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亡き王女のためのパヴァーヌ  完結

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「由紀よ。私はあやつが憎くて言っているのではない。情けとして殺してやって欲しいと頼んでいるのだ。茜の復讐なら、とうの昔にあやつを殺しておる。夢魔乙体というのは、自滅の仕組みを持っている。しかし、それは自分自身では発動出来ぬのだ。誰か他の夢魔がその仕組みを動してやらねばらなぬ。あやつの寿命は尽きようとしている。夢魔乙体の自然な死に様は全身ガン細胞の固まりとなって死ぬ。千年の不死身の体持ったが故に、普通の人間のように簡単には死なない。全身醜い肉塊となり果て、数年を激痛に苦しみ抜くのだ。情けとして、あやつに死の前兆が現れたら、楽にしてやってくれと頼むのだ」
「どうして、私のような臆病者にお命じになるのです。師父なら、たやすく出来ることではないのでしょうか? やはり、師父は福井さんのことを憎んでいて……、出来ないって
……、いうことなんでしょうか?」
 妲己は悲しげな顔をする。
「いや、もうあやつのことを許している。しかし、私では無理なのだよ。由紀、お前は勘違いしているようだ。この私の正体が何なのか知れば不可能だとわかるだろう。由紀よ、夢魔は二千年の寿命と言ったろう。私は千年前に死んでいるのだ」
「でも、師父はここにいらっしゃいます。私の夢の中ですけど、何処かに存在するから、私の夢の中に入って来ることが出来るのではないんですか?」
「死後の存在など無いと言ったであろう。ここに居る私は、お前の第二人格なのだよ。夢魔の種にはそういう仕組みがあるのだ。夢魔になった者に最初の導入の手ほどきをするために、一時的に第二人格が作られ、様々な補助をする。そして役目が終われば、その第二人格は消滅するようになっている。私はもう役目を終えた。もう程なく消滅する」
 由紀は慌てる。
「待って下さい! 師父! 私を一人にしないでください。私の中にずっと居てください」
 妲己の姿形、輪郭が揺らぎ始め、その声が次第に遠ざかってゆく。
「無理だ。由紀よ。これは夢魔の種の仕組みが働いただけなのだ。しかし、私の全記憶と全ての呪法については、お前の心の中の奥深くに畳み込んで残してある。何か行き詰まったなら、それを参考にしてみるがよい。由紀よ最後に言っておく。お前の母もお前の友も早く死んで行くだろう。しかし、常にその時代に新しく愛する人々を作るのだ。失う悲しみもあるが、安らぎもそこにある。では、由紀よ幸せに生きるのだぞ……」
 妲己の姿も、湖の風景もぼろぼろと崩れて行く。そしてあの元の湿地帯の平原に変わった。
 
 由紀はぼんやりと、白い小さな花の咲く小高い丘に佇んでいた。孤独だった。妲己が実在すると思っていたから、それを心の頼りにしていたのに、消え失せてしまい不安にさいなまれた。
 と、雪乃が駆け寄ってくる。これもまた、自分の心の中の記憶の再生にしか過ぎなく、第二人格であった妲己に比べ、ほんとうに張り合いのない相手だった。
 しかし、雪乃は今まではとは少し違った。白い花を摘んで由紀に差し出す。雪乃は何か片言を呟く。
「ユキ……、ユキ……」
 雪乃が自分の名を呼んでいるのかと思う。
「そうよ、私は由紀。あなたは雪乃。あなたの名前は雪乃」 
「ユキノ……、ユキノシ……」
 由紀はふと思い出す。こんな場面をかって体験したことがあった。雪乃は野の花が好きで、図鑑を持っていてさまざまな花の名を教えてくれた。雪乃がこうやって、この花の名を教えてくれたのだ。
 由紀は必死でその名前を思いだそうとする。雪乃の姿が記憶なのだから、自分思い出せばよいはずだ。ユキノシタ、そう、その花の名はユキノシタという名であるのを思い出した。
 雪乃が連呼する。
「ユキノシタ! ユキノシタ!」
 由紀は今度は自分達の足下の小さな花を摘み雪乃に手渡す。
「じゃあ、この花の名は?」
 雪乃はじっと考え込み始める。由紀自身が思い出さなければいけないのだ。由紀は必死でその花の名を思いだそうとする。
 突然、雪乃が叫ぶ。
「ウメバチ! ウメバチ!」
 由紀も思い出した。これはウメバチソウだ。そういうふうに思い出した途端、雪乃の言葉も変わる。
「ウメバチソウ! ウメバチソウ!」

 由紀は雪乃のほうが先に思い出したことを不思議には思わなかった。雪乃は由紀の記憶が作り出しているもので、もう一つの自分なのだからだ。
 由紀にある思いつきが浮かぶ。
「雪乃! 私、あなたのこと、いくら時間がかかっても、生き返らすわ。あなたを、私の第二人格として生き返らせてみせるから」
 由紀は妲己が自分の第二人格として、自分と対話出来たように、雪乃もそんな高度なものしあげようと決心する。
 不完全ではあるが、雪乃の半生のことは由紀の記憶としてあった。由紀の心の奥をさぐれば、妲己が第二人格として由紀の中で、自由に振る舞っていた仕組みを探せるはずだ。
「雪乃、私必ず、あなたのこと蘇らせて上げるからね……」
 そう時間はたっぷりある。二千年ほど。いつか、雪乃の姿を現実の世界に幻として投影し、自分の第二人格としての雪乃をそこで活動させるのだ。