鋼鉄少女隊 完結
第十一章 チョークスリーパー
雪乃は大声を上げて泣き出しはしたが、しばらくして泣きやみ、タケルの顔を睨みつける。
「わかりました。私もあなたの外出に付き合います。でもその前に彩ちゃんのこと全部教えて下さい。屋外で彩ちゃんの秘密話されたら、何処の誰に聞かれるかもしれません。だから、この部屋で聞かせてください。そしたら、あなたの行きたいとこ何処にでも付いて行きますから」
「じゃあもう一度上がれ!」
タケルはリビングのほうに向かう。雪乃は立ち上がり、その後を追う。しかし、手にはシューズボックスの上に置かれていた、籐編みのカゴを持っている。その中には彩が普段使っているらしい、縄跳びの縄が三本入っていた。
雪乃は一人心の中で呟く。
『ふん! 恋愛ってこういうもんだったんだ。妄想みたいなもんじゃない。自分の勝手な勘違いなんだ。この人が本物の男性だったなら、私、こんな事ちっとも気付かず、舞い上がったままだったかもしれないけど……』
タケルはリビングの応接セットのソファに、どかっと腰を下ろしている。雪乃はその前のフローリングの床にべったりと座る。タケルとの距離は二メートル程ある。雪乃はアグラ座りをする。右足を下にしてその上に左足を載せ、右足は膝外からつま先まで床にぴったりと付き、左足はぴったりと右足に載って折りたたまれたようになっている。座禅やヨガの半跏趺坐という座り方で、仏像などはこの座り方になっているものも多い。股関節が柔軟でないと出来ない。
タケルが嫌な顔をする。
「おい! おまえ、女だろう。いくらショートパンツ履いてるとはいえ、股間こっちに向けてて恥ずかしくないのか?」
「あ、別に……。だって、あなたも女の人ですし……」
タケルが怒鳴る。
「うるさい! 俺は男だ! 女などと二度と言うな!」
雪乃は悪びれず、さらっと答える。
「あ、ごめんなさい。今は彩ちゃんじゃないんですよね。でも、私、精神的に動揺した時、こういう座り方すると、すごく落ち着くんです。これで失礼させて下さい」
雪乃は傍らのトートバッグをアグラ座りの上に置いて、ショーパンの前面を隠す。それから、持ってきたカゴから縄跳びの縄を取りだして解き、また巻き始める。ビニールの紐のやつは、左手に巻き付けてゆく。布の紐の方の二本は両側を結び、一本にして輪状に巻き始める。
「おい、おまえ。さっきから何やってるんだ?」
「あ、ごめんなさい。私、新体操でロープ使って演技やってたから、こうやってロープ触ってると、精神的に落ち着くんです。もうびくりしてしまって、さっきから胸がどきどきしていて、気を静めるためにやってるんです」
「ふん! 変わった女だな。まあ勝手にやってろ。それで、おまえ何から聞きたいんだ?」「まず、どうして彩ちゃんは二つの人格になってしまったのかを、教えてくれませんか?」
タケルはソファーに浅めに腰を下ろし、両足を前に投げ出して広げ、頭は天井を見上げるようにして話し始める。
「彩が俺を作ったんだ。小学生の頃だ。原因は母親による虐待だ。その虐待に耐えきれず、その苦痛を引き受けてくれる強い男の人格として、俺を作ったんだ。
その母親は藤崎のほう母親じゃない。彩は藤崎の養女なんだ。彩の前の姓は安村という。母の名前は安村和子だ。安村葉月と言う芸名の演歌歌手だった。母は東京に出て、演歌歌手として売りだそうとして努力はしたが、結局、あきらめて故郷の秋田に帰った。父母は亡くなっていて、兄夫婦が実家に居て、和子はしばらくして、実家で子供を産んだ。和子は産まれた子供の父親の名をがんとして明かさなかった。子供は女の子で彩と名付けられた。戸籍に父親の名は無い。私生児として届けられた。
兄の嫁、和子の義理の姉との仲は悪く、和子は彩を連れて実家を出て、親子二人で暮らし始めた。母はスナックの店員として働き出した。好きな歌をカラオケで歌えるからだ。彩がもの心つき始めた頃から、母は男を連れて来ては、彩にこの人が父親だって言った。しばらく、その男を父として親子三人では暮らしてはみるが、男は例外なく家を出て行ってしまった。母は男が出て行くと、他県に引っ越して、またスナックに勤めた。
三人目の父親と称する男が家を出て行ったのは新潟の港の近くだった。和子はもう引っ越しをしようとはせず、それから酒を飲んで酔っぱらって帰ってくると、彩を罵り、殴り蹴った。彩はそれに耐えきれず、自分の想像の中に同じ年齢のタケルという男の子を作った。痛いこと苦しいことは自分ではなく、タケルが引き受けてくれるっていうふうにな。解離性同一性障害のよくあるパターンだよ」
「で、あなたが受けた苦痛の記憶というのは、彩ちゃんには無いっていうことですよね?」
「それが、ちょっと違うんだな。俺と彩の人格は分離しているが、記憶は分離しなかった。母親が中途半端だったんだな。母親がもっと鬼畜に徹していれば、完全に俺たちは分離して、彩も虐待の記憶を持たないはずだった。だが、母も彩に似てヘタレでな、彩を殴り蹴った後、ふと我に返って、彩に謝り泣いて、もう一緒に死のうって言い出す。彩の手を引きずって港の岸壁に行って、心中しようとしたんだ。彩ものうのうと他の人格に成ってなど居られない。彩にもどって、死ぬのは嫌だと拒否する。すると、母親は自分だけ死ぬと言って、海に飛びこもうとする。彩は母の足にすがりつき、死なないでくれと懇願する。
こんな茶番劇が日常しょっちゅう行われた。前半が虐待ショーで、後半が母子心中ショーだ。彩もおちおち、他人格にバトンを渡しておくわけに行かず、結局、人格は分離したが、記憶は共有したままだった」
「と、言うことは。あなたが表に出てやったことは、彩ちゃんは自分がやった事でもないのに、全部覚えているっていうことですね?」
「そうだ。逆に彩が見聞きして体験したことも、俺は全部知っている。三日前おまえがヤブ蚊に刺されたんで、尻にかゆみ止め塗られてる姿もばっちり覚えているぜ。おまえ、なかなかのプリケツだったよなぁ」
雪乃は恐い目でタケルを睨む。
「そんなもんじゃないぞ、おまえ達、夏のコンサートで地方に泊まったとき、最上階に広い展望風呂のあるホテルがあったろう。おまえ達一緒に風呂に入ったよな。ばっちり見てしまったぜ。おまえの素っ裸、前からも後からも。おまえ、以外と毛は薄めだったよな」
雪乃はあきらめきった目をする。
「そうなんですかぁ……。記憶共有されてたら、まぁ仕方ないですよね。それで、お聞きしますけど、一方が表に出てるときって、他方はどうなんですか? 今、彩ちゃんには私の声とか全部聞こえてるんですか? 私の姿も見えてるんですか?」
「いや、それは無い。俺が出てる時は、彩は眠り込んでいる。もちろん、彩が出ているときは、俺が眠っているわけだけどな。でも、表に出たとき、眼を醒ます。すると、記憶には他方のやったことが書き込まれてて、朝起きたときに昨日やったことを思い出すように他方の記憶が手に入るわけだ」
「なるほど、それは手間がはぶけていいですね」
「どういう意味だ?」