鋼鉄少女隊 完結
第九章 深い闇
ピュセルのプロデューサの玉置が首を傾げている。
「浅井って、どうなったんですかね? 急にダンスがよくなってるけど。歌唱力はあるけど、リズム感ないというか、ダンスいけてなかったのに、なんか教授法変えたんですかね?」
ダンスの指導をしている、浜田という中年女性も答えに窮しているという状態だ。
「いやー……。別に……。ただ、新しく入った村井雪乃と自主練習させておいたくらいですけどね。実は、懲罰の意味で、後輩に習え! って突き放したんですけど」
「懲罰ですか?」
「そうですよ。ちょっとは屈辱感から、やる気出すかと思って……。あの子のやる気を引き出せれば、また、じっくり指導しようと思ってたのに、二人で練習させたら……、あの通りですよ」
ダンススタジオで練習していたピュセルは、今、休憩中で、板敷きの床の上にメンバー達が座りペットボトルの水を飲んでいた。休憩にも関わらず、雪乃と麻由の二人だけが踊り続けている。
玉置はそんな二人を遠くから見つめ続ける。
「共鳴効果みたいなものですかね?」
浜田が訝しげな表情をする。
「共鳴ですか……」
「いや、別に意味もない、冗談ですけど。ほら音叉を鳴らすと、同じ周波数を持つ別の音叉が鳴り出すってあるじゃないですか。村井は新入りだけど、結構出来るでしょう。その村井の振動に共鳴して鳴りだしたって……。まぁ、戯れ言ですけど。で、村井のダンスはどうなんですか? いいもの持ってると思ってるんですけどね」
「ああ、あの子はできすぎくらいですよ。体幹ができあがってますよね。ダンスやるには理想的な体になってます」
「体幹というのは?」
「おおざっぱに言えば、手や足の筋肉以外の胴体の筋肉ですね。あの子は手足の筋肉ばかりに頼らず動けますから、一本、天に向かって伸びる垂直の軸の、軽いきれいな動きしますよね」
玉置はふーんと肯く。どうやら、この二人を組ませてのユニットのようなものを考えているらしかった。
夏のピュセルプロジェクト全体コンサート、千秋楽の楽屋。昼公演が終わり、楽屋でメンバー達が休憩している。楽屋は出演する各グループごとに分かれている。
戸田明日香の声がする。
「ちょっと! 雪乃! それ、通信高校のレポートでしょ。あんたが書いたの丸々麻由に見せてやってたら、本人のためにならないでしょ」
雪乃と浅井麻由が楽屋のスチールのテーブルに、教科書やガイドブックを広げて、通信制高校に提出するレポートを作成している。二人は同じ通信高校の同じ学年だ。
「だって……」
雪乃はそれ以上言えずに、口ごもってしまう。
「麻由! あんた、自分でそれくらいやっとかないと、後で泣きみるよ。忙しくて高校行けないんだから、せめてそれくらい自分で勉強してやっとかないと、ほんと、将来もの知らずのバカな大人になっちゃうよ!」
「私のとどう違うか参考にさせてもらってるだけですから、ちゃんと自分のは書いてますから」
明日香は疑わしげな顔で向こうに行ってしまう。雪乃が小声で二人にだけ聞こえるように言う。
「ねぇ、あんた、さっきの昼公演の事。どうして、あんなことするの? 私、びっくりして、次の歌詞飛んでしまったよ。あれから、歌もダンスもボロボロ!」
昼公演の舞台上で、雪乃のソロの後の間奏を狙い、麻由がいきなり抱きつき、頬にキスをしたのだ。
「横浜のお祖父ちゃんとお祖母ちゃん。静岡のお祖母ちゃんも、今日わざわざ見に来てくれてたのに、私、恥ずかしくて……。もう……、あんたおかしいよ!」
麻由はただにこにこ笑うだけだ。雪乃は眉をひそめる。
「それから……、もう口にするのも恥ずかしいわ。私のお尻触るのやめてください!」 麻由は微笑みながら、ぽつぽつと答え出す。
「私ね、ピュセルに入った十四歳の頃、もう卒業した四期の原恵里香さん、あの人に舞台でファーストキス奪われてしまったの。ほんとに唇と唇よ! 私もびっくりして、きょとんとして、ダンスも歌も止まってしまった。あの人それ見てにこにこ笑ってた。
原さんてね私も含めて、舞台で後輩のお尻触ってくるの。度を超してたよ。後からパンツ持ち上げられて、Tバック状態されたこともある。びっくりした後輩の顔見て、ニヤニヤ喜んでたみたい」
雪乃は本当に嫌そうな顔をする。
「おかしいよ……」
「そう、私も当時、原さんって、そっち系の変な女の人かと思ってたの。でも、今じゃ、普通に男の人と結婚してるじゃない。だから、女だったら、誰でも一度は通過する軽い病気みたいなものじゃない」
「じゃあ、あなたは何なの?」
「私……、うーん私はね、何だろ。原さんが居なくなって、ほっとしてたんだけど、でもあういうのやる人の気持ちってどういうのだろうって興味があった。それでさ先輩のお尻触るわけにいかないから、我慢してた。そしたら雪乃が入ってきたんで、ちょっと試しにお尻触ったら、あんたが電気走ったみたいに、ひっ! ってなるの見て、あっ、これ楽しいなぁって思った」
「やめてよ! セクハラだよ……。変態だよ……。もう、ほんと普通の世界に戻って来てください!」
「わかったって! レポート一杯たまってて、コンサートはあるしで、ちょっと精神的に追い込まれてたの。ストレス解消にやってしまった!」
「だから、レポート全部見せて上げますから。もう、これでストレス無くなったよね。夜の公演ではもう絶対やめてね!」
千秋楽、夜の公演も終わり、打ち上げを兼ねてグループメンバーとマネージャで遅い食事をした。ピュセルプロジェクト全体での打ち上げをやるには、広い会場が居るので、各グループ単位となった。
食事会後、未成年の雪乃らはそれぞれタクシーで帰ることになったが、二十歳を過ぎているピュセルメンバーの四人は、最近入ったばかりの若い女性マネージャとともに、二次会に行ってしまった。
「雪乃ちゃーん、ユキノン。待ってよー!」
駅前のタクシー乗り場を目指して、ずんずんと歩いてゆく雪乃の後を麻由が追いかける。「来るな! 私に近寄るな!」
「だから、さっきから謝ってるじゃない。つい手が出てしまったのよ。千秋楽の夜公演てお客さんもすごい盛り上がりで、私もノリであなたを触っちゃった」
雪乃は知らん顔して先を行く。
「でもさ、あんたって、新体操やってただけあって、プリケツっていうのか、すごい感触」
雪乃は戻ってきて、麻由の腕を掴む。
「わかった。もう何も言わないで。今日のことは許します。だから、そんな恥ずかしいこと大きな声で言うのはやめて。早くタクシー乗り場に行って、帰ろうね」
コンサート千秋楽の次の日、会社へは昼出勤となっていた。それぞれ日程があり、次の日は休みにするわけには行かずで、結局明日がピュセルメンバー全員の休日となっていた。 雪乃が入って行くと、麻由がファンクラブイベント用のサインをグッズの写真に書いている。雪乃は部屋を見回す。誰の荷物もない。
「他の人は?」
麻由は腕を動かし続けている。
「彩ちゃんはラジオの録音。他の人は曲の録音。グッズ撮影……」
「ふーん、そうなんだ」