六体目のレプリカント
キャッチコピーからして振ってるじゃないの、『永遠に変わる事の無い貴方だけの人生の伴侶を』だなんて、しかもそれが誇張でも何でも無く、事実その通りなんだから、皆が夢中になるのも、理解出来なくは無いわ。深層心理を計測して、見た目から中身まで主人が最も求める人物像を割り出し、それを基にして造られた、世界でたった一体……って言うと、怒られちゃうわね……たった一人の自動人形。外見は、そりゃ人形だから変わらずに、それでいて性格とかは、主人との性格でどんどん変化して行く。その主人が変わるのに合わせて、最も相応しく。
家庭用のロボット産業の進歩が凄いってのは聞いてたけど、これ程とは思いもしなかったわ。人工知能付きの道具とかで、例えば掃除機ロボットは一体居たけど、そういうのとは全然別物じゃないの……横文字の名前は覚え難いんだけど、確か……嗚呼、そうそう、ヤーコプ・グルムバッハ博士ね、うん、作ったこの人は、凄いと思ったわ、確かに。何でそんなの作って、世に出そうと思ったかは、全然知らないけど、何はともあれ、そうして一大ブームが起こったわ……猫も杓子も守護天使、ってね。男も女も、老人も若者も、誰だって彼だって関係無く、その価格を買えるだけのお金があれば皆購入したわ。そりゃそうよ、要するに自分の理想を産み出せるんだから。始めこそその値段もうんと高かったけど、買った人が大絶賛するものだから皆が欲しがって、あっと言う間に今の価格になったわね。さぞや博士はぼろ儲けしたのでしょうよ……そうでも無かった? ふぅん、詳しいのね。でもやっぱり興味無いわ。
うん.……そう、興味無かったの、私はね。どうして、って私はもう理想の相手に巡り合えていたから。わざわざお金払って、そんな者、二人も欲しくなかった。いいえ、それだったら子供をくれって切実に思ったわ.……勿論、機械なんかじゃない。人形なんかじゃない。私がお腹を痛めて産んだ、確かな赤ちゃんが、ね。
でも人間という生き物は、生き物である事より人間である事の方が重要だったみたいね……何故って、私みたいな考えの人は、極々少数な訳じゃない。母親も子供より意中の相手が大切で、逆に子供を造る母親も少なくなかった様だし。
そして、そう、あの人も、生き物である以上に人間だった訳で、さ。自分の守護天使を造って来たのよ、私に黙って……うん、黙ってたのはいいの。ブームだって言ってもやっぱりちょっと皆抵抗があったみたいだし。
でも、そんな事よりお笑い種だったのはね、その人形、つまり夫の理想の相手の事でね、何が可笑しいって、あの人の守護天使というのが、私だったのよ。それも、学生の頃の私。良くも悪くも若さと自信に溢れていて、彼を右へ左へ顎で使って、そうやって弄ぶ事を生きがいにしていた、そんな私が良かったの。あの人の気持ちが冷めていった理由がそれ。結婚して落ち着いちゃって、彼に頼る様になって、あまつさえ不安がる様な私は、あの人が好いた私じゃ無かったのよ。
当然、私は憤慨したわ。何か様子が可笑しいな、と思って浮気調査させたら、出て来た相手が人形、それも若い頃の私そのものだったんだから。何それ、という感じよ。今の私は一体何なのよ、ってね。
ただ、それでも私は許しちゃった……彼が生真面目に謝って、でもやましい所は無いだとか言ったからというのもあるわ。今じゃ標準で付いてて、そりゃどうよという風だけど、セクサロイドとしての機能は無かったから、まぁ話し相手位なら、ってね……そう、違うの。生き物としては子供を産めない、セックスしても意味が無いって事で同列だった。でも人間としては、全く敵わない。自分の都合の良い様に造られた相手なんだから、元々そうじゃない私じゃ、相手にもならない訳。機械かそうじゃないかなんてのは、そもそも、自動人形なんかに理想を見出す様な人達には無きに等しいのだから……こういう風に感じるから、詩人のお城に幽閉されてるんだけどね、私。何も可笑しくは無いと思うのにな、皆大多数に引かれ過ぎなのよ。本心じゃ、同意してくれる人も居ると思ってるの、あんなものは所詮機械でしかない、って……とと、脱線しちゃったわね。
何が理由か、という話だけど、私は、私が棄てられるのが怖かったの。彼は謝罪してくれて、私は胸を張って許したけど許されたのは私だったの。私は彼を愛していたけど、あの人の場合、厳密にはそうじゃなかった。私の様な人間を愛していたのであって、私そのものじゃなくても彼は良かったの……何処までそれを自覚してたかは知らないけどね、守護天使を造るという事はそういう事じゃない……だから、私は人形と共に居る事を許した。彼と共に居る為に、ね。
それに淡い期待はあった……生き物と機械の違い……今まで産まれなかった、まだ産まれていない、それでももしかしたら産まれるかもしれない私達の子供。
それが出来れば、きっと彼は振り向いてくれる。理想の代用品なんてぽいと棄てて、生身の私にまた情熱を燃やしてくれる……そう信じた……寧ろ、そうじゃないとやって行けなかった、というのが本当の所だったけどね
でも違った。他の親達が子供を産まずに意中の相手を造った様に、彼の興味も守護天使へと向けられた。『常にその人の側に在れ』って意味合いでその名が付けられたそうだけどでも正しくその通り。あの人は人形の相手に構いっ放しだった。私じゃなく、昔の私に良く似た、あの人形相手に、ね。
私は無性に腹が立って仕方が無かったけど、でも、我慢したわ。何時かきっと、何時かきっと、そう自分に言い聞かせて、ね……友達とか? 最初にちょっと触れたけど、うん、皆守護天使に首ったけで、私も持て持てと薦めて来たわ。笑いながら拒否するのにどれだけ苦労したか、そう、冗談じゃない、ってね。
でも、起きちゃったの。冗談じゃない、って事がさ……えぇ一ヶ月前。ここからは本当に供述通りだけれど……いいならいいわ、話を続ける。
一ヶ月前のあの日、私は病院に行っていた。不妊治療の一環として、ね。もうセックスなんて何ヶ月もして無くて、夫は仕事以外は人形遊びに夢中だったけど、それでも私はどうにかしようとしていた.……私は、ね。家に帰って来て、部屋に上がって、私は、そう思ってたのが本当に私だけだった事を知ったのよ。
あの人は守護天使と抱き合っていたわ。裸同士で、ね。オプションで付けられる性交機能を加えてた。すっかり騙されていた、いえ、愚かにも信じていたというべきか、な。恋とか愛とかなんて、結局はここに行き着くんだって、嫌という程、そうよ、さっきまでの間に嫌という程解ってたのに、ね。
そしてなかなか見物だったのはね、夫はもう大分お肉も付いているけど、でもあれは違ったの。本当、良く出来ていると思ったわね。だって、私から見ても、あの人形は私にしか見えなかったのだから。昔の私。若く美しく、男達を振り回していた私。今の私は、夫にも見捨てられたというのに。
作品名:六体目のレプリカント 作家名:木野目 理兵衛