鋼鉄少女隊 完結
その日、雪乃はグリーン・プロモーションの車で家まで送られた。東名高速を走り、静岡まで二時間弱の間、雪乃は同乗している彩にずっと抱かれていた。
彩は雪乃の家に着くと、雪乃を支えながら、二階の部屋に上がり、雪乃を寝かしつけた。それから、雪乃の祖母に事情を説明した。祖母は、ほーっ! と、大きなため息を吐いた。
「そうですか……。あの子、思い出したんですか……。あの子をアメリカから連れて戻って来た時は、それは、毎日泣いて泣きまくってたんですよ。それが、半年程経ってから、けろっとして立ち直り、うちの主人と外に、魚捕りに行ったりして、また明るくなってたんです。でも、その時には、完全にアメリカに行って、事故に遭ったという記憶はありませんでした。自分は日本に居て、両親の死を後から教えられたのだと、思いこんでいました。例え嘘の記憶でもそっちのほうが、雪乃には楽ならと、私らも口を合わせてました……。ほんと、今日は、ご迷惑おかけいたしました」
彩は雪乃の家を辞し、また車で会社に戻った。雪乃の祖母には、雪乃が落ち着いた頃を見計らって、連絡すると告げてきた。
グリーン・プロモーションの社長室。夜八時頃。雪乃を送って、静岡から戻ってきた彩と、社長が二人でいる。
「そういうことなのか……。惜しいなぁ、完璧な子だと思ったんだがな。容姿もいいし、歌も上手だし、楽器も弾ける。あの子なら、ピュセルの十年余りの膨大な曲を、直に歌もダンスも完璧に覚え込んでてしまうと思ってたのになぁ。神は完全なものを作らないのかね。惜しいなぁ。そんな傷があるとはなぁ……」
しかし、彩は言い切る。
「村井雪乃には、ピュセルに入って貰おうと思ってます」
社長が咎める。
「何言ってるんだ! 公の場で、また今日みたいに、泣き叫び出したらどうするんだ! あの子には精神科の治療が必要なんじゃないのか?」
彩は頑強に言いはる。
「大丈夫です。あの子は強い子です。今日は、一時的なショックでパニックになっていましたが、直に立ち直ります」
社長は声を荒げる。
「今日一日で、あの子の何がわかる。適当なこと言うんじゃない!」
彩は暗い窓の外を眺めながら、呟くように言う。
「私には、わかります。あの子は……、私と同じニオイがするんです」
「利いたふうな口をきくな! あの子は、底のほうで壊れている」
彩は社長を見据える。その目は涙で潤んでいる。
「壊れている者は、ピュセルに入れないんですか? なら、私をピュセルから追放してください! 私だって、もう……、充分に壊れています」
社長は苦々しげに言い放った。
「勝手にしろ! しかし、何かあったら、責任は取らすぞ……。彩、お前ってやつは……」
その夜、雪乃は夢を見た。父と母が居た。自分は小学校一年だった。傍らに小学校六年の彩が居て、手を繋いでくれていた。しかし、父と母の顔はぼやけていて、よくわからない。
遊園地で、雪乃と彩はメリーゴーラウンドの木馬に二人で跨る。一回転、また一回転と回るたびに、柵の向こうに立つ父と母の顔が明瞭になってきた。まるで、霧が晴れていって、風景が輪郭と色を現すように、父と母の顔立ちは、はっきりとしてくる。
「お父さん! お母さん!」
雪乃は彩と共に、木馬の上から手を振る。父と母は、にこにこと微笑んでいる。
朝、目が覚め、雪乃はベッドの中で涙を流していた。
「ごめんね。お父さん、お母さん……。長いこと、忘れていて、ごめんね。私、恐かった……。お父さんとお母さんのこと思い出すのが恐かった。でも、もう忘れはしないよ……」
一階に下りた雪乃は、あちこちの引き出しを開いて、捜し物をしていた。祖母が声をかける。
「どうしたの? 何か捜してるの? 先に、朝ご飯食べてしまいなさい」
雪乃はそれでも、ごそごそと捜し続ける。
「お祖母ちゃん、お父さんとお母さんの写真が一枚も無いの。どこにしまってあるの?」
祖母は、ほっ! とため息を吐く。
「そんなところには無いよ! 小さい頃のあんたが、写真見て泣き叫ぶから、全部隠してしまったのよ。ほら、ここに一枚だけある」
祖母は仏壇の引き出しの奧をさぐって、写真立てを取り出した。そこには、雪乃の父母の並んだ姿があった。その写真立てを受け取って、雪乃はぽろぽろと涙を流す。
「あんなに、大事にしてくれて、可愛がってくれたのに、怖がったりして……、ごめんね」
祖母も、うっすらと涙を浮かべている。
「雪乃、仕方ないよ。小さな子供には、二人とも……、ほんとに残酷すぎる姿だったものね。そんなに、自分を責めることないよ」
祖母は、また仏壇の引き出しの奧をさぐり、二個の小さなケースを取り出す。指輪のケースだった。
「これは、もう触れるの? お父さんとお母さんの結婚指輪よ。小学校一年のあんたは、この指輪を見ると、怖がって泣き出したから、あんたに渡せなかったのよ。二人の死体の指にはまっていたこの指輪も恐かったんだよね」
雪乃は二つの指輪を取り出し、右手と左手のそれぞれの親指と人差し指で摘んだ。じっと二つの指輪を目の前にかざした後、それぞれ自分の左右の頬に押し当てた。それから、自分の首にかけてあった、細い革紐を外す。革紐の先の銀のメダルを外して、二つの指輪を通し、また首にかけた。
「この指輪とは、もうこれから、ずーっと一緒に居るよ」
祖母は何度も肯いていたが、ふとテーブルの上の鋼鉄少年隊のメダルに気付く。
「これは、どうするの? これも、あんたの大事な思い出なんでしょ?」
雪乃は微笑む。
「これは、携帯ストラップにする」
雪乃と祖母は、その日の昼下がり、墓地に居た。雪乃が父と母の墓参りを望んだからだ。墓に花を手向け、心の中で父と母に長い間、語りかけて来た。雪乃はすがすがしい気持ちで木漏れ日の映える、石段を下ってくる。
「お祖母ちゃん。気持ちいいね。ここは桜がまだ咲いているんだ」
「ソメイヨシノじゃなくて八重桜だけどね。でも見頃はうちの近所じゃ、四月中旬だけど、こんな山の上では、今頃の四月下旬が丁度いいのよ」
雪乃はおもいきり深呼吸をして、山の空気を肺にいっぱい取り入れた。
「お祖母ちゃん。私、神って……。神様って人間とは関わりがないって、ずっと思ってた。人間の願いなんて、何も聞き届けてくれなくて、人間このことも、うっとおしい虫けらくらいにしか思ってなくて、シカトし続けていると思ってた。でも、今度のことで考えが変わったの。神様は人間の願いを、ちゃんと聞き届けてくれるんだと思った。だって、私、あの事故の時、『彩ちゃんに会わせてください』って神様に祈ったの。でも、それが十年後にかなって、彩ちゃんに会えた。きっと、神様には神様時間ってものがあるんだ。のんびりし過ぎだけどね。それとね、私、ピュセルに入りたくなったんだ。折角会えた彩ちゃんと、もっと、ずっと長く居たいから。ねぇ、お祖母ちゃん。私、ピュセルに入ってもいいでしょ?」
祖母はにこにこしながら、肯いた。
「お前は、もう十六だよ。女は十六になれば、結婚だって出きるのよ。私は、お前が十六で大人になったと認めているからね。大人なんだから、自分の思ったようにしなさい」
雪乃は、ふと顔を曇らす。