鋼鉄少女隊 完結
「毎年、チアリーダ部の部員勧誘は、ミニスカでアンダースコート丸出しじゃない。新体操部だってレオタードでやってるんだから、インパクトのある勧誘をするためには、これくらいはやるのよ。あんた、部長としての責任感ないの」
相田は、さらに膝下まである黒革の編み上げブーツを取り出す。雪乃の眉根の皺をさらに深める。
「こんなの何処で手に入れてきたんですか?」
「レンタルショップのパーティグッズのコスチュームよ。料金は私が立て替えておいたから、部費から出しといて」
相田はレンタル料の領収書を雪乃に差し出す。そうやって、雪乃は相田に押し切られてしまった。
当日、雪乃は曲が始まるまでは、この露出度の多いコスチュームが恥ずかしくて、居たたまれない気持ちだったが、演奏するうち次第に曲にノっていった。ボーカルのほうは、昨晩、意味も解らぬまま聞き取り、カタカナで書き取って覚えてきた。しかし、一夜漬けのためか、記憶の中で歌詞が途中で途切れた。仕方なく、デスボイスで吠えた。いつまでも、吠えているわけにはいかない。とっさに、デスメタル・バンドを主人公にしたアニメのオープニング曲の歌詞を歌った。雪乃が中学の頃のアニメだが、けっこう好きで、ずっと見ていて、この曲を自分でコピーして弾いていたのだ。
雪乃の高校の軽音部は出来て日が浅く、楽器、アンプは自前だ。雪乃の場合、父親のものであった、メサブギーの五十ワットのアンプ直結で歪ませ、デスメタルらしい重厚な低音と、エッジの効いた高音を出していた。しかし、リードギターの井口のアンプはいまいちで、そのため、メタル用のエフェクタを繋いではいるが、細い音で、さらには音抜けが悪く、とてもデスメタルとは言えないようなショボい音を出していた。
重厚な音が、雪乃に爽快な気分をもたらした。そして、アニメのデスメタルの曲、「虐殺せよ!」を気持ちよく歌った。
その爽快さの代償に、雪乃は体育の教師達に連行され、校長室に軟禁、女性校長のくどい詰問を繰り返し受けることとなった。
一時間後、学院長までやって来た。この学校は大学付属の中学、高校の各校長、そして大学の学長が居るが、学院全体では大学のほうの学長が学院長を兼ねていた。各中、高、大の生徒、学生の処遇については、各学校のほうに裁量権があるのだが、こと宗教の教理に抵触するような事案については、学院長がやってくるのだ。いわば、宗教裁判の大審問官として。
学院長で併設大学の学長の原田孝典、年齢は六十二。哲学、宗教学、神学の教授でもあり、このキリスト教の教区の司教でもあった。
「さて、村井君。報告によると、君は『親を殺せ、教師を殺せ、神を殺せ』と歌ったそうだが、間違いないかね?」
雪乃は、「はい」と、肯く。手回し良く、女教師の一人が、ICレコーダに雪乃の歌を録音していたので、誤魔化しようがなかった。
「では、君は普段から、この歌詞にあるようなことを思っているのかね? それとも、意味も考えず、この歌詞のままに歌ってしまった?」
雪乃は学院長が自分を助けてくれようとしていると感じた。雪乃が、『ごめんなさい、よく考えもせずに歌ってしまいました』と、嘘泣きして見せれば、終わりそうだった。確かに、勢いで以前に見ていたアニメの曲を歌っただけだった。しかし、雪乃の体の奧に何か得体のしれない怪物がむくむくと立ち上がってくるのを感じた。雪乃の肥大化した反抗心だった。それは、この温厚な学院長にではなく、さんざん自分を罵り続けた女性校長に向けられていた。この五十二歳の丸太のようなメタボ女の前でだけは、絶対に泣くのも謝るのも嫌だった。雪乃は思わず言ってしまった。
「はい、この歌詞は私の作ったものです。自分の心の中の思いを詩にしました」
学院長は眉に深い皺を寄せた。校長は顔を真っ赤にして激怒した。相当、血圧が上がっているようだった。
雪乃は続けた。
「『仏に逢えば仏を殺し、祖師に逢えば祖師を殺し、親に逢えば親を殺す』という意味です」
学院長は、ふんと鼻を鳴らした。
「臨済録かね。ではその言葉の意味するところを言ってみなさい」
さすが、宗教学の教授、キリスト教だけではなく、これくらいのことは知っているんだ、雪乃は感嘆する。雪乃の祖父は趣味の多い人だった。歴史好きであり、仏教の中の禅宗に関係する本も好きだった。だが、座禅はしていなかった。祖父は釣りこそ禅とうそぶいていた。小学校の頃の雪乃を連れて、よく釣りに行き、釣り糸を垂れながら、さまざまな歴史上の出来事、禅の語録の話を聞かせた。だから、雪乃は咄嗟に禅宗の一派、臨済宗を起こした臨済のこの言葉を思い出し、こじつけたのだった。
「『瞑想の中で、仏や師や親の姿が浮かんできても、それは幻だから心を動かさず、無視しなさい』というふうに、禅マニアの祖父がよく言ってました」
学院長は肯いて、しばらく考えた後、じろっと雪乃を見据えて、口を開いた。
「まぁ、そういう解釈もあるか。ところで、瞑想と君の歌はどう関係あるのかね。それは瞑想の歌なのかね?」
雪乃は自分がとんでもない詐欺師であるような、罪悪感が心をかすめた。しかし、この
自分の退学処分を賭けた危険な言葉の疾走を楽しんでいた。
「瞑想というより、祈りの歌ですが、深い祈りは、自然に瞑想になります。瞑想中には浮かんできた様々な幻覚を信じ込んでしまって、自分は神に選ばれた者って妄想を持ってしまう人が居ると聞きます。『親を殺せ、教師を殺せ、神を殺せ』の次は、『心に浮かぶ幻を消せ、心に浮かぶ天使ミカエルもサタン、ルシフェルもともに幻』と続きます。でも、続きを歌う前に無理矢理、何も聞いてくれずここに連れられてきました。だから、祈りによる瞑想の最中に浮かんでくる独りよがりの妄想を戒める歌です」
雪乃はしみじみと、自分の詐欺師の才能に感嘆した。我ながら、口から出任せよく言うものだと。しかし、雪乃に対し学院長は疑わしそうな顔で詰問した。
「では、その歌詞の全文が書かれた紙とか、録音した記録媒体とかを示せるかね?」
「いえ、この歌詞は昨晩作ったもので、まだ未完成で記録していません。私の心の中にしかありません」
校長がしびれを切らし、叫んだ。
「司教様! いえ、学院長、騙されないでください。村井雪乃は、ほんとにずる賢い生徒です。よくも、こんなでたらめ言えたものです!」
学院長は女性校長を憤慨を手で制止して、雪乃をじっと見据えた。
「物理的な媒体に記されたものが何もなく、ただ心の中にあるということなら、白とも黒とも決めることができない。だから、最後に聞かせてくれるかな。君は神は居ると思うかね?」
雪乃はその学院長のその問を心の中に深く沈めた。じつは、『神が居るか?』なんて、深く考えたことが無かった。口から出任せを言うには、余りに単純であると同時に本質的な問のように思えた。それから、しばらく考えた後に言った雪乃の言葉は出任せでもこじつけでも無かった。
「神は居ると思います……。でも、神と人間は関係無いです」
「関係無いとは?」
雪乃は自分はこんなふうに今まで思っていたのだと、自分自身少し驚かされるような言葉を続けた。