鋼鉄少女隊 完結
「神は居ますが、神は人間には無関心です。神は人間を助けてなどくれません。人間が、空中を漂うバクテリアなど、いちいち気にかけないのと同じです。神の大きさから比べれば、バクテリア同然の人間は、神に殺菌され消滅してしまうこともあります。でも、それは神が人間を憎んだ結果でもなんでもありません」
学院長は、興味深そうに雪乃を見つめていた。
「それは、君のお祖父さんが教えてくれたことなのかね? それとも、何かの本で読んだのかな?」
雪乃はじっと考え込んだ末に口を開いた。
「いえ、祖父はそんなこと言ってなかったと思います。今、学院長に尋ねられて、自分が神のことをどう考えているのか、じっくりと思い直すと、こんな考えだったんです。多分、もっと小さな子供の頃からうすうす感じていたことなんだけど、この年になってやっと言葉として言えるくらいに、私の頭の中が発達して来たのだと思います」
学院長は深いため息を一つ吐いた。そして、あたかも自分の大学四年の学生の卒論の口頭試問でもするかのように質問した。
「神と人間に関わりがなかったとして、そのとき、宗教とはどういうものなのだろうか?」
突然、雪乃は突飛ともとれる明快な言葉を吐いた。
「宗教は神のファンクラブです」
「ファンクラブ?」
「そうです。神の気高さ、美しさに憧れる人間が作り出した私設ファンクラブです。神のほうはそんなファンクラブなんかどうでもいいんです。人間はちっとも相手にされないのに、いつまでも神に恋い焦がれています。神の優しさを妄想することで、人間は癒されるんです。宗教って、結局、神への片思い。返されることのない愛の一方通行。ただ、神のことを考えているだけで幸せなんだから、もう仕方ありません」
雪乃はぽろぽろと涙をこぼしていた。これは嘘泣きではなかった。自分がこんなことを考えているのを知った驚きと、小さな子供の頃の悲しみが織り混ざっていた。
小学校一年のとき、父と母が交通事故で死んだ。雪乃は毎日泣き続けた。
「神様。お父さんとお母さんを戻してください」
と泣いて祈った。しかし、神が願いを聞き届けることなどあり得なかった。だが、雪乃は神を恨まなかった。神とはそういうものなのだと幼心に納得したのだ。
学院長は両の掌で顔を覆い、しばらく考えに耽ったのち、すくっと立ち上がった。その顔はなにか悲しげでもありながら、優しさを漂わせ、雪乃を一瞥してから、校長のほうに顔を向けた。
「校長。この子はとても深い信仰を持っています。ただ、それはあなたが理解するにはあまりにも奇妙なものです。だが、とても深いものです。どうか、この子を見捨てないであげて欲しい。私はこの子がうちの大学に上がって来ることを期待します。この子が大学に進めるよう指導をお願いします。ところで、申し訳ないが、私は今から教区の会合があるのです。あとはよろしくお願いします。どうか、この子を暖かく導いてやってください」
学院長は出て行った。校長はドアの側まで送り、丁寧に頭を下げていた。その校長は学院長が居なくなるや否や、鬼の形相に変わった。
「村井さん。私は騙されませんよ! しかし、学院長がああ仰せでは、あなたを退学にするわけにもいきません。しかし、去年の文化祭での軽音楽部の舞台での不祥事、そして今回の事件、これを見逃すわけにはいきません! 他の生徒らへの示しが付きませんからね!」
それから、雪乃に対してさらに小一時間、くどくどと小言が続いた。
雪乃が焦燥した顔で、軽音部のドアを開いた。中には三年が身を寄せ合うようにして待っていた。三人は雪乃に事の成り行きを聞こうと立ち上がったが、ボンテージの上にレインコートを羽織った雪乃はそれを制した。
「このレインコート、校長のだから、早く着替えて返しにいかなきゃならないんです。着替えるまで待ってください」
雪乃は壁にハンガーで掛けてあった、自分の制服の前に行き、ボンテージを脱ぎ、さっさと着替えた。紙袋にこのエキセントリックなコスチューム一式を入れて、三年達のほうを振り向いた。
「処分、発表します!」
雪乃が相田、浜村、井口をじっと見つめた。三人はごくっと唾を飲み込んだ。
「村井雪乃、停学一ヶ月。軽音楽部、活動禁止一年。以上です」
「そ、それだけ……?」
「それだけって、これ以上の処罰ってないでしょ。このまま、部員の勧誘も出来ずに、一年間、活動禁止というのは、来年部員が私だけになって廃部ってことです。だから、実質廃部です。この部室は新学期から、吹奏楽部の準備室になります。先輩らも三日以内に楽器も含めて私物は全部持って帰ってください」
ベースの浜村が恐る恐る尋ねる。
「わ、私達のことは……?」
「先輩らの処分はなにもありません。勧誘の場所取りも、演奏の申請も、先輩らがご丁寧に私の名前でやってくれてるので、責任者、軽音部部長、村井一人の処分で終わりです。先輩らは枕高くして寝てください。それから、このレインコートと部室の鍵、返しに行かなきゃいけないので、先輩らはさっさと引き上げてください。私は、戸締まり、照明、ブレーカ確認して帰ります。ああ、それから相田さん。これ返しときます」
雪乃は相田にボンテージを入れた紙袋を渡した。
「どうも、いい経験させてもらいました。着てて、気分爽快になりますから、相田さんも着てみたらどうですか?」
雪乃の皮肉に相田はむっとして、さっさと部室から出て行った。井口がその後に続いた。浜村だけが残り、気弱げに、申し訳なさそうな顔で小さく頭を下げた。雪乃は他の二人には絶対に言いたくなかったが、普段から優しくしてくれていた浜村にだけは丁寧に挨拶した。
「浜村さん。この一年間は、部活動は出来ませんけど、大学のほうに進んだら、また向こうの軽音部で活躍してください。本当に一年ちょっとでしたけど、お世話になりました」
雪乃は浜村に頭を下げた。浜村もあわてて、深々と頭を下げる。
三人が居なくなってから、雪乃は憂鬱な気分に襲われた。停学一ヶ月は、保護者である祖母が呼び出されて、正式に言い渡されることになる。小学一年で父と母を無くし、祖父と祖母に育てられ、祖父も昨年亡くなった。雪乃だけを生き甲斐にしていてくれる、祖母の悲しむ顔を見るのが辛かった。
「私って、ほんと、後先考えずに……。お祖母ちゃん、ごめんね……」