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鋼鉄少女隊  完結

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 雪乃が来るのを見計らっていたように、中年の女性マネージャが雪乃の分の写真が入った段ボール箱を持ってくる。雪乃も広いスチール机の麻由の向かいの席に座り、サインを書こうとマジックペンに手を伸ばす。と、急に麻由は自分の右手の甲を左手で叩き出す。
「この手が悪いの! この手が悪いの!」
 雪乃は吹き出す。
「もう、いいよ。そんな小芝居止めて! もう何とも思ってないよ。コンサートのノリだったんでしょ。昨日の舞台でしか、あんたに変なことされたことなかったから。変な趣味のある人だったら、もっと他の場所でもしてただろうしね。ほんと、舞台ではびっくりしたよ。歌もダンスも止まってしまったもの。しまいに、玉置さんやダンスの先生に怒られるよ! 次はもう悪戯無しよ!」
 麻由はほっとしたような表情をする。
「コンサートの舞台にはね、魔物が住んでるの」
「もう、何言ってるんだかね……」

 戸田明日香が入ってくる。白い眼帯で左目を覆っている。雪乃がそれに気付く。
「あっ、お早うございます。あれ戸田さん、目どうしたんですか?」
「ああ……、朝起きたら、ものもらいになってて……」
 麻由が驚いたように、明日香の顔をじっと見つめている。明日香も片方の目で麻由をじっと見返しながら、小さく首を横に振る。麻由がこくっと肯く。雪乃はこの二人のやりとりに何か不審なものを感じる。
 どうやら、明日香の今日の仕事もサイン書きのようで、二人からは離れた、向こうの事務机の上で仕事を始める。
 
 雪乃がトイレから出て、洗面所の前を通る。明日香が鏡に向かって背を向けている。その鏡に映った明日香の顔を垣間見てしまった。眼帯を外した明日香の左目の周りは青黒く腫れていた。
「わっ! 戸田さん。どうしたんですか? 青タンになってますよ!」
 明日香がびくっ! として、慌てて眼帯を掛ける。
「あ、見られちゃったの。恥ずかしくて、ものもらいって言ったけど、実は昨日お酒飲んで家帰って、酔って足取られて転んだのよ。壁で顔打っちゃった。恥ずかしいから、誰にも言わないでね」

 雪乃はサイン書きの席に戻ってくる。前では麻由がせっせとペンを走らせている。明日香は何か打ち合わせのためか、洗面所から直接事務所に向かったようで、戻って来なかった。
「ねぇ、麻由ちゃん。今、戸田さんの眼帯外した顔見たけど、目の回り青タンになってたよ。転んで壁で顔打ったんだって。でも、壁にぶつけたんじゃ、ああはならないよ」 
 麻由は雪乃のほうを見ずに、手を走らせ続ける。
「え、そうなの。危ないね。でも、戸田さんの言うように壁にぶつけたんでしょ」
 戸田も麻由も何かを隠していると思った。
「ねぇ、ああいうアザはね。壁じゃなくて、野球のボールに当たるとか、殴られるとかしないと付かないのよ」
 殴られるという言葉を発した瞬間、麻由がびくっ、と反応した。麻由の声が少し上づっている。
「何言ってるの! あんたに何がわかるの。本人が壁だって言ってるから壁でしょ」
 雪乃は麻由の顔をじっと見つめる。麻由はふっと目をそらす。
「ねぇ、麻由ちゃん。私達バディでしょ。私ね、あなたに嘘ついてたわけじゃないけど、言ってなかったことがあるの。
 私、小学校の頃、女の子の友達一人も居なかったって言ったでしょ。実は、小学校では私、すごく体が大きいほうだったの。だから、男の子達と野球したり、サッカーしたりして遊んでたの。ケンカもしたよ。男の子の顔殴って、あんなふうな顔にした事もあるし、自分が殴られて、あんなになったこともあるの。
 でね、もうあなたには、嘘ついていることないし、これで隠していること何もないよ。あなたの方はどうなの? 本当のこと教えて。 バディでしょ。 マユリン!」
 麻由は手で顔を覆いしばらくの沈黙の後、しゃべり始める。
「あなたの為なのよ! 戸田さんが眼帯してきたとき、私、ふとそうじゃないかなって思った。そしたら、戸田さんが、あなたのほうをちらっと見て、首を横に振った。だから、ああ、そうなんだって思った。雪乃には教えるなって、戸田さんの目が言ってた。だから、あなたが傷つかないようにって、戸田さんが気を使ったのよ」
「それ、どういう意味? そんなんじゃ、わからない!」
「だから、あなたの大好きな彩ちゃんへのイメージが崩れるのが、あなたにはとってもショックなことだろうと、戸田さん嘘ついてたのよ」
「彩ちゃんが、何の関わりがあるのよ!」
「だから、そう来るんでしょ。あなたって、彩ちゃんのこと聖母マリア様くらいに思ってる人なんでしょ。でも、彩ちゃんも普通の人間なのよ……」
 雪乃は拳を握りしめ、声を荒げた。
「彩ちゃんが戸田さんを殴ったって言うの! そんなことするわけないでしょ!」
「だからぁ! 私も現場に居た訳じゃないから、本当のことはわからないよ。私、あんたと一緒に帰ったじゃない。それに二十歳未満だから、お酒飲むような席には出たことがないし、ただ噂聞いただけなのよ。メンバーの人が着替えの時、腕や胸に青アザがあったの。どうも、そうらしいの。彩ちゃんて、お酒飲むと変わるんだって。すぐ人を殴るらしい……」
「そんなの嘘よ!」
「ああ、嘘よ! あなたがそれで納得するなら、今言ったことはみんな嘘よ! お願いだから、これ以上私に聞かないで。実際に昨日の二次会に行った人に直接聞いてよ」

 雪乃は部屋を飛び出してゆく。事務所のほうに行くが、明日香は見あたらない。ふと、見るとコピー機の横に、昨日二次会に行ったはずの、若いマネージャーの女性が居た。この人は大学を卒業したばかりで、雪乃より入社が一月早いだけの新人だった。
「柴田さん! ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど、時間いいですか?」
 コピーをしに来たらしいが、コピー機には既に、誰かの大量の原稿がセットされて動き続けており、空くのを待っている状態だった。
「ああいいわよ。二・三分なら」
 雪乃は柴田の腕を掴み、コピー機の傍らの資材室に連れ込む。コピー用紙や、インクや段ボール箱が積まれている。
「どうしたの? 人に聞かれたらまずいこと?」
「昨日の二次会の件なんですけど」
 柴田は嫌な顔をする。
「あっ、ごめん。もう一階上にもコピー機あったよね。私、急ぐのよ」
 雪乃は柴田の腕を掴んで放さない。最初から、はったりまがいに、自分が全てを知っているというふうを装った。
「私、藤崎さんと戸田さんのこともう、聞いて知ってるんです」
「そう、知ってるの? もう広まっちゃったの? で、知ってるのに私に何を聞きたいの? 戸田さんは藤崎さんが手を出したこと不問にしたいと本人が言ってるんだから。あちこちでべらべらしゃべらないでね。ピュセルメンバー内だけに留めておかないと、マスコミが嗅ぎつけたら、あとあと大変よ」
 雪乃はガーンと頭を殴られたような衝撃を受ける。どうやら、事実のようだった。雪乃はもう次に何を聞いていいのかわからなかったが、思いつきで尋ねたことが、さらなる核心を突いてしまった。
「こういうのって、なにか処分とか罰則とかあるんですか? 藤崎さんとかピュセル全体に?」
 急に柴田は聞きもしないようなことを含めて、べらべらしゃべり出した。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫