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亡き王女のためのパヴァーヌ  完結

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第十三章 公主と附馬



「商が夢魔を作ろうという試みは、私が使えた帝辛のお父上である帝乙の時代に遡る。古代遺跡からの発掘物に記されていた文字の解読から始まり、ついに夢魔生成の素となる夢魔の種の生成に成功した。しかし、夢魔の種を投与したものは確かに、人を超えた力を持つのだが、皆、例外なく死んでしまった。そう、お前のようにガンを患い短期に亡くなっていったのだ。結局、無駄に人材を失うだけとわかり、計画は中止となった」
 妲己は茶をすすって、一呼吸置いた後続ける。
「それでも、発掘と遺物の整理、石板、粘土板に書かれた文献の解読は続いた。帝辛の御代になって、やっと夢魔の全貌が明らかになった。夢魔の種は二種類あるということ。夢魔の種によって作られるのは完全な夢魔でなく。その過渡期のものしか作ることが出来ないということがわかった。夢魔前段階のものを私達は夢魔甲体と呼び、自分自身は完全な夢魔にはならないが、夢魔甲体を夢魔へと変化させる能力を持ったものを夢魔乙体と呼んだ」
 妲己は由紀と自分のために茶を入れ直す。茶を入れるため予め壷に蓄えてある湯が全く冷めないのが、夢の世界らしかった。

「最初の夢魔甲体となったのが私だ。そして夢魔乙体となったのは商の軍の若い武将だった。ともに志願したのだ。命の保証はなかった。しかし、私達はこれが商の軍事上の大事と思い身を差し出した。ともに、ほとんど面識はなかった。戦場においては、遠間に見たことがあったのかも知れぬが、互いに記憶にはなかった。夢魔乙体の献身を引き出すために夢魔の種にそんな仕組みが意図されていたのだろう、私達は互いに激しい恋慕の情を抱くこととなった。本来、夢魔甲体は女、夢魔乙体は男と定められていた。それにも関わらず、あやつはお前達二人の女の赤子に夢魔の種を勝手に投与しおった。狂っているとしか言えん。それで、お前らは女同士で激しい恋愛に陥ってしまったのだ」
「あの、福井さんは百人の子供に夢魔の種を植え付けて、98人は死んだってていうことですが、どうして私達二人だけが生き残ったんでしょうか?」
 妲己は眉をひそめる。
「それも、あやつの妄想だ。私は夢魔の種を二組しか作らなかった。甲体用、乙体用が対になり一組だ。一組はあやつと、もう一人の女に使った。予備として作ったもう一組は、見つからぬよう隠しておいたのだが、あやつがそれを見つけ出し、お前達二人に使ってしまったのだ。何故にそんなことをしたのかわからぬ。この世に夢魔の仲間が欲しかったのだろうか。長い寿命というものの孤独に耐えられなかったかもしれぬ……」

 妲己は商の滅亡のことを話し出す。
「夢魔はあまりに危険な存在故、常に一人のみを作るというのが商の方針だった。複数の夢魔が互いに争う事態を避けたかったからだ。だが、それが裏目に出た。商が周に滅ぼされたとき、私は遙か西域にいた。私は商に攻め入る周と戦うことが出来なかった」
 妲己は遙かかなたを見つめる。
「周の軍師で強力な呪者でもある呂尚に欺されたのだ。もっとも欺すのが軍略。策に落とし入れられたほうが未熟というもではあった。呂尚は書状を寄こし、西域にあった、太古の呪術国家の地下都市の遺跡について報告してきた。私は商の発掘隊とともに現地に行った。そして、罠にはめられた。もっとも、その罠を全て呂尚が作ったわけではない。滅びた呪術国家が自分たちの地下都市に恐ろしい結界を作っておった。誰にも入られぬようにな。商の発掘隊はしかけられた呪術の罠に次々と殺されていった。私が死ななかったのは不死身の夢魔だったからだ。それでも抜け出すのに一年かかった。やっと抜けだし、地上に出たとき、商がとうに滅ぼされているのを知った」
 妲己は苦しげに語る。
「私は復讐のため周の武王の呪殺しようとした。壇を築き、呪を放ったのだが、呂尚が私の呪に介入してきて、逆に私を呪い殺そうとした。呂尚ははるか彼方の周の地にあって私の呪を感知して、反呪の法を始めたのだ。私は対象を呂尚に切り替えて、七日七晩互いに呪詛し合った。七日目の夜、呂尚が血を吐いて息絶えるのを心眼で見たと同時に私も力尽き倒れ伏した。それから私は一ヶ月あまり伏せった。今度は邪魔者なしに武王を呪殺することを心に秘めて、私はじっと体力の回復を待ったのだ。しかし、次第に心は変わった。なんという虚しいことをしているのだろうと思った。自分の怒りのままに人を殺める愚かしさを恥じた。私はそれから、遙か西へとさまよい、今の欧州の地に行き、千年をその地で過ごした。それからまた東へ戻り、この東の果ての島国にやって来た。私はさらにここで千年過ごした。私は媚としての薬草の技術と呪力で人の病や怪我を癒すことに己の残りの命を使ったのだ」
 妲己の顔は涼やかなものになる。
「ちょうど、今の京都南部あたりで私は薬師(くすし)として生きた。とうとう私の二千年の寿命が尽きようとしたとき、私にはお前のように素直な優しい弟子がいた。名は茜という。16才だった。私は茜だけには正体を明かした。そして、薬草の技術は全て伝えたので、苦しむ人々を慈愛をもって助けてやってくれと頼んだ。しかし、茜さらには私の呪力による治癒法の伝承を望んだ。私は夢魔にならなければそれは無理と諭した」
 妲己は由紀の顔と見つめる。
「茜はその時、夢魔になることを願った。夢魔になり、私のように苦しむ人々を治癒させたいとな。私はそのために、夢魔の種を一組作り、さらに予備のためもう一組作った。それから夢魔乙体になってくれる若者を捜した。夢魔乙体は早死にする。しかし短命ではあるが、副作用として、己の持つ才能を極限まで高めるという恩恵がある。私はある歌詠みの若い男を見つけた。彼は貧しい下級官吏だったが、常日頃から和歌によって名を上げることを願っていた。才能は伸びるがすぐに死ななければならぬ運命をもその男は了承した。私は茜を夢魔甲体にその男を夢魔乙体にした。二人は激しく恋に落ち、その男はすばらしい歌を作るようになり、身分賤しいものであったが、その名声は上がり、ついには天皇の前で貴族達とともに歌会が出来るようになった」
 妲己は眉根にしわを寄せる。
「しかし、あやつは茜を見捨てた。茜は夢魔乙体に命を流し込まれ、夢魔へと変わるはずだったが、あの男は逃げたのだ。私には強制することは出来なかった。呪の力をはねのけてまで、あの男の和歌への執着は強かったのだ。茜は死に、あの男は歌人として名声を上げた。そして、夢魔乙体としての千年の寿命を持つこととなった。それが、お前が福井と呼んでいるあの男なのだ」
 由紀はほーっ! とため息をつく。
「福井さんって……、そういう方だったのですか……」

 妲己は優しげな顔に戻って由紀に告げる。
「これが私がお前に教える全てのことだ。お前はもう充分に一人で夢魔の力を発揮できる。これで、私は去ることにする。しかし……、一つだけお前に頼みだいことがあるのだ。あやつを……、福井をお前の手で殺して欲しいのだ」
 由紀は身を震わす。
「無理です。私、殺すなんて……、そんなこと出来ません」