鋼鉄少女隊 完結
三人も自己紹介する。高三、十八歳。高二、十七歳。高一、十六歳だった。雪乃は三月生まれのため、同じ十六でも一学年上に成っている。
寸劇の内容は、何処かの会社の事務所で、OL三人、一人は三十代のお局様。二人は新入りOL。それと中年の掃除婦だった。雪乃は自分がずぶの素人であることを打ち明ける。
「実は、私、演劇の経験とか全くありません。できたら、一番科白の少ない役にして貰えたら、ありがたいんですけど」
雪乃以外の三人は顔を見合わせる。どうやら、雪乃が来る前に既に三人で配役を決めていたようだった。高三の女の子がお局様OL。残りの二人が新入りOL。後から来た雪乃には掃除婦の役をと決めていて、雪乃を納得させようと思っていたらしい。だから、渡りに船で、科白の少ない、掃除婦の役をくれた。お互い、利害が一致したので、練習を始める。高三の子が仕切った。みんな、よく通る大きな声を出していた。そういえば、学校の文化祭でも演劇部の公演はみんなテレビドラマとは違って、客席の後まで聞こえるような声を出していたのを思い出す。掃除婦の出番になった。雪乃も他の三人の声に負けないように、明瞭でよく通る声を発した。しかし、科白は棒読みだった。
「まぁ、こんなに紙くず散らかしてしまって!」
一瞬、劇の進行が止まり、他の三人が雪乃を見つめた。雪乃はあまりの下手さを非難されたかと、首をすくめた。高三の子は、戸惑っていた。
「あなた、本当に経験ないの? 発声がすごくしっかりしている。トレーニングしてたんじゃないの?」
雪乃は科白の棒読みを咎められた訳では無かったのでほっとした。
「演劇の経験はありませんけど、私、バンドでボーカルやってますから、声だけはよく出るんです」
三人はそれで、納得する。練習が続けられた。一時間後、さっきの男性社員が迎えに来る。四人は演技の会場のほうに行く。雪乃が思っていたような舞台ではなく、広いフロアに、スチールの机、椅子に座った演劇の審査担当者が数人いて、特技の時のようにビデオカメラが回されていた。
審査用の寸劇が始まる。雪乃は演劇素人らしく終始、棒立ち、棒読みだった。
だが、雪乃は別に、このオーディションに受かろうとして来てるわけでもないので、緊張することも無く自分の役を終えた。というより、自分に演劇など無理と自覚している。
ゴスロリドレスを貰った以上、美咲の付き添いのようにしてのオーディション参加を律儀にこなしていたのだ。今度こそこの演技審査で落ちたなと確信した。
雪乃と美咲の日帰り組は審査の順番を優先的に先に繰り上げてくれたため、二人の全審査は夕方五時には終わった。
新幹線で静岡への帰路、品川駅より駅弁を買って二人で並んで座る。美咲がペットボトルのお茶を飲んで、黄昏れていた。
「お疲れー。やっと終わったね。なんか、今日一日、お昼食べるとき以外は、雪乃と一緒じゃなかったね」
「私、特技のほうから回ったもんね。あんた、演技ほうだったから。なんか、学校の健康診断でぐるぐる回らされてたって感じ。オーディションて、舞台で水着審査とかやって、客席側に審査員が並んでるのかと思ってた」
「そりゃ、ミスコンだよ。でも、きっと公開オーディションなら、そうかもしれない。たぶん、今日ビデオカメラで撮って、後から会社の役員みたいな人達が、じっくり見て本選考に誰を呼ぶか決めるんだと思う」
「演技審査は、美咲どんな役やったの?」
「私、お局様OL」
「掃除婦のおばさん役も居た? 私、そのおばさん役」
「居た! じゃあ、みんな同じ台本だったんだ。で、出来はどうだったの?」
雪乃は駅弁の二段重ねの折詰めを止めてある輪ゴムをバチッと音を立ててを外す。
「ぼろぼろに決まってるじゃない。私、演劇部じゃないよ。あんなの無理! 他の三人はなんか、演劇部っぽかった。すごく科白に感情入ってた。私は棒読み。演劇審査で落ちたなって感じたよ。でも、おもしろかった」
三次選考の結果はメールだけではなく、封書でも来た。雪乃は戸惑ってしまった。合格していたのだ。美咲に電話してみると、美咲は落ちていた。それが、戸惑った原因でもあった。美咲に対して、すごく気まずかったのだ。
「ゴスロリ・ドレスを返そうか」
と、恐る恐る聞くと、
「いいよ上げる」
と言って、ぷつっと電話を切られてしまった。
祖母に相談してみると、何も悩むことがないというふうに、ばっさり切り捨られてた。
「あんたが、全くやる気がないというなら、先方の会社にお断りの電話入れたら。本当に演劇がやりたい人が繰り上がるでしょ。その繰り上がるのが美咲ちゃんかどうか、わからないけど、それで気まずさは無くなるでしょ」
なるほどと思い、雪乃は早速電話を入れた。しかし、担当者は雪乃に本選考へ来るようにと必死に説得した。
「今回募集しました、演劇部門のオーディションのほうを受けてもらいましたが、あなたの場合、特別枠で考えております。あなたの音楽方面での、即戦力になる才能を高く評価しております。次回の面談次第では、ご希望のガールズ・バンドも視野にあるとお考え下さい」
祖母と電話で話したいというので、受話器を渡す。祖母はそれから、電話で三十分もの間話し込んでいた。やっと受話器を置いた祖母は、さっきとは逆に、雪乃に本選考に出向くように勧めだした。
「演劇枠じゃなくってね、音楽枠での採用をってね、そこまで言ってくださるんだから、行ってみたら。あんたの才能認めてくれてるのよ。あんたの夢の、バンドだって出来るかもしれないじゃない。美咲ちゃんには、演劇方面じゃなくて、特別に音楽方面での面接だって言えば。美咲ちゃんも、そんなに心の狭い子じゃないと思うよ。それでね、先方さん、私にも当日、来てくれっていうんだけどね。その日、私、丸山のお爺ちゃんの七回忌で行かなきゃならないのよ。だから、孫の採用が決定しましたおりには、ご挨拶に上がりますって言っておいたよ。だから、あんた一人で行きなさい。自分の夢がかなうかもしれないよ」
封書できた三次選考合格通知のほうには、同意書というものが入っており、未成年なので親権者に同意書を記入してもらい、本選考時に持参するようにとあったので、祖母が記入してくれた。