弦楽器なんて全然触ったことないのよ。それは無理よ」
雪乃は手に持ったノートをめくる。
「浜崎さんは小学校の時からずっとピアノ習ってましたよね。ピュセルに入って中断していたが、最近また、家で練習始めだしたって情報が入ってます」
「だから、ピアノ。ピアノよ」