鋼鉄少女隊 完結
第十二章 鋼鉄少女隊
数日後、戸田明日香と浅井麻由がピュセルの控え室に、キャスター付きのホワイトボードを持ち込む。
「雪乃! これくれるって。倉庫に入れてあった古いやつだけど、もうここに置いといていいって」
ほぼ同時に藤崎彩がプロジェクタを持ってくる。
「雪乃。これ事務所から借りてきたけど、私、使い方知らないからね。あなた大丈夫よね?」 雪乃はプロジェクタを受け取って、テーブルに置く。
「はい。私、中学の新体操部でミーティングするとき、これ使ってパソコンに保存してある演技の動画や静止画表示する役割でしたから」
雪乃はプロジェクタを電源につなぎ、持ってきていたノートパソコンを接続し、パソコン内の文書ファイルの文面をホワイトボードに投影する。
先日、彩に頼んでおいた、ピュセルメンバーによるミーティングを開いてもらったのだ。ホワイトボードの前にスチールパイプの会議机を置き、ピュセルの雪乃以外の八人が着席する。
「さて、最初にお断りしておきます。私って、軍事オタクのお祖父ちゃんと一緒に居たので、結構、軍事用語みたいなのが頭に入ってしまってます。申し訳ないですけど、用語が意味不明なときはその都度質問してください。で、いきなり、本題に入りますけど、『グループとしてのピュセルが全マスコミより完全に無視されている理由』について、私がネット上で得た情報を整理したのを、以下に書いてます」
雪乃は指し棒と呼ばれる、車のラジオのアンテナのように伸びる金属製の棒で、ホワイトボードに投影されている文面を指す。
「まず反ピュセル側の主張です。ピュセル黄金時代に、グリーンプロモーション側がその人気の威勢を借りて、自分の会社の他のアイドルグループ、ソロのアイドル歌手達を番組に押し込んだというものです。いわゆる業界用語での、バーターというやつです。ピュセルを出演させてあげるから、自分の事務所の新人を出してくれっていうやつです。当時、グリーンプロがそういうゴリ押し出演をテレビ局に強要したため、ピュセルの人気が下火になったと同時に、テレビのプロデューサ達が当時の恨みで、出演を拒否しているというものです」
雪乃はちょっと首を傾げる。
「でも、この理由は腑に落ちません。何故なら、現在でもピュセルの卒業生達はバラエティ番組に元ピュセルとして、何人も出演しています。現役ピュセルメンバーすら、個人では出演できています。ただ、ピュセル本体、グループとしてのピュセルの出演が拒否されています。プロデューサ達が怒って出さないなら、こんなに中途半端にでも出演できるわけがありません」
次にホワイトボードの下部の記述を指す。
「親ピュセル側および、中立的な立場からの意見です。AZUMIを売り出して行くために、グループとしてのピュセルは一切のマスメディアから抹殺されたというものです」
AZUMIとは五年前に秋葉原の小劇場で結成されたアイドルグループで、内部の桜組、百合組、楓組にはそれぞれ16人在籍で正規メンバー48人。且つ研究生グループを入れると総勢60人を超す大所帯のグループである。当初は初期投資を回収出来ず、負債20億円といわれていたが、三年前からマスメディアの露出が多くなり、ついにはAZUMIは国民的アイドルグループになったと、マスコミは声高に報じている。
「AZUMIのバックに大手広告代理店TDNホールディングスが付いています。TDNはAZUMIに国民的アイドルグループという名を与えるため、その前に国民的アイドルグループと言われたピュセルを抜いたという情報操作を行っている。ピュセルをもう終わったグループとするため徹底的にピュセルのマスメディアへの露出を押さえているってのが、私にとっては最も信憑性のあるものです」
浅井麻由が手を上げる。
「はい! 質問! どうして広告代理店のTDNが全てのマスメディアを言いなりできるんですか?」
「はい。いい質問です。TDNは広告代理店としては世界五位、国内では一位の売り上げを持ってます。国内二位の白水舎に比べてもその売上高は二倍という大規模な会社です。で、TDNさんは、日本国内のテレビ局、大新聞、雑誌の全ての広告枠の大きなスペースをまとめ買いしています」
麻由が尋ねる。
「まとめ買いするってのは?」
戸田明日香が口を挟む。
「私達のコンサートの地方での売り興業みたいなもんよ」
麻由が頭を抱える。
「あー! わかんない! 売り興業なんて……そんな、業界用語言われても、私わかりません。私、歌バカですから……。最近は、ダンスバカにもなりましたけど。すいません。もうちょっと初心者でもわかるように説明してください」
雪乃の了解を得て明日香が説明を始める。
「売り興業っていうのは、地方のプロモーターに私達のコンサートの興行権を丸々、先に売ってしまうってことよ。東京では自社興業だけどね。だから、チケットが売れても売れなくても、うちの会社は先にプロモータから、お金受け取ってしまって、チケットの利益も損失も全部プロモータ側取るってわけよ。私達の会社にとっては、楽ちんでリスクが無いってやりかた」
雪乃が後を説明する。
「はい。そのプロモータさんと同じことをTDNさんがやってます。TDNさんは新聞、雑誌の広告欄を、広告の顧客がまだ決まっていないのに、先に買ってしまいます。テレビでは広告の時間枠です。半年分単位で一度にごっそりと買ってしまいます。それから、TDNさんは企業から広告を取ってきては、その欄や枠に入れてくれるわけです。ほんとマスメディア側にとっては、これほど楽な商売はありません。で、TNDさんはマスメディアの最大のお客様で、且つこの会社が広告入れてくれなければ、現在インターネットなどの発達などさまざまな理由で、経営不振になっているテレビ、新聞、雑誌は潰れてしまうわけです。だから、全マスメディアはTDNの言うことを嫌でも聞いているんです。自分たちの命、握られてしまってますから。だから、AZUMIさんはTDNさんの力で毎日テレビに出まくり、毎週雑誌の表紙やグラビアに出まくりです」
六期の浜崎杏奈が手を上げる。
「質問なんだけど、いい? 民放テレビの場合はCM入れないとやってけないけど、私達の払う視聴料でやってて、CM入れていない日本公共テレビ、NKTVの場合はどうなの? TDNから広告もらってないのに、どうして私達を出演させてくれないの?」
「はい。それもすごくいい質問です。もー、日本の暗部をえぐり出すような質問です。NKTVさんの場合、TDNさんから確かに広告もらっていません。でも、NKTVは番組制作を子会社の番組制作会社に丸投げしてます。当然、私達の払った視聴料は番組制作費としてその会社に渡されます。で、その番組制作会社の大株主がTDNさんです。これは噂ですが、TDNからNKTVのプロデューサにバックマージンが払われていると言われてます」
麻由が机の上に顔を伏せる。
「だめじゃーん。そんなの、無理……。相手がすごすぎるよ。私達、絶対勝てないよ……」
彩が口を開く。
「雪乃、あなたには何か考えがあるんでしょ。あなたって、何か方法も無しでこんな絶望的なことだけ言う人じゃないよね」
雪乃は肯く。