鋼鉄少女隊 完結
第一章 デスメタル
「殺せ! 殺せ! 親を殺せ!」
エレキギターのデスメタル特有のザクザクというギターリフ、激しいメタルサウンドが響き渡る。デスボイスという、しわがれ声で、わめくように歌うのは、端正な顔の美しい少女だ。その出で立ちは、いわゆるボンテージと呼ばれるSMチックな黒い革のドレス。ドレスといっても、革のコルセットの下に申し訳程度の革のミニスカートが付いているだけだ。ハイヒールの膝丈の黒革の編み上げブーツを履いている。
その挑発的なスタイルとはうらはらに、頭上にはのんびりとした時間で、満開の桜が清楚に揺れる。
「殺せ! 殺せ! 教師を殺せ!」
聴衆というより、通りがかりの女子高生達が、目を丸くして見つめる。四月、聖モニカ女学院高校の正門を入ったところでは、ガイダンスに登校する新一年を目当てに、さまざまな部活の勧誘が行われている。
先ほどより、物騒な歌をわめき続ける、ギターボーカルのこの少女は、村井雪乃、高校二年、十六歳、軽音楽部の部長だ。
「殺せ! 殺せ! 神をも殺せ!」
一瞬、勧誘活動中の他のクラブの部員達も、新入生達も凍りつく。
「えええっ!」
「そんなの歌っていいの? ここキリスト教の学校だよ……」
雪乃以外のドラム、ベース、リードギターの軽音部員達の手が止まる。青ざめている。しかし、雪乃はギターを弾き続ける。激しいサウンドを一人響かせ、
「ウオー!」
と、吠え続ける。
「こらー! やめろ! 村井!」
男性教頭と、体育の女性教師二人がすざまじい剣幕でやって来た。雪乃をはがいじめにして、ギターを奪いとり、ボンテージドレスを隠すように、無理矢理、婦人物のベージュのレインコートを羽織らせる。それからがっちりと、両脇を抱えて事務室へと引っ張っていく。雪乃が女性教師に訴える。
「放して! やめて下さい!」
残された、軽音部のメンバーのうち、ベース担当が怯えた顔で、ドラムの女子高生を見つめる。
「だから、こんなこと止めようって、言ったでしょ! 村井は危ない奴だって、わかってたのに」
リードギターの女子高生はパニック状態だ。
「あ、あいつ。去年の文化祭でも、ノリ過ぎて、ギターたたき壊して、ムチャクチャだったのに……」
ドラムの女子高生、相田が、ふーっとため息を吐く。
「私たちも、連座するね……」
「連座じゃないでしょ! 村井にあれやらせたのは、私達だからね! これで、大学の推薦貰えなくなるかもしれないよ……」
ベースの女子高生がわっと、泣き出した。
その前日のことだ。雪乃が軽音部の部室に行くと、三人の先輩、相田、浜村、井口が待っていた。軽音部はこの三年生三人と、二年の雪乃を入れた四人しか居ない。雪乃が一年のときには、新入部員は雪乃一人だった。あれから一年、雪乃は自動的に軽音部の部長になった。女子のみの中、高、大とエスカレータで、他に付属高校もなく、進む学部さえ選ばないなら、百パーセント、推薦で併設大学に入学できてしまう。だから、三年生は、気楽に部活に参加して来る。形式上、二年に部長の座を譲るが、実際には三年が部の実権を握っている。
雪乃はとりあえず、部長として用意していた新入部員勧誘のビラを、先輩達に見せた。そのビラを前年度の相田が、机の上に突き返す。
「こんなんじゃ、駄目! インパクト弱すぎ!」
雪乃は戸惑う。
「じゃあ、先輩方のご意見、聞かせてください」
相田は得意満面だ。
「今年はね、ビラ配りだけじゃなく、実際に正門でバンド演奏する! 許可は取ってある」
雪乃は部長の自分を無視して、三年だけで何でも決めてしまうやり口が不快だった。
「アンプの電源どうするんですか?」
「守衛室のコンセント借りるのよ。だから、正門に一番近い場所確保してある」
「で、曲はなんなんですか? 練習時間、もうないですけど」
相田の口角が、ぐっと横に広がる。目が意地悪そうな光を宿す。雪乃は嫌な予感に捕らわれた。相田は一枚のCDケースを机に置く。
「これやるのよ!」
雪乃はそのCDケースを手に取り、眉をひそめる。
「ブラッディ・グレーブ(血まみれの墓)……・。これ、デスメタルじゃないですか。こんなの、今から練習もせずに出来るんですか?」
相田は勝ち誇っている。
「私達三人はちゃんと練習してある。あんたは、リズムギターだしね。あんた天才でしょ、適当に合わせていればいいのよ!」
雪乃に対する相田の仕打ちには、いつもどろどろとした嫉妬心があった。軽音楽部に居るのは、みんな高校から楽器を始めた者ばかりだ。しかし、雪乃は小学校六年から、以前にアマチュアバンドをやっていた祖父から、ギター、ベースの手ほどきを受け、ドラムは音楽教室で習っていた。キーボードは小学一年から習っていたエレクトーンの技術でたやすくこなせた。だから、去年の春、雪乃が軽音部に入ったとき、楽器演奏の技術は、他の先輩部員の誰よりも遙か上のレベルだった。
去年一年、雪乃は今は大学に進んでしまった三年のグループのドラムを担当した。去年の三年のうち、ドラムが他の大学の受験を目指し、抜けてしまっていたからだ。雪乃は最初から完璧にドラムを叩いてみせた。それが、ドラム歴二年の相田の下手さを際立たせた。相田は雪乃を深く憎んだ。
雪乃はいつもの、毒を含んだ相田の言葉にうんざりしながらも尋ねた。
「それで、ボーカルはどうするんですか?」
相田は口元に歪めて、薄笑いした。
「ボーカルはあんたでしょ。デスメタルの歌詞なんて、適当でいいのよ。適当になんか、英語でも何語でも、デスボイスでわめいてなさいよ。どうせ、誰も判りはしないからね。それが嫌なら、このCD持って帰って、一晩で覚えてきなさいよ」
雪乃はうんざりした。むかつくが、自分が演奏できるバンドはここしかない。どんなに嫌がらせをされていても、演奏している間は楽しい。喉元まで浮かび上がってくる怒りをぐっと飲み干した。
「で、演奏時の服装は制服でいいんですね?」
「私達三人はね」
来た、と雪乃は思った。これが、メインの嫌がらせなんだろうと。きっと、何か珍妙なコスプレさせて、雪乃を笑いものしようという魂胆と察した。猿のヌイグルミでも着せる気か。禿げカツラに、ちょび髭でもさせる気だろうか。
「あの……、ヌイグルミとか、あんまり体の自由奪われるもの着せられたら、演奏ができませんし、歌いにくいです……」
「ヌイグルミ? そんなダサいもの着せはしないよ。ほら、これ! あんたになら、きっと似合うと思って用意したんだ」
相田は紙袋の中から黒革のボンテージドレスを取り出した。雪乃はそれを受け取り、目の前に広げ、まじまじと見つめる。肩も、背中も丸出しだ。
「無理です」
「何が、無理なのよ。あんた軽音部の部長でしょ! 新入部員獲得する気はあるの? 軽音部を廃部にするつもり?」
雪乃は眉根を寄せて、ボンテージドレスの申し訳程度のミニスカートを指先で摘む。
「パンツ丸見えになります……」
相田はさらに紙袋の中から黒革のホットパンツを取り出す。
「ほら、見せパン付きだ」
「無理ですって! こんなの着るの……」