鋼鉄少女隊 完結
第八章 バディ
ピュセル春のコンサートツアーの千秋楽が終わった次の日、出社する雪乃の心は重かった。昨夜のコンサートの最後に、なんか長々とMCやって、観客には大受けだったのだが、軽音部での過去の経験が雪乃を疑心暗鬼にしていた。
高一の夏、聖モニカ学院の大学、高校合同ライブのとき、雪乃は当時の三年のバンドにドラムとして参加した。そこで、ドラムソロの持ち場で気持ちよく思いきり叩きまくった。観客も大学のほうの軽音部、つまり雪乃の大先輩達も絶賛してくれた。しかし、それから、軽音部の二年生からのイジメが始まったのだ。
「やだなぁ……。あの紫一面の客席見て、つい悪ノリしちゃったけど、新参にあんな大口叩かれたら、メンバーの人、気分悪かったろうなぁ……」
でも、仕方ないかとも思っていた。吐き出したものは、例え言葉でも、もう飲み込めないのだから。これからは当分、大人しくしていようと思った。
ピュセルの控え室に入る。新人だから早く来ようと思っていたのだが、道が渋滞し雪乃の乗ったタクシーが進まず、集合時間に遅れはしなかったが、メンバー全員が既に集まっていた。
雪乃は部屋に入ると、いきなり頭を下げた。
「遅くなり、すみませんでした!」
サブリーダの戸田明日香が腕時計を見る。
「大丈夫よ。集合時間には充分間に合ってるから」
雪乃はメンバーの顔を見回した後、また深々と頭を下げる。
「昨晩は、最後に長々と口はばったい事くどくど言ってすいませんでした。ごめんなさい!」
メンバー達はきょとんとして、互いに顔を見合わせた。また、明日香が口を開く。
「雪乃、ああ……これからはメンバーとして紹介も済んで、ピュセルの一員として公にも発表されたんで、ピュセルの伝統として、後輩には名前呼び捨てでいくからね。それでね、雪乃。あんた、勘違いしてるよ。みんなあんたの、最後のMCを絶賛してるんだから。最後に思いきりシュート決めてくれたってね」
彩が後を続ける。
「そうよ。みんなが言いたくても、うまく文章が浮かんで来なくて、言えなかったことをあなたが全部まとめて言ってくれて、本当に胸がすーっとしたんだから。お客さんもそう思ってたと思うよ」
浅井麻由が付け足す。
「ネットのピュセルの応援サイトの掲示板にね、
『来たー! ピュセルの切り込み隊長 村井雪乃 参戦!』
って書いてあったよ。あなた切り込み隊長なんだって。て……。私、実は切り込み隊長っていうのがよくわからないんだけどね」
明日香が咎める。
「麻由! あんた、あのサイト見たの。会社からあそこは見るなって言われてるでしょ。ピュセルに対する悪意の誹謗中傷もいっぱい書かれてるから、見ないようにって言われてるのに!」
麻由は慌てて弁解する。
「違いますよー。ツィーターに書かれてて、ソース元があの掲示板だって……」
雪乃がまた、頭を下げる。
「すいませんでした。リーダや、サブリーダが居るのに、私が隊長なんて……」
明日香が愉快そうに笑う。
「雪乃、あんた本当に気遣いできる子ねー。でもそれは勘違いだよ。ピュセルは伝統的に縦社会だからね。たとえ一期上でも先輩は絶対なの。リーダはいわば、天皇。サブリーダは将軍よ。以下は侍。だから、切り込み隊長は侍の中の選抜隊の長だからね。気にすることもなければ、奢る必要もないの」
「なるほど、切り込み隊長とは侍の選抜隊の隊長なんですか」
麻由が一人納得している。
彩が補完する。
「今の明日香ちゃんの天皇、将軍は大げさ過ぎ。半分洒落だからね。でも、初期のピュセルのリーダはほんと権力あったけどね。それでね、多分、切り込み隊長って敵に突撃して行くために、一番元気な勇敢な人がやる役割だから、ファンの人達は、あなたが突破口を開いて、ピュセル本体それに続いて現状から抜け出して行けるのではという期待で、そう名付けたのだと思うわ。だから、どんどん私達では思いつかないようなことを提案してね。あなたが言ったように私達を閉じこめている皮袋に穴を開けられるかもしれないよ」
「はい!」
雪乃はほっとしたのと、ふと軽音部でのあのイジメはなんなんだったろうかと思った。中学の新体操部では、雪乃は一年で団体の選手、二年では個人の選手に選ばれた。しかし、学年が上で選手に成れなかった先輩達は決して、妬んだり意地悪したりはしなかった。お互いに苦しい練習をこなした仲だった。強制柔軟で雪乃が何度も痛みのために、気絶しているのも見られていた。お互い極限状態を共有した仲だった。
多分、自分が倒れたところよりも、さらに先に進んで欲しいというエールのようなものさえあったのかもしれない。
今のピュセルの激しいダンスは、日々の辛いレッスンの果てにあるもので、ピュセルもまた体育会系なんだなと思った。さらにはピュセルのオーディションでは、そういう人間としての屈託の無さも基準として選ばれているのかとも想像した。
コンサートツアーが終わり、コンサート時以外の仕事が始まった。いわゆるコンサートグッズの作成というものがあった。コンサート会場で売り出す、生写真、ポスターの撮影。それからコンサート会場限定販売のDVD撮影もあった。あとは、次に出すシングル曲のレッスン。新曲の録音とプロモーションビデオの撮影。それから、ピュセルとしてのグループでの出演ではないが、個々のメンバーがそれぞれ受け持っている、ラジオ番組の録音、深夜帯のテレビの録画などがあり、ほんとうに勤務日と休みの日は普通の勤め人と大差なかった。
雪乃にとっては、新人としての歌、ダンスのレッスンが始まった。しかし、一週間ほどで基礎過程は終了とされ、ピュセル本体の歌やダンスのレッスンに合流させられた。基本的なことは既に習得済みと言われた。ピュセルのプロデューサの玉置は即戦力として採用したのだから、それが当然というふうに、雪乃を従来のメンバー同様に扱い始めた。
新曲のダンスのレッスンが終わった後、彩がダンスのコーチに呼ばれ、なにやら言われていた。彩と麻由、雪乃以外のメンバーはそそくさとスタジオを出てゆく。皆、それぞれラジオとか、写真撮影とかの次の仕事の予定があるのだ。
麻由と雪乃はこれが終わると何も仕事の予定は無かった。彩と話しをしていたダンスのコーチも出て行った。彩が二人のほうにやってくる。顔つきがなにやら変だ。彩は二人に向かい、言いにくそうに口を開く。
「あなたたち、今日は他に仕事ないでしょ。居残って自主練習して欲しいの」
麻由が嫌な顔をする。
「そう、麻由! あなたが出来ていないって。それでね、気を悪くしないで聞いてね」
彩は本当に言いにくそうだった。
「雪乃はこの曲に関しては完璧に踊れているって。だからね……、先生は……・雪乃と一緒に練習して、出来ないところは雪乃に習うようにって……。先生はそう言うんだけどね。でも、あなたも後輩に習うなんて嫌でしょ。だから、明日の朝、一時間早く出てきなさい。私があなたに付いて教えるから」
しかし、麻由は逆に、にこにことしていた。
「はーい。わかりました。雪乃にしっかり習っておきます」
彩はきょとんとする。
「あなた、それでいいの?」