鋼鉄少女隊 完結
麻由は満面の笑みで肯く。雪乃のほうが戸惑ってしまっている。
「あのー……・、私、浅井さんに教えるようなレベルじゃないんですけど……」
「あ、大丈夫です。私、しっかり雪乃に習っておきますから。どうぞ……お先に。お疲れ様でーす」
彩は首を傾げながらスタジオを出て行く。浅井麻由はあれでいて、結構負けず嫌いで、後輩に習うのは屈辱だろうと思っていたのに、やけに屈託無く受け入れてしまったので、彩はすっかり面食らってしまっていたのだ。
麻由はスタジオの出口まで行き、彩が遠ざかったのを確かめて戻ってくる。
「ねぇ、あなた。今日のレッスン中、ノートしっかり取ってたでしょ!」
雪乃は肯く。
「ダンスの基礎過程でもノートしっかり取っていたわね? なら、そのノート見せて!」
雪乃はダンスの先生から教えてもらった事項を記入した大学ノートを手渡す。麻由はスタジオの板張りの床に座り込み、そのノートを開き、熱心に見つめ出すものの途中で放棄する。
「ああ、駄目! 私って、三行以上の文章みると、頭痛くなっちゃうの。ねぇ、あなた説明して! エイトって一体、何? ツーエイトとか、フォーエイトってどういうことなの?」
てっきり、麻由が自分のダンスの基本知識を試しているものだと思って、雪乃は口を開こうとする。麻由が一瞬それを留める。
「ちょっと、待って! あなた、もしかして私があなたのダンスの知識試そうとして聞いてるって、思ってるんじゃない。正直に言うね。冗談でもなんでもないの。私、ほんとうにわからないの。だから、優等生的な答えはいいから。初心者がわかるように、ていねいに教えて欲しいの!」
初心者と言ったって、麻由はピュセルの一員として舞台で踊っているではないか、と雪乃は思う。本当に冗談じゃないかと、雪乃は半信半疑で説明し出す。
「楽譜思い浮かべてください。四分の四拍子の楽譜。一小節は、1、2、3、4と四拍ですよね。ダンスでは拍じゃなくカウントといいます。だから4カウントです」
麻由は目を輝かせて肯く。
「で、二小節分、1、2、3、4、5、6、7、8と8カウント数えて、これがエイトです。エイトが二つでツー(2)エイトです。じゃあ、2エイトは何小節になりますか?」
「四小節!」
「そうです。フォー(4)エイトなら八小節ですよね。それで、音楽では、裏拍も数えますよね。1トー、2トー,3トー,4トーって。トーが裏拍ですよね。ダンスでは裏拍はエンです。1エン、2エン、3エン、4エン、5エン、6エン、7エン、8エンです。じゃあ、立ってください。ダウンのボックスから行きます。足が床に着いたら、1です。はなれたら、エンです。1エン、2エン、3エン……」
麻由は雪乃の声と動きに合わせ、体を上下させる。
「はい。これで、2エイトです。じゃあ次、アップで行きます」
麻由は真剣に雪乃に追従する。
「はい。出来ました。で、曲は4エイトか、8エイトが区切りで、サビになったり
します。ドラムの音聞いてれば、このタイミングでシンバルがガーン! て鳴ったりもします。じゃあ、今度は新曲で踊ってみます」
雪乃はCDデッキのスイッチを入れ、現在練習中の曲を流す。
「メロディーじゃなく、しっかりドラムの音聞いてくださいね」
そうやって、二人はCDを流しながら、同じ曲を3回続けて踊った。雪乃がパチパチと拍手する。
「出来たじゃないですか」
麻由はじっと立ち尽くしている。それから、いきなり雪乃に抱きつく。
「ありがとう。こういうことだったんだ。私、研修生になったとき、ダンスが嫌でほとんど上の空でレッスンに参加して、ほんと適当にやってた。今更、人には聞けなくて、本買って読んだんだけど、わからなくて……。もう、必死でみんなの振り真似てた。家に帰ってみんなのダンスのDVDも必死で見て練習してたの。でも、私だけの振りのところはボロボロ。だから、ピュセルに選ばれた時は、歌唱力期待されて入ったのに、結局ダンスが駄目で、一番後でバックコーラス状態。ユニゾンで歌わされるばっかり」
雪乃は、本当に本当だったんだ、と納得する。雪乃はその麻由の体を押しやって離れる。
「でも、浅井さん。コンサートではしっかり踊れてましたよ。だから、そんな感覚的なもので踊れてたなら、ある意味、浅井さんてダンスの天才だと思いますよ」
麻由がまた抱きついてくる。
「ありがとう! そんなこと言ってくれたのあなただけよ。ねぇ、もう一度、それ言って!」
雪乃はまた体を押しやる。
「私が言わなくても、直に他の人達が浅井さんのダンス褒めてくれるようになりますよ」
「雪乃ちゃん。雪乃様。あなた恩人よ。でも、お願い、このこと誰にも言わないでね。絶対誰にも言わないでね!」
雪乃は肯く。
「はい。わかってます。誰にも言いません」
多分、人に言っても信じて貰えないだろうと思った。数学の既にある公式を使えば、数分で解ける問題を、自ら公式を導き出しながら、一時間以上かけて解いていた人のような、ある意味、聖なる徒労とでもいおうか、その無駄な集中力と根気は尊敬に値するとまで思った。
「雪乃ちゃん。これから私のこと麻由って呼んでいいよ」
雪乃は戸惑う。
「それ、まずいですよ。彩ちゃんや戸田さんは怒らなくても、卒業生の先輩方がそういうの聞いたら、許してくれないんでしょ。彩ちゃんも、卒業生の先輩の人達に、自分のこと、こう呼ばせますのでと、了承を得たから彩ちゃんって呼べてるって聞きました」
ピュセルは一期上でも、先輩には姓をさん付けで呼ばねばならなかった。雪乃は結構こういう体育会的なところは好きだった。
「大丈夫、彩ちゃんや、戸田さんや、卒業生の人達にも言っておくから。雪乃ちゃんて私呼ぶから、麻由ちゃんって呼んで。敬語いらないよ。タメ口でいいから」
うーんと雪乃は唸る。なんか卒業生の先輩達から不遜な奴と思われそうな予感がした。
「じゃあ、二人きりのときは、そう呼ばせてください。まだ、入ったばかりだから、生意気な奴と誤解されます。一年くらい経ったら、そう呼ばせてください」
「遠慮深いね。でも、今は二人きりだよ。そうだ、二人きりなら雪乃ちゃんのこと、ユキノンって呼んで上げるわ」
「えー! ユキノン……」
「そうよ。そんなふうに言われたことないの?」
「私、普通に、中学や高校では村井とか、雪乃って呼ばれてましたから……」
「タメ口でいいよ。でも、小学校の頃はどうだったの? 可愛いあだ名とかなかったの?」
あだ名と言われても、雪乃の小学生の頃のあだ名は、敵側からは「男女(おとこおんな)」、「ジャイ子」と悪名高く呼ばれ、仲間の男子からは「隊長」と呼ばれていたので、これはとても口には出せないなと思い、首を横に振った。
「小学生の頃って、女の子同士で可愛いあだ名、付けあわなかったの?」
「私、小学生の頃、女の子の友達一人も居なかったから……」
麻由がまぁ! と驚く。
「あなたって、孤独な子だったのね」
男の子達と走り回っていたとは、とても言えない雰囲気なので雪乃は沈黙を守った。また、そのうち時期がくれば、打ち明けることもあるかと思った。