鋼鉄少女隊 完結
「ありがとう……。でも……、向こうの会社で、私、わんわん泣いてしまって……、変なこと口走ってしまったんだ。頭がおかしいとか思われたかもしれない。もう、ピュセルに入れとは言われないかもしれない……」
祖母はきっぱりと、言い切ってやる。
「その時は、その時。ピュセルに入れなければ、彩ちゃんのファンとして、チケット買って、ピュセルのコンサートに行けばいいよ。そうすれば、会えるでしょうね」
雪乃の顔が明るさを取り戻す。
「そうだね。ピュセルに入るのが、目的じゃなくて、彩ちゃんに会いたいだけだもんね。また、小学校の時みたいに、彩ちゃんのファンになるよ。昔は、お母さんがピュセルのコンサートに連れて行ってくれたんだ。ねぇ、今度はお祖母ちゃんが、一緒に来てくれる?」
祖母はにこにこしながら、雪乃の言葉に肯く。その時、雪乃の携帯が鳴った。携帯の向こうから女の低い声が響く。
「あ、雪乃ちゃん? 私、藤崎彩です」
彩のことを話していたら、本人から電話があったことに、ちょっと驚きながらも、うれしそうな声を上げる。
「彩ちゃん、昨日はご迷惑おかけしました。送ってきてもらったりして、本当にありがとうございました。あ、ごめんなさい。あなたのファンだった頃の口癖で、つい彩ちゃんなんて言ってしまいました。ごめんなさい」
「いえ、いいのよ。ピュセルのメンバーはみんな、私のこと『彩ちゃん』って呼んでるよ。だから、それでいいよ。それより、どう? 具合のほうは?」
「はい。昨日はなんか体調悪かったんですけど、一晩寝たら、すっきりしました。父と母のこと、すっかり思い出すことが出来て、今、祖母と二人のお墓参りに来てるんです。彩ちゃんのおかげです」
「私なんか、何もしてないのよ。でも、そう、良かった。それでね、突然だけど、あなたにお願いがあるの。あなたにピュセルに入ってもらいたいの。バンド活動のほうをやりたいのは知ってる。バンドのほうも出来るように、会社のほうに働きかけるようにはするつもりよ。でも、今のピュセルには、あなたが必要なの」
雪乃は肯く。
「昨日のことがあったので、会社の方々に引かれてしまって、もう、お話は無いかなって思ってました。だから、嬉しいです。こんな私でもよろしければ、是非参加させて下さい」
「ありがとう。そう言ってくれると、嬉しいわ。で、急なんだけどね、明日って、あなた学校から何時頃にはご自宅のほうに帰っているの? お伺いしたいの?」
雪乃は口ごもってしまう。
「あの……、実は……、私明日は……、いえ明日も明後日もずっと一日中家に居ます。今、学校に行ってないんです。五月の連休明けまで、停学中なんです……」
彩は少し驚いたような口ぶりだった。
「停学中なの! そう……、もしよかったら、何故停学なのか、教えてくれる?」
「四月の初めに、軽音部の新入部員勧誘で、学校の正門前で、ボンテージ姿でデスメタルの演奏やったんですけど、校長に風紀を乱したとか、なんとか……。キリスト教の学校で悪魔崇拝の音楽をやったとか、誤解されまして……、軽音部部長として責任取らされて、停学一ヶ月になりました」
雪乃は携帯の向こうのしばしの沈黙を、彩の拒絶のように感じた。しかし、携帯からは、くっくっく……、という笑い声が聞こえてきた。
「ああ、おかしい……。雪乃ちゃん、あなたって、いろんな意味ですごい人ねぇ」
雪乃は恐縮する。
「あの……、私、自分がオーディションには受かるって思ってなくて、友達の付き合いで参加したので……、停学中とかは黙ってました。それに演劇のほうのオーディションと思っていましたので、ピュセルにお誘いただけるなんて思ってもいなくて……だから、会社のほうで、私のこともう一度、検討していただいたほうがいいと思うんですが……。アイドルグループって、スキャンダルには厳しいって聞きますし……」
彩は即答を返した。
「大丈夫よ。あなたのピュセルへの参加は、私が社長から一任されてるから、そんなこと気にしなくていいわ。それより、明日の件、お祖母さまのほうは大丈夫かしら? 保護者の方としてお話を聞いて頂きたいの」
雪乃は側にいる祖母に、彩の来訪とその目的を告げる。祖母はにこにことした顔で肯いた。
「はい、大丈夫です。今、祖母にも許可を得ましたから」
次の日、彩とグリーン・プロモーションの社員二人がやって来た。
雪乃の祖母は、先日の礼を言う。
「藤崎さん、皆さん、本当に先日は、うちの雪乃がご迷惑おかけ致ししました。申し訳ございませんでした。わざわざ東京の方から送ってきて頂きまして、本当にありがとうございました」
彩のほうが恐縮している。
「いえ、こちらこそ、ご迷惑を承知で、性急に押しかけて参りまして、申し訳ありませんでした」
それから、彩に同行してきたプロダクションの社員が、テーブルに契約書を示し、その内容を説明していった。
「……、以上の内容です。それから、雪乃さんの通勤に関してですが、こちらのご自宅から新幹線で二時間弱ですが、通われますか? それとも、都内に移ってこられますか? その場合、弊社の負担で社宅としてマンション用意致します。但し、未成年の方に対しては、同居して頂けるご家族、親戚の方が必要です」
雪乃は時間がかかっても、通うつもりでいたのだが、祖母は昨夜、雪乃に内緒で話を進めていたようだった。
「いえ、この子は横浜の親戚の家に住まわせるつもりです。そこはこの子の母親の実家ですから」
雪乃は寝耳に水で面食らう。
「えっ! 私、横浜のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとこに行くの? でも、お祖母ちゃん、一人になるよ」
祖母は意に介さなかった。
「大丈夫よ。私は一人で大丈夫。ご近所にお友達も居るしね。あんたは、自分の道を行きなさい。それに、横浜の山崎家も今は二人暮らしだし。部屋一杯余ってるって。あんたのお母さん亡くなってから、向こうも寂しい思いなさってるの。だから、行ってあげて」
雪乃はピュセルに入るため、静岡の家を出ることとなった。学校は芸能人が多数所属する東京の高校の通信過程に編入することとなった。
楽器や衣服などの荷物を横浜に送ってしまった後、雪乃は買ったばかりの中古のバイクで自走していくことになった。
雪乃はこの三月で十六になったので、春休みにバイクの普通二輪の免許を取った。祖父が居なくなり、車を使うことが出来ず不便していたという理由もあった。学校のほうは、バイク通学は禁止していたが、免許の取得は禁止していなかったのだ。
だから、雪乃は一年前から近所のバイク屋に置いてあった中古のサイドカー付きのヤマハSR400に目をつけていた。十八になって車の免許が取れるようになるまで、スーパーへの買い物など祖母を横に乗せてやろうと思っていたのだ。
バイクの右側に付いているサイドカーに、本をびっしり詰めた二つの段ボール箱が載せてあった。祖母がそれに気付く。
「あら、これだけ送り忘れちゃったの?」
「違うよ。重しにするために、残しておいたんだ」
「重し?」
「うん、空だとね、右側が軽すぎて、右カーブで遠心力で内側のサイドカーが浮き上がってしまうの。こんなに難しいものだと思わなかった」
祖母は驚く。