四神五獣伝一話 2/2
「気にしないで。困った時はお互い様だよ。」
彼女は、振り向きながら俺に向かって満面の笑みを浮かべながら言い返した。
「もしもし、和泉。」
「…」
「そうか、君もそう思っていたか。やっぱり私達が、ここに来て再会したのは、ただの偶然じゃなさそうだな。分かった。今、ここの住所を教えるよ。」
ショッピングモールから帰り、今日知り合った少女達と別れた後、俺は部屋に戻りすぐに荷物を整理した。
とはいえ、だいたいは種類別にダンボールの中にまとめて入れといたので、整理にはそれほど時間はかからなかったが、整理しているダンボールの中から古ぼけた箱を見つけた。
「ん?これは父さんが、出勤する前に俺に渡した箱だな。とても大切な物だから、こっちに来たら肌身離さず持っていろって言われたけどなんかのお守りかな?」
箱の中身を空けてみたが、その中には不思議なアクセサリーが入っていた。風水などに使われていそうな純白のブローチが付いているネックレスだが、古物としてはかなり保存のいい状態だった。
「確かに綺麗だけどマジでこんなのを、常に見に付けていなくちゃいけないのか?」
随分胡散臭い品物だけど、ブローチの中に紫色の水晶な様な物が埋め込まれていたが、それをよく見たらとんでもない品物であった。
「これって、アメジストじゃないか!?なんで、家にこんなものがあるんだ!両親のことだから遺跡から発掘した物は、たとえ壊れ物でも学会に一旦発表するのに…」
アメジストは紫水晶と言われ、別名の通り紫色の美しい宝石だ。紫色の宝石は意外に少なく、知られている宝石の中でもアメジストしかない。昔から紫色は、高貴で官能的な色とされ、古代エジプトではジュエリーや印章などに用いられた。また、ユダヤ教の大司祭の胸当てにある十二の宝石の一つでもあり、カトリック教の司祭などの祭服に飾られるなど、宗教的の意味合いも深い。日本でも聖徳太子が定めた冠位十二階の最高の色とされていた。二月の誕生日でも有名だ。
しかし、俺も両親も誕生日は二月じゃない。まして、こんなアクセサリーなんて母親も滅多に付けたことがない。
「な、なんだかますます怪しい物に見えてきたぞ。あんまり、乗り気じゃないけど…」
俺は両親の忠告だけはしっかり聞こうと心掛けている。過去にあの二人の言いつけを無視して酷い目に何度あったことやら…
手伝いでジャングルの奥にある遺跡の発掘に行った時も、父親の忠告を聞こうとしないで不恰好な筏に乗ろうとして川を渡ろうとしたら、その筏が崩れて危うくガーパイクに襲われそうになったり、シルクロードにある寺院に見学しに行った時も、母親の言いつけを忘れて夜の散歩に出掛けたら、シマハイエナの群れに遭遇してしまい、あと少しで食われる目にあった。
今回も両親の忠告を無視し、このネックレスを付けなかったら、どれだけ恐ろしいことが身に降りかかることであろう。
「そうだな、オシャレと思って付ければいいんだ。」
そう自分に言い聞かせ。俺は、已むを得ず父親に渡されたアクセサリーを首に掛けた。しかし、鏡で見てみると。
「あれ、意外に似合ってるじゃないか俺!」
こういうふうに、アクセサリーを身に付けた自分にいちいち嬉しい反応をするのは、俺が、年相応の男の子だからだろうか。
とにかく荷物の整理は終わったので、今日はとりあえず休むとしよう。
夕食を済ませ、風呂に入りながら今日のことを思い出した。
今日この神楽町に十年ぶりに帰ってきたこと、この神楽町が十年間の年月で、観光地の名所ちなり格段に発展したこと。
「でも俺、都会に引っ越して以来、ここが観光地の名所になったことくらいしか、神楽町についてあまり知らないんだよな。父さんも母さんも、仕事が忙しいとはいえお盆や正月に帰ったことなかったし、元々ここには親戚はいなかったし。」
そしてかがりと和泉という二人の可愛い女の子、その素性はヨーロッパの名家生まれのお嬢様と知り合ったこと。いや、むしろそっちの方が印象に残っていた。
「両親の仕事の都合でここに帰って来たけど、まさかあんな出会いがあるなんて。なんだかこれからの生活が楽しみだな。」
それにしても、中東付近の遺跡からすごい大発見をしたのはいいけど、なんで今回に限って俺を手伝いに行かせなかったんだろう。ちょうど夏休み期間なんだから都合もいいはずなのに、理由を聞いても「夏休みの宿題があるだろう」と、ぐらいしか答えなかったもんなぁ。
それに、俺も父親から聞いたり、写真しか見てないから詳しくは知らないけど、中東の遺跡にはありえない巨大水晶。今回の両親の研究の対象にされている遺物だ。
「もしかして、その水晶に古の魔物が封印されていて、今回の件で水晶の封印が解かれてしまったため、水晶から魔物が復活して世界が滅亡の危機に陥ったりするのかなぁ。」
と、ありもしないことを勝手に想像してしまった。
「なんてな。どこの中二病患者だよ俺は。」
そう思いながら風呂から上がり歯を磨こうとしたが…
「…しまった!!歯磨きセットがない!!」
しかし、まいったなぁ肝心の歯磨きセットを忘れるなんて。今は九時を過ぎていた。この時間じゃスーパーはもう閉まっているだろうし。しかたがないから、近くのコンビニで買おう。
俺が家から出たその時だった。
「ライヤじゃない。こんな時間にどうしたの?」
ナイスパーソン、そしてナイスタイミング。そこには考古学会の会議から、帰ってきた様子のリナ従姉さんがいた。
「リナ従姉さん!ちょうど良かった。実は、歯磨きセットを忘れちゃって、この時間じゃどこも店が閉まっているだろうから、コンビニで買おうと思って出掛けようとしていたところなんだ。」
「バカねぇ、だからスーパーに寄った時、必要な物はないか念を押したのに。」
「いやー面目ない…」
「まぁいいわ。コンビニならこの道を真っ直ぐ行ったら十字路があるから、そこの右の角にあるわよ。」
「分かった。歯磨きセットを買ったらすぐ戻るから。」
俺は、急ぎ足でコンビニに向かった。
「あの子がさっき付けていたのは、おじさんが言っていた…」
「よかった。これで虫歯の心配が無くなる。」
リナ従姉さんに教えてもらったコンビニで、歯磨きセットを買い終えたので、神楽荘に戻ることにした。辺りはまばらに明かりの灯った民家が立ち並んでいた。
「本当に今日は、たった一日で色々あったな。もしかして、今日俺の人生の変わり目の日になるんじゃないカナ♪」
そんな脳天気なことを考えなから、神楽荘への帰路を歩いた。
こうして、波瀾万丈の一日が終わろうとしていた。
否!本当の波瀾万丈な展開はここからであった。そして、本当に今日が俺の人生の変わり目の日になることを。
「グギャーーー」
いきなりこの世のものとは思えない雄叫びがしたと思った瞬間…
「それ」は、俺目掛けて体当たりを仕掛けてきた。
「な、何だ!?」
間一髪、俺は体当たりをかわした。こう見えても、結構運動神経には自信があるのだ。
が、どうやら「それ」は一匹ではなかったようだ。不意に後ろからもう一匹の体当たりを喰らいそうになった。
「な、マジかよっ!?」
が、咄嗟に身を伏せたので、これも何とかかわすことができた。
作品名:四神五獣伝一話 2/2 作家名:トシベー