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鋼鉄少女隊  完結

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 八人の眼が雪乃に降り注ぐ。男性社員が雪乃を紹介した後、雪乃自身が口を開く。
「初めまして、村井雪乃です」
 八人は雪乃のほうに会釈する。直ぐ側にいたのは、戸田明日香で、奧のほうに藤崎彩が居た。男性社員は藤崎彩に会釈すると出て行ってしまった。要は、ピュセルのメンバー達による面接であると雪乃は感じていた。
 ガールズバンドをやらせて貰えるというので、やって来たのに、ダンスと歌のアイドルグループにという社長の提案に、雪乃は複雑な気持ちだった。なんとか、うまく辞退して帰りたいというのが本音だった。
 ガールズバンドについては、ネットの募集掲示板を通していくつかのバンドと既にコンタクトを取っていた。ライブハウスに出ていたり、インディーズデビューしているところもあれば、ほんとに初心者達のところもあった。しかし、雪乃のバンドの全パート可能はメンバー募集に応募するに有利だった。だから、アマチュアレベルでもいいから、バンド活動をしたいという雪乃の意志は揺るがなかった。
 サブリーダの戸田明日香が満面の笑みで雪乃をねぎらった。
「いらっしゃい。三次選考のビデオをみんなで見せて貰ってね、すごい子が居るねって、噂してたんだよ。みんなを紹介するね。まず、あなたが小学生の時ファンだって言ってた、我がピュセルのリーダ、藤崎彩ちゃんです」
 明日香が左手を彩の方に差し伸べる。彩は笑みを浮かべて、雪乃のほうに近寄って来る。そのとき、雪乃の耳の中で何かワーンという音が鳴って、急に人の声が遠くで反響するように小さく聞こえ出した。視野が狭まり、冷や汗が出てきた。さらには、突然、涙が止めどもなく流れ出してきた。
 明日香が少し呆れたように微笑む。
「あら、あら、そんなに感激しなくったっていいのに。妬けるなぁ、彩ちゃんが羨ましいわ。私にはそんな涙流して喜んでくれる程のファンいないよ」
 しかし、雪乃の様子は異常だった。明日香が不審に思い始める。
「この子ちょっと変よ! ねぇ、何処か具合悪いの?」
 彩もそれに気付く。
「どうしたの? 苦しいの? 何処か痛いの?」

 しかし、雪乃は苦しいというような表情はしていなかった。じっと立ち尽くし、涙を流しながら彩を静かに凝視し続ける。明日香が雪乃と、彩を見比べる。彩を見つめる雪乃の眼差しに不審なものを感じる。その顔は彩に何かを訴えようとしているように見えた。
「ねぇ、彩ちゃん。この子のこと知ってるの? なんか昔、関わりがあったの?」
 彩は首を横に振る。
「そんなこと無いよ。でも、何か事情があると思う。明日香ちゃん、みんな、悪いけど部屋を出て行って。私一人で、この子の事情を聞いてみるから……。お願い!」
 メンバーらはリーダの言いつけどうり出て行く。明日香が振り返る。
「彩ちゃん! ドアの外に居ようか?」
「大丈夫! みんなと一緒に、休憩室に行ってて」
 明日香は心配気な顔をする。
「会社の人に言っておかなくていい?」
「まだ、いい。なにかあったら、明日香の携帯にかけるから」

 雪乃の頭の中では記憶のジグゾーパズルが、最適な形を求めて、さまざまな過去のピースを組み合わせていた。一度は解けずに、長い間放置していたジグゾーパズル。いや、解きたくなくて、しまい込んでしまったパズル。
 彩の顔が、抜け落ちていた重要なピースとして、一つの場所に嵌ったとき、全ての記憶の置き場所が次々と定まっていった。
 雪乃は全ての過去を思い出して、うっ! と小さく呻いて、そのまま床に座り込んでしまった。彩も傍らに屈んで、安否を気遣う。
 と、突然、雪乃が喉を鳴らして、号泣しながら、譫言のような言葉を呟き始めた。
「お父さん、お母さん! ごめんなさい。私、悪い子だった。ごめんなさい、ごめんなさい……」
 彩は一瞬、ぞっとした。明日香らを行かせてしまったことを後悔した。雪乃が発狂したと思ったからだ。とても、自分には手に負えないと思った。
 しかし、雪乃はしばらくして、正気を取り戻したように大人しくなった。とはいえ、目からは絶え間なく涙がこぼれ続けていた。
「ごめんなさい。取り乱してしまいました。ずっと昔の子供の頃の記憶、思い出してしまって……。彩ちゃんに会って、今まで忘れてた記憶を全部思い出してしまって……。辛くて……、ごめんなさい」
 彩はまだ戸惑いが残っていながらも、少しほっとした。彩は雪乃が泣いた理由を尋ねることが、こういう場合に、適切なことかわからなかった。

 しかし、尋ねるほうが、雪乃の心を落ち着かすことになるのではと考えた。
「雪乃ちゃん、どうしたの。何を思いだしたの? 辛いことは、人に話すと少しは楽になるよ」
 彩は雪乃の肩に手を回し、優しく抱いた。雪乃は、彩の顔をじっと見つめていた。涙は絶えることなく、流れ続けていた。
「私、自分の記憶を偽ってたんです。小学校一年の時の記憶です。私って、心が病んでたんだ。自分の記憶をねじ曲げてた。無かったことにしていた……」
 彩は雪乃の髪を優しく撫でてやる。
「病んでなんかいないよ。病んでない。誰だって、忘れてしまってることって、一杯あるよ」
 雪乃は自分の髪を撫でる彩の指先の心地良さに、次第に落ち着きを取り戻して行った。
「私、小学校一年の時、両親が交通事故で亡くなったんです」
「あなたのプロフィールに書いてあったの読んだよ。お父さんとお母さんは二人でアメリカに旅行中に亡くなったんだよね」
 雪乃は眉間に皺を寄せる。
「私、ずっと、お父さんとお母さんが二人とも遠い国で亡くなり、私は日本に居たって、偽の記憶を持って生きてきました。違うんです。私も一緒にアメリカに行ってたんです。一緒に事故に遭ったんです。レンタカーで走ってました。二人は前の席で、私は後の席で疲れてうとうととしてました。急にガーン! て、激しい衝撃で私は座席の下に転がったんだ……。ガリガリっていうものすごい音がした。昼間だったのに、突然暗くなってた。対向車の大きなトラックがセンターラインをオーバーして来て、私達の車と正面衝突して、車はトラックの下に潜り込んでしまってた。パトカーやレスキュー隊が来て、トラックを持ち上げ、ひっぱり出されたけど、車は屋根が無くなってた。私も後の座席の下から助け出された。その時、前の座席のほうを見ると、シートベルトしたお父さんとお母さんが座ってた」
 雪乃は突然、わーっ! と、叫んで、また激しく号泣を始めた。
「二人とも……、首が無かった!」
 彩は雪乃を強く抱きしめる。
「大丈夫よ。大丈夫……」
 彩の目からも涙がこぼれた。雪乃はしゃくり上げるように泣きながら、話を続ける。
「それから、私、病院に入れられたの。お祖父ちゃんお祖母ちゃんが日本から、駆けつけてくるまでの間、言葉のわからない人達の中で、彩ちゃんのトレーディングカードの写真にずっと語りかけてた。『彩ちゃん、私を助けて! 彩ちゃんここに来て!』って……」
 彩は泣きながら、雪乃に頬ずりした。
「そう……、ごめんね。行って上げられなくて、ごめんね。でも、今、私ここに居るよ。あなたの側に居るよ。だから、もう、大丈夫だよ……」
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫