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鋼鉄少女隊  完結

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 それとね、もう一つ別の解決手段があると思います。私も小学校低学年で、事故で死んだ両親の死体見てから、少し変になってて、それから男の子の人格作ってしまったんじゃないかなぁって、思い当たることあるんです。でも、私の作った男の子はあなたのように分離してなくて、私とうまく溶け合っているようです。たまに男勝りとか言われるんですけど、そういう時って私の中の男性的な人格の部分が出てしまっているようです。でも、その男性は決して表に出てこようとしなくて、ほんと私にとっていざって言う時だけ現れて手を貸してすぐ去っていくようです。すごい思いきりのよさ、瞬発力を与えてくれてます。どうやったらいいか、わかりませんけども、あなたも彩ちゃんと溶け合ってしまえばいいんじゃないでしょうか」
「そんなのわかんねぇよお!」
「だから、長い眠りの中で、楽しい夢見るだけじゃなくて、じっくり考えてみてください」
「そんなの無理だよぉ! なぁ、今度俺は何時、表に出して貰えるんだよぉ? それだけ約束しておいてくれ。まさか、彩が死ぬまでって言うなよ。俺のことかわいそうだって思わないのか? 俺だって、一つのちゃんとした人格だぞ!」

 雪乃はぷちっ! と切れる。
「うるさい! 聞き分けの無い子供みたいなこと言うの止めろ! ほんとに……。そう……。もし、何時の日か、彩ちゃんが年を取って亡くなるときが来たら、私、お葬式であなたの為に祈るから。誰一人あなたのこと知る人が居ないなんて思わないで。私はあなたのことずっと覚えてて、あなたのこともお祈りしますからね」
 タケルは雪乃の言葉の端々をなんとか拾ってでも、会話を続けて雪乃の実力行使を遅らせようとしていた。
「俺のために祈ってくれるなんて言ってもよぉ。おまえの方が彩より先に死んだらどうなるんだ。その時が誰が俺のために祈ってくれるって言うんだよ。なぁ、俺のことかわいそうだと思わないか?」
「長い先の事だから、そういうこともあるでしょう。なら、ここで彩ちゃんのお葬式のときに、あなたの為に祈るだろう私の言葉を先に述べておきます」
「やめろ! 縁起でもねえ。生前葬儀みないなことやめろよ!」

 雪乃はタケルの言葉などお構いなしに、自分の言いたいことだけを話し始める。
「わたしの以前いた学校って、キリスト教の学校で、授業の中にちゃんと宗教の時間があったんです。私、新約聖書のマタイによる福音書の第六章がとても好きで、その文語訳が特に好きでした。野の百合の話が出てきます。実は、百合じゃなくこれは、アネモネじゃないかと言われているって聞きました。
 アネモネは真っ赤な花で、風が吹くとすぐ散ってしまう、はかない花です。今日一日の命しかない野の花だって、今日一日を輝いて生きてるんだよって教えです。花の命は咲いている時間の長さじゃないですよね。どんだけ、きれいに咲けるかですから。例え一日でも咲けば、花は花です。
 私がこのアネモネのことが出てくる聖書の言葉を言うのはね、アネモネの花言葉が『はかない恋』だからって理由もあるんです。あなたは、とりあえず、私の初恋の人ですから。
 マタイによる福音書 第六章28章から34章までをあなたに捧げます。
 又なにゆえ衣のことを思ひ煩ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、労せず、紡がざるなり」
 雪乃はタケルの後頭部のほうに覆い被さってゆく、左手をV字型にして、首の下に回して、首に巻き付ける。右手はタケルの後頭部を押さえる。頭突きを防ぐためだ。
「やめろ! やめてくれ!」
「されど我なんぢらに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだに、その服装はこの花の一つにも及かざりき」
「なぁ、雪乃! おまえの事好きなんだよ。だから、助けてくれよぉ」
「今日ありて明日炉に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装ひ給へば、まして汝らをや……」
 雪乃はタケルの言葉を無視して、新約聖書の言葉を次々と唱え続け、そして最後の34章を口にする。
「この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦労は一日にて足れり。アーメン」
 雪乃は左手のV字型をくっと狭めて、頸動脈を圧迫する。そして大きな声で1から10までの数を数えて、その手を放すと、タケルはもうすっかり静かになっていた。

 背中で縛っていた手を解き、今度は仰向けに横たわらせ、もう一度前で腕を縛る。目を覚ましたとき、彩に戻っていずに、まだタケルだった場合を警戒してだ。それから、雪乃はタケルの食事の後に作っておいた麦茶をヤカンごと持ってくる。床にスチールのトレーを敷き、その上にヤカンとガラスのコップ二つ置く。水道の水で冷やしておいたのだが、水温ほどにはなっていた。
 麦茶をコップの一つに入れて、二杯飲み干す。しばらくして、
「うーん」
という声がして、目を覚ましたようだった。雪乃はどちらの人格が現れるかと慎重に観察する。
 その顔の表情は柔和で、目も穏やかだった。しかし、まだ警戒しなければと見守る。目をパチパチしながら、横たわっまま、何かを思い出そうとしているような、怯えたような目をしていた。
「雪乃……。そうだったんだ。あなたが助けてくれたんだ……」
 その声はタケルの荒っぽい声では無く、彩の柔らかく暖かい声だった。

「彩ちゃん! ごめんね。ひどい目に合わせてしまって……。私、この方法しか思いつかなかったの」
 雪乃は彩の手と足を結わえたロープを解いてやり、もう一方のコップに麦茶を入れて、彩の体を起こして飲ませてやる。
 彩は次第に元気を取り戻して、自分で立ち上がりソファに座る。雪乃も彩の傍らに心配そうに座る。
「彩ちゃん。大丈夫? 何ともない?」
 彩がいきなり、雪乃に抱きつき頬ずりする。
「ありがと。あなたが来てくれなかったら、私まだずっとあの人のままだったと思う。あなたは、恩人よ」
 雪乃は少し照れる。自分はタケルより彩のほうが何倍も好きなんだというのを実感する。

「でも、あの人また何時か出てこないかと、私すごく不安なの」
「大丈夫ですよ。お酒さえ飲まなければ、最近では入れ替わらないらしいから。あの柴田さんみたいな不埒ものには気をつけないといけませんけどね。彩ちゃんが、苦しみを自分で引き受けるようにしたから、あの人はもう出てくることできませんよ」
「でも、あの人、どうなるんだろ。私の中でずっと眠ったまま、居続けるのかな?」
「たぶんね。これって、素人考えなんで、ほんとのとこどうかわかりませんけど……。たとえば、スポーツや楽器演奏の高度な技って、毎日練習していないと直ぐに出来なくなるじゃないですか。高度な複雑な動作には、頭の中にも複雑な神経の集まりが出来てるんじゃないですか。それは使わないと直ぐ無くなっちゃうみたいな。だから、練習さぼってると単純な基本技しか出来なくなります。だから、十年以上も立てば、あの人の人格を作ってた複雑な神経の集まりも退化しちゃって、今度現れた時は、五歳くらいの男の子になってるかもしれませんよ。僕、タケルでちゅー、みたいな。可愛くていいですけどね」
 彩は微笑みながら雪乃の手を握る。
「ありがとう。あなたにそう言って貰えると、心が軽くなるわ。私、頑張って今後、あの人が現れないようにしますから……」
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫