亡き王女のためのパヴァーヌ 完結
「由紀よ。鎮魂の舞は終了だ。それと、お前の首の修復も終わらせた。自発呼吸ができるようになって、お前の体から、人工呼吸器が外されたぞ」
由紀の顔に笑みが広がる。
「師父、ほんとうですか。ありがとうございます」
確かに、病院に横たわる由紀は自発呼吸を始め、そのの体から人工呼吸器が外されていた。由紀の母は、喉にパイプを埋め込まれた由紀の痛々しい姿を見なくてよくなっただけでも、少しは癒されていた。
由紀の夢の中では、長が話を続ける。
「だが、喉を切り開いて穴を開けられ、空気の管を差し込まれておったから、傷跡が残るぞ。なに、遠目から見たらわからん。喉に布でも巻いておけばよい」
由紀は自分の喉を押さえる。
「えー! ここに穴開けられてたんですか。傷跡が残るんですか!」
長はうんざり、という顔する。
「情けない声を出すな! それしきのことで。だが、丁度よい頃合いだ。お前に媚の本当の姿を教えてやろう。次に教える舞こそ、媚の真の姿を表す舞だ。その為には媚について知らねばならぬ」
長はいつも首に巻いている、薄手のスカーフのような布を外して後を向いた。由紀がその布に覆われていた首元の地肌を見てはっとする。長の首の後、横に長い傷跡が走っていた。
「師父! その首の傷、どうしたんですか!」
長は淡々と語る。
「私が十三の時、初陣で受けた傷だ。初陣は大敗だった。味方の千人もの媚が敵に捕らえられ、首をはねられた。媚であった私の姉二人も、私の目の前で首をはねられた。これは、私が首を落とされそこねた傷だ。千人もの女の首を切った敵兵の中には不出来な奴もおった。刀というものは、切るものに刃を垂直に当てねば切れぬものだ。私を切った兵は手元を狂わせ、私の首をえぐっただけだった。しかし、私はその一撃で気絶してしまった。不手際を上官に気付かれるのを恐れて、兵は首がついたままの私の体を穴に蹴りこんだ。気がつくと、夜だった。広く深い穴には媚の女達の首無し死体と首が累々と積み重なっておった。その一番上に私は倒れていた。穴をはい上がり、私は故郷に帰った」
由紀は声が出ない。
「由紀よ。媚とはな、ただの巫女ではない。戦争に従事する巫女だ。だが、味方の兵の傷を手当てしたり、戦死者を弔う者ではない。媚は味方の兵士よりさらに前方に出て、敵を呪い殺す巫女だ」
長が衣服の上半身を脱ぐ。その体には無数の無惨な傷がある。
「矢傷、刀傷だ。敵兵は媚を一番先に殺そうとする。その呪いを恐れてだ」
由紀は呆然としている。長は衣服を元通り着て、首に布を巻いた。その姿からは先ほどまで漂っていた殺伐な気が消えた。その優美な顔と涼しい声で言ってのけた。
「次に教えるのが、呪殺の舞だ」
作品名:亡き王女のためのパヴァーヌ 完結 作家名:西表山猫