鋼鉄少女隊 完結
「えっ! そうよね。私も入ったばっかりじゃない。戸田さんは無かったことにしてくれって、言うんだけど、ほんと、どうしていいかわからなくて、チーフマネージャーに電話して聞いたのよ。そしたら、そのまま箝口令を敷けって言われたのよ。つまり、ピュセルの外に漏らすなとね。戸田さんの親御さんには、うちの田口社長が直接謝罪に行くらしいわ。向こうが気を悪くしなければ、治療費も含め見舞金なども出すらしいよ。
藤崎さんにはお咎め無しらしいわ。そう、藤崎さんって、この会社では特別待遇の人だって、昨日、チーフに言われて初めて知ったわ。どういう扱いか私は知らないよ。私だって、あなたより一月早く入っただけなんだからね。ピュセルのメンバーの人のほうが何年も在籍してるんだから、そっちで聞いてね。でも、社長が直々に謝罪に行くんだから、藤崎さんて、やはり相当なもんよね。
しかし、びっくりしたわぁー。普段はあんに物静かで優しげな藤崎さんが、いきなり右ストレートよ。私、大学時代、、ボクシングエクササイズって言って、ボクシングジムでやってるダイエットコース受けたことあるの。ボクサーの男の人のパンチ見たことあるけど、遜色なかったね。やっぱり長年、ダンスで鍛えてる人は背筋とかすごいのよね。スパーンって入ったものね。戸田さんも災難だわ……」
「ありがとうございました」
雪乃はもうそれ以上、聞いているのが辛くて出て行こうとする。それを今度は柴田が腕を掴み引き留める。人差し指を立てて、シーッ! というふうに自分の口の前にかざす。
「ほんと、これよ! 他に漏らしちゃ駄目よ!」
雪乃はまた、ピュセルの控え室の戻ってくる。サイン書きを全部終えた麻由が帰りの準備をしいていたが、先ほどの口論の為か、少し怒っているようだった。しかし、入ってきた雪乃の余りのしょげように、かわいそうに思ったのか椅子に座って呆然としている雪乃の肩を後から抱いてやる。
「どうしたの? やっぱり本当だったのね。でも、きっといろいろあるのよ。彩ちゃんにだって……。ねぇ、一緒に帰りましょうよ」
「ありがとう。でも、このサイン書き全部済ませてから帰るよ。ほんと、麻由ちゃん、ありがとう」
「大丈夫? あんまり思い詰めないほうがいいよ。じゃあ、また明日。あ、そうか! 明日は休みだね。また、明後日ね……。
そうだ、雪乃ちゃん、明日一緒に買い物に行かない。やっとお母さんに取り上げられてたクレジットカード返してもらったんだ。もう、カードの限度額超さないことって、厳しく言われたけどね。だから、ねぇ行こうよ」
雪乃は首を微かに横に振る。
「ごめん……、明日は……、お祖母ちゃんの手伝いしなければいけないんだ」
しかし、それは嘘だった。明日は心に決めていることがあるのだった。
「そう、残念ね。じゃぁ、またね」
麻由が帰ってから、三十分位したあと、明日香が戻ってきた。
「麻由、帰ったのね」
明日香はまた机に座って、サイン書きを始める。
雪乃は力ない声で明日香に語りかける。
「私、さっき全部聞いてしまいました。彩ちゃんが戸田さんを殴ったって」
明日香が、仕方ないやつという風に雪乃を見つめる。
「誰よ? 誰に聞いたの? 昨日あそこに居た子は今日は、会社に居ないでしょうに」
「最初、麻由ちゃんに、カマをかけてそれらしいこと聞き出して、それから柴田さんにカマかけて本当のこと聞き出しました。柴田さんは私がもう知ってるんだと思って全部話してくれました」
明日香ふーっとため息を吐く。
「あんたって本当に悪知恵の働く子ね。でもね、世の中、知恵が回り過ぎると悲しいことって一杯あるのよ」
「はい、おかげで、とっても苦しいです……」
明日香は二度目の長い息を吐く。
「もーう……。私は何とも思ってないのよ。彩ちゃんは私にも大事な人なの。あの人にはリーダとして、いろいろ悩みがあるのよ。あのとおり普段は穏やかな人だけど、お酒飲むと、日頃、お腹に貯めていたことが全部出てしまうのよ。
あれは彩ちゃんの悪魔払いみたいなもの。彩ちゃんのガス抜きなのよ。私はそう思ってる。あれがあると、彩ちゃんはまたしばらくは天使に戻ってくれるんだ、と私はずっと思ってきたよ」
明日香の眼帯をしていないほうの目から涙が流れ落ちる。
「だから、彩ちゃんを責めないで! あなたは、何も知らなかった振りをしていて上げて」
「無理です。それは無理です……。私、こんなこと言ったら怒られるけど、ピュセルに入ったわけではないです。彩ちゃんがリーダやってるピュセルに入ったんです。だから、私、彩ちゃんに直接聞きたいんです。今度のことを……」
「わかったわ。今日は無理よ。明日は休み。明後日自分で聞いてみなさい」
雪乃が恐いような目で明日香を見つめる。
「私、明日、彩ちゃんに会いたいんです。だから、彩ちゃんの家、教えてくれませんか?」
明日香は何か言いたげに、一分ほど沈黙を守る。それから、諦めきった顔で、自分の手帳を開き、彩の住所をメモの紙片に書き写す。
「わかったわ。私も住所しか知らないの。一度も彩ちゃんの家に行ったことが無いのよ。彩ちゃんはメンバーを誰も、家に呼んだことがないから。だから、自分で捜して行きなさい」
明日香は紙片を手渡してくれた。
「彩ちゃんてね、何かとても深い闇がある人なの。誰もその闇の中に入って行けないのよ。でも、今ふと、あなたならその闇に入れてくれるかもしれないって気がしてね……」
「ありがとうございます。で、すいませんけど、このサイン書きまだ途中なんですけど、今日はもう帰ったら駄目ですか?」
「え、ああいいわよ。ファンクラブイベント、ずっと先だし。マネージャーの川野さんか誰かに声かけて帰って」
「失礼します」
雪乃は部屋を出て行きかけて、ふと思い出し振り返る。
「戸田さん。あと一つ教えてもらえませんか。彩ちゃんがこの会社で特別待遇の人だって、どういう意味なんですか?」
明日香は舌打ちする。
「柴田さんが言ったんだね。おしゃべりねぇ……。でも知らないわよ! そんなの、きっと会社のずっと偉い人しか知らないんじゃない」
「はい、わかりました」
雪乃は今度はほんとうに部屋を出て行こうとする。しかし、今度は明日香がそれをとどめる。
「待って! ちょっと待って。あんたのことだから、帰ってネットでいろいろ検索して探ろうとするでしょ。だから、誤解のないように言っとくわ。ネットにはいろいろ、ピュセルへの誹謗中傷のデマが一杯載ってるのよ。その中で最近は少なくなってきたけど、最もひどいデマがね、彩ちゃんが田口社長の愛人だって、やつよ」
雪乃が声を荒げる。
「彩ちゃんはそんな人じゃありません!」
「だから、デマだって言ってるじゃない。これだけは信じないで欲しいのよ。ピュセルの人気を落とし、ファンを離れさせたい、いろんな勢力があるのよ。そういうところが、そんなデマ書くのよ。あなたが、勝手にネットで調べて、そんなデマに行き当たったらと思って言ったのよ。