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鋼鉄少女隊  完結

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 しかし、彩の場合は父母は定年後の田舎暮らしを望んで群馬の畑付きの家に引っ越し、ときおり自分達で作った野菜を送り付けてくるのだ。
 タマネギ、キュウリ、インゲン豆を取り出して、タマネギ、玉子でオムレツを作った。インゲンは水とともに電子レンジで加熱して柔らかくして、オムレツを盛った皿の横にスライスしたキュウリと共に載せる。レトルトパックのご飯をチンして、茶碗に盛る。スライスしたキュウリを塩もみして水洗いし、漬け物代わりにした。
 オムレツの上にかけるケチャップがない。段ボール箱に包装の袋に入ったままのマヨネーズがあった。
「あのー! マヨネーズとかは、お嫌いじゃないですよね?」
「ああ、大丈夫だ!」
 男が返事するので、オムレツと付け合わせの野菜にかける。実は彩はマヨネーズが嫌いなのだ。親戚なので、もしかしたら味の嗜好が同じではないかと危惧して聞いてみたのだ。
 鍋に水を入れ、火にかけた後、オムレツとご飯とキュウリの漬け物もどきをトレーに載せ、小出ししたソース、醤油入れと共に男の元に持ってゆく。次々と同時進行でやってるので時間的に10分もかかっていない。それから、沸いた鍋に炒り子だしの素を入れて、ワカメ入れて、味噌を素早く溶き味噌汁作って、男の元に届ける。時計を見る。これで丁度10分だった。
「手早いな。早い割にはうまい!」
 男が褒めてくれた。
「味噌汁お代わりできるか?」
 雪乃は味噌汁をもう一杯出す。

 男が食事をした後、食器、鍋、フライパンを洗い、キッチン付近を清掃した。ふと見ると、男がベランダに出て、外を眺めている。ここからは海が見えるのだ。風が男の長い髪を揺らした。
「もしかしたら、バンドとかやってるのかなぁ? 長髪だし」
 美人の彩に面立ちの似たその男は、なかなかのイケメンだった。美青年といったほうがいいだろう。
「ギターとか弾いてるのかなぁ? 横でベースとか弾かせてもらえたらいいのになぁ」
 雪乃は勝手な妄想に浸る。
「ぶっきらぼうだけど、口数少ないし、シャイな感じもするし、もしかしたらベーシストかなぁ……。じゃあ、私がドラムで二人でリズム隊とか……」
 小学校では少年達に混じって走り回ってはいたが、以後雪乃は若い男と会話をするような機会は全く無かった。最初は恥ずかしいのと不慣れなのとで、戸惑いっぱなしだったが、次第に年頃の女の子のように、甘美な妄想に浸り、一人で微笑んでいた。
「駄目! ピュセルに居る間は彼氏は作れないんだ!」

 ふと気がつくと男が傍らに居た。
「おい! さっきから呼んでるのに聞こえないのか? 何、一人でにやにやしてるんだ」
 男はベランダから戻り、インディゴブルーのジーンズに、アイボリーホワイトのだぶっとした半袖のポロシャツに着替えていた。廊下からキッチンに居る雪乃に声をかけていたのだが、雪乃が気がつかないので業を煮やし、傍らまでやって来たのだ。
「別に……。別に、何でもありませんよ……」
「おい、俺は散歩に行く。お前も付いて来い!」
「えっ! 彩ちゃんは? 彩ちゃん、帰って来ないんなら、私、もう帰ります」
 男は一瞬考え込む。それから雪乃の目をのぞき込むようにして言い放った。
「おまえ! 彩に聞きたいことがあって来たんだろう? 俺が代わりに教えといてやる。彩が何故、戸田を殴ったかとかな。後、彩と会社の社長とはどういう間柄とかな」
 雪乃は唖然とする。彩はこの親戚の男にそんなことまで話しているのかと、少し呆れてしまった。それに、彩本人以外の者に、そんなこと教えてもらってもいいのかとも考えた。しかし、男は雪乃の考えを見透かしているようだった。
「おまえ、彩に直接聞くほうがいいと思ってるんだろう。しかし、彩は自分からは、とても話す勇気を持ち合わせていないぞ。あいつはヘタレだ。俺が話してやったら、逆に彩は有り難がるはずだ」
 彩の件についての話を聞くという用件以外に雪乃は悩む。雪乃の煩悩だ。この人ともう少し一緒に居たいという思いが募る。この人の側に居ると何故だか、心が弾む。でもピュセルを卒業するまでは恋愛なんか出来ないんだとも思う。しかし、この人は彩の親戚なんだから、いいんじゃないかと、心が揺れ動く。そして、ふと子供の頃、祖父に教えられた言葉を思い出した。疑われるようなことはするな! という言葉だった。
「『李下に冠を正さず』です! 会社の人以外の若い男の人と歩いているとこ見つかったら、ピュセルに迷惑がかかります! ごめんなさい。私、このまま帰ります」 

 雪乃はトートバッグを肩にかけ、男より先にこのマンションを出ないといけないと思った。雪乃はさっさと靴を履いて、玄関に立った。
「あの、彩ちゃんによろしく言ってください。それから、散歩に行かれるなら、私が出て行ってから10分程待ってから、出て行ってもらえませんか? 一緒にマンションを出て行くのを見られると誤解されますので」
 雪乃はふとこの男の名前を聞いていなかったのに気付いた。明日、彩に家まで行ったことを話すとしても、今日会ったこの彩の親戚の男の名前を出さなくてはと思った。
「あのー、お名前なんておっしゃるんですか? 私は」
「村井雪乃だろ!」
「すいません。さっき、ドア叩きながら、自分の名前連呼しちゃったから、先に覚えていただきまして、ありがとうございます。で、あなたのお名前は? 明日、彩ちゃんに会ったときに話さなければならないんで、教えといてもらえますか?」
「俺か? 俺は……、タケルだ。彩は俺のことをタケルと呼んでいる」
「では、タケルさん。今日は突然、おじゃまして申し訳ありませんでした。彩ちゃんが帰って来たら、明日会社のほうで……と言っておいてください」

 雪乃は男に背を向け、ドアを開こうとする。男が追い打ちするように声をかける。
「おい、雪乃! 三日前に野外で水着で写真撮影したときに、おまえ、右の尻をヤブ蚊に刺されたなぁ。掻いたものだから、ずいぶん腫れ上がってたよなぁ。あの跡はもう消えたのか?」
 雪乃は振り向き、きっ! とした顔でタケルを睨む。彩もなんてことをこの男に話すのだろうと思った。ショーパンなんで、かろうじて隠れているが、まだ赤く跡が残っているのだ。しかし、男は次々と彩とかピュセルのメンバーでなければ知りようのない事柄を幾つも話してくる。
「お前が今来ているTシャツは二週間前に彩に貰ったものだろう。お前はそれのブランド名がわからないんだよな。それはシャブランのTシャツだ。消費税込みで10500円の品だ」
「一昨日のコンサートの昼食のケータリングに出てたエビフライの尻尾、残すなら自分にくれって言って皿持ってみんなのとこ回って、集まったエビの尻尾ばりばり食ってみせたよな。それ見て浅井麻由が『雪乃のピラニア芸』だって笑い転げてたよなぁ」
 雪乃の顔が少し青ざめる。彩がいちいちこんな細かいことまで全部、この男に話す訳がないと思った。この男って、もしかして自分の会社の社員、スタッフではないかと思い始めた。会社やコンサートや写真撮影の現場に一緒に居なければ、知り得ないことを一杯知っているのだ。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫