鋼鉄少女隊 完結
第四章 オーディション
「『歌って踊れるミュージカル女優になりたいです』って書かれてますね。好きなミュージカルとか最近見たミュージカルとか教えて下さい」
第二次選考の面接時にいきなり聞かれてしまった。雪乃はうーんと詰まる。ミュージカルなんて知らない。あっさり、白状してしまった。
「すいません。それ、私の友達が書いてしまったんです。私、ミュージカルとかよく知りません。本当のこと言うと、演劇とも縁がありません。私はロックのバンド。特にメタルのバンド、スラッシュメタル、デスメタル、ゴシックメタル、メロディックスピードメタルのバンドなら外国、国内ともに詳しいです。私の夢はメロディックスピードメタルのガールズバンドやることですから。どうも、すみません。いいかげんな者が来てしまいまして」
雪乃は後悔していた。やっぱり、来るべきじゃなかったと。恥かきに来ただけだと思った。しかし、面接に当たっている芸能プロダクションの担当者は、別に咎めもしなかった。
「あ、いいです。いいです。よく有ることです。応募したのが本人じゃなくて、親、兄弟とか友達とかいうパターンはよくあります。だからそういことを確認するためにやっています。それと写真が本人かどうかの確認もですがね。それに、うちの会社は演劇の女優以外にも、いろんなジャンルのアーティストも募集していますから、気にしなくていいですよ。それじゃ応募書類の内容を訂正するために本当のところを聞いておきます。高校軽音楽部部長。パートはドラム、ギター、ボーカルってことですが、ここはどうですか?」
「それは間違いありません」
「ドラム、ギターは高校に入ってから始めたんですか?」
「いえ、小学校六年から始めました」
「あと、なにかスポーツとかは?」
「中学の時、新体操やっていました」
面接担当者はうんうんと肯きながら、書き込んで行く。
「それで、好きなアーティストに、ラ・ピュセルと書かれてますが、これはどうですか?」
雪乃は困ったような顔をした。
「私が書くなら、メロディックスピードメタルの女性ボーカルのバンドを二つ、三つ書いたと思うんですけど、友達は私が小学校の時、ピュセルのファンだったの知っていたので、そう書いたんだと思います。ファンだったのは小学校一年の時ですから」
「じゃあ、小学校一年の時、ピュセルの中で一番好きだったメンバーは誰でしたか?」
「藤崎彩さんです」
面接が終わり、雪乃はさばさばした気持ちだった。美咲は少し考え込んでいる。
「三次選考に行けるかなぁ……」
「美咲は通ったんじゃない。私は完全に落ちたよ。ミュージカルなんて知らないし、演劇なんかとも関係ないって、白状したもんね。さぁ、なんかおいしいもの食べて帰ろう。あんたの奢りで」
美咲はこくっと肯く。雪乃はいたずらっぽく笑う。
「嘘よ。ワリカンでいい。服、貰ってるものね。でも、演技審査なくて良かった。きっと三次の時にやるんだね。あんたは頑張ってね」
二週間後、雪乃のところに二次選考通過のメールが来た。雪乃は意外な気がした。美咲も共に通っていた。次は三次選考だが、東京の主催芸能プロダクションであるグリーン・プロモーションの本社で行われるとあった。
結局、美咲と二人新幹線に乗り、東京へと向かった。美咲は、着替えと化粧道具を入れたバッグを持っているだけだが、雪乃のほうは特技欄がドラム、ギター、新体操となってしまっているので、ギターと新体操の手具を一つ持ってきてくれと言われていた。ギター演奏と新体操の演技をするようにとの指示だったのだ。だから、エレキギターのケースを肩に掛けてきた。それ以外の荷物は大きめのリュックで背に担いでいる。
中には、レオタードも入れた。雪乃は中学三年で百六十センチになったあと、身長が止まっているので、中学三年時のレオタードは着れた。しかし、試合用のきれいな色、花柄の個人演技、団体演技の高価なほうの二着は卒業時に後輩にあげてきてしまったので、数枚あった無地の練習用レオタードのうちあまり使ってなかった紺色を持ってきた。手具は一番得意なロープを持ってきたので、そんなに、かさばることはなかった。
もちろん、旅費は会社側がもってくれた。雪乃達のような新幹線で日帰組以外の、遠方の応募者は、会社側からビジネスホテルを用意されていたようだ。
グリーン・プロモーションの本社のある都内のビルに行き着くため、二人は新幹線の品川駅で降り、京浜急行、地下鉄へ乗り継いだ。
午前十時集合で、雪乃らは家を六時半に出てきた。着いたのは丁度九時だったので、そのまま三次選考会場に入った。
二十人が集まっていた。実は二十人づつ三日で六十人が審査されることとなっていた。
雪乃はまず特技を披露する面接という事で、控え室でレオタードに着替えた。その上にライラック色のジャージの上下を着て、スニーカに履き替え、ギターケースを肩にかけ、手具のロープとエレキギターのエフェクターを入れた手提げ袋を持ち、会場に向かう。特技面接会場の横の控え室には空手着を着た女の子や、アニメのコスプレ姿の子などが目をひいた。雪乃は待つ間、ギターの弦のチューニングを行った。チューナで念入りに何度も弦を合わせた。
雪乃の番になり会場に入り面接担当者達の前に出る。大きなビデオカメラが回されており、録画された映像を後で会社の幹部らが見てゆっくり審査するらしかった。
雪乃はギターを用意されていたアンプに繋ぐ。アンプはヒュース&ケトナーの大出力アンプが用意されていたので、持ってきたエフェクタで音を歪ませるのはやめて、直結にした。
それから、マイナスワンCDをセットする。マイナスワンCDとは、楽器演奏用のカラオケだ。ギターの練習用なら、音以外のドラム、ベース音とボーカルが入っているものだ。ただ、雪乃の場合はボーカルも抜きたかったので自作したものだった。
雪乃は予め申請していた一曲、メロディックスピードメタルのギター、ベース、ドラムの3ピースの国内バンドの曲を、ギターボーカルで弾き語りした。ギターリフはおもいきり、疾走感たっぷりに決まった。演奏後、面接担当者らの質問が始まる。ここにいるのは殆ど、音楽関係者らしかった。
長髪の中年男性が口を開く。
「ギターすごくうまい。ピッキングハーモニクスきれい。持ってるギターもいいなぁ。ギブソンのSGカスタム、トニー・アイオミ・シグネイチャーか。最近の高校の軽音部って、みんなそんなふうにビンテージギター持ってるの?」
「いえ、そんなことありません。みんなお金ないですから、五万円くらいの使ってる人も居ます。私は自分で買ったんじゃなくて、昔、父が使っていたのがたまたま家にあったから使ってます。でも、このギターじゃなかったら、ギター初めてなかったと思います。小学校六年のとき、物置でこれ見つけたとき、黒くて、オオクワガタみたいで、すごく格好良くて、絶対弾けるようになってやろうと思ったんです」
「このマイナスワンCD、自作? ベース、ドラム打ち込みじゃないね」
打ち込みとは、シーケンスソフトというものを使って、演奏情報を入力して、合成的に楽器の音を作り出したものだ。
「はい。ドラムとベースは別々に自分で弾いて録音しました」