鋼鉄少女隊 完結
第五章 アイドルグループ
結局雪乃は今度は一人で、東京のグリーン・プロモーションにもう一度出向いた。控え室には、十人の女の子が居た。その一番最初に雪乃が招き入れられた。本選考の会場は、役員の会議室であった。今までの選考時に居た人は、長髪の音楽家っぽい中年男性一人だった。後は初対面の人達で、年齢層は過去の選考時の人達よりは、十歳くらいは年配といった感じだった。
真ん中に座っていた、グリーン・プロモーション社長の田口が、雪乃のほうを見つめて、にこにことした顔で口を開いた。
「なるほど、越後美人だ」
きょとんとしている雪乃に社長は、続けて問いかける。
「静岡出身ということだけど、新潟とは関わりないの?」
雪乃は首を傾げながら答える。
「祖母が新潟です」
「そう、やっぱり。で、新潟の何処?」
「長岡市です」
社長は我が意を得たりと、肯く。雪乃のほうはいきなりの社長との質疑応答に、狐に摘まれたような思いだ。
「でも、私、祖母には全然似てないんです。父母とも似てないし、他の親戚にも私のような顔の人はいないんです」
社長はそれでも、雪乃を越後美人と認定する。
「きっと、お祖母さんの先祖の家系に君に似た人が居たんだよ。秋田美人とか越後美人とかいうでしょ。東北の日本海側の人には白人のDNAが入ってるんだって。古代に白人が移住して来たって言われてるらしいんだ。だから、純和風美人とは違って、君みたいに色白で細表、すらっとした鼻、ぱっちりした二重の目を持った女性がよく出るんだよね」
雪乃はこの歳の割には、やけに、雪乃のような孫みたいな少女を、まるで同世代の少年のようにざっくばらんな物言いをするこの社長に戸惑っていた。
社長は前回撮影した雪乃のビデオでほぼ雪乃を内定していたようだった。社長は遠回しではあるが、徐々に核心に入ってくる。
「君、ピュセルのファンだったんだね」
「はい、小学校一年の時なんですけど」
社長は頷く。
「自分もピュセルに入りたいと思った?」
「はい、私も歌って踊れるアイドルになりたいと思ってました。女の子にとって、ピュセルは男の子にとっての戦隊ヒーロみたいなもんなんですね。すごく憧れました。コンサートもお母さんに連れられて二回見に行きました。トレーディングカードも一杯持ってたし、ピュセルのグッズもいろいろ持ってました」
「藤崎彩が好きだったんだってね。どうして藤崎彩だったの?」
雪乃は首を傾げる。
「うーん。多分、彩ちゃんが小六で、二十代や十代後半の他のメンバーに比べて、年齢的にも近くて、背が低くて、自分の目の高さに近い人だったからだと思います。それと、一番優しそうだったからでしょうか」
「何時まで、ピュセルのファンだったの?」
「小学校一年の三学期迄です。幼稚園のとき、テレビで『ピュセル・タイム』って番組が始まって、それから夢中になっていたんですけど、小一の三学期に父と母が交通事故で亡くなって、それから祖父、祖母に引き取られて、いろんなことがあって、いつのまにかピュセルのこと忘れてしまってました」
「それで、小学校の頃はずっと、将来アイドルになりたいと思ってたの?」
「いえ、小一のときはアイドルですけど、それ以後はプロの釣り師を目指していました」
「釣り師?」
「祖父に連れられて、釣りによく行ってたんですけど、ブラック・バス釣りにはまってしまって、将来はアメリカに行って、プロのバス釣りの釣り師になりたいと思ってました」
社長は愉快そうに頷き続ける。
「じゃあ、プロの釣り師から、どうして、ガールズバンドのほうに行ってしまったの?」
雪乃は少し口ごもりながら話す。
「小学校六年の時です。物置でアマチュア・バンドやってた父のものだったエレキギター見つけて、それが格好良くて、私も父のようにバンドやりたいって思ったんです」
社長は何度も頷いた末、ずばり本題に入る。
「君の希望のように、ガールズバンドのプロジェクトは前々から企画していて、立ち上げたいと思ってるんだよ。でも、まだまだ準備期間が必要なんだ。それまでの間、君にはピュセルのメンバーになっていてもらいたいんだよ」
雪乃は一瞬、きょとんとした。
「あの、すいません。私、今ぼーっとしてたのか、『私がピュセルに入る』って言うふうに聞き間違えたように思います。あり得ないですよね。すいません」
「いや、聞き間違えじゃない。君は歌も楽器演奏もたいしたものだ。プロでも君より下手なのもいるよ。それに、君の新体操の演技ビデオでみたんだけど、ダンスのほうもちょっと習えば、直にこなせるようになると思う。そんなに謙遜することはないよ」
雪乃の戸惑いはそんな理由ではなかった。
「あの、すいません。質問してよろしいでしょうか。いきなり、『ピュセルに入る』っていうの、私には予想外で混乱してしまっているんです。それで、質問ですが、ピュセルは確かピュセルプロジェクトという会社に所属していたという記憶があるんですけど、こちらの会社とはどういう関係があるんでしょうか?」
社長は驚いたような顔をする。
「えっ! 君、ピュセルがうちに所属するって知らなかったの? ピュセルプロジェクトってのは、会社じゃなくて、うちの会社の女性アイドル部門の名称なんだよ。最初から、ずっとね。知らずに、好きなアーティストがピュセルって言ってたわけ?」
雪乃は、はぁ、と頷く。
「私、小学校六年頃から、J−POPは聞かなくなってたんです。アイドルユニットにも興味失って、CDで聞くのはメタルのバンドでした。私がピュセルのファンだったころから、十年は経ってます。最近テレビでピュセルを見たことなかったし、こんなこと言ったら、失礼なんですけど、正直言うと、ピュセルはもう解散してるのかと思ってました」
社長は少し、心外という顔になるが、また微笑みを取り戻す。
「ピュセルはまだあるよ。テレビに出て無くったってね、コンサートは全国で年平均六十回はやってるんだよ。これが今のメンバーだ」
社長は、A4サイズのカラー写真を取り出し、机の上に置く。雪乃は近寄り、目を凝らす。
「この前列左側が藤崎彩ちゃんですね。これが、戸田明日香ちゃんかな。後の人は全然わかりません。最近入った人達ですか?」
社長は肯く。
「そうだね、君がピュセルのファンだった頃のメンバーはこの二人しか残っていないね。後は新規にオーディションして入った子らだよ。それで、先日の三次選考でのビデオをピュセルのメンバーには見せてある。みんな君のことを即戦力の子って期待している。その反面、ライバル心もあるだろうがね。実は、今日、ピュセルのメンバー達が君を待っているんだ。顔を合わせてくれないかな」
結局、雪乃はピュセルのメンバーらと対面することとなった。ビルの一階下のフロアの一室に連れて行かれた。
プロダクションの男性社員がドアを開く。中は十二畳ほどの広さのミーティングルームで、中央にスチールの机があり、その周りにピュセルのメンバー八人が腰掛け、それぞれ雑誌を読んだり、音楽を聴いたり、携帯でメールやウエブサイトの見たりしていた。
雪乃を待つために集結しているらしく、待ちわびて暇つぶしをしていたのだ。